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公開日: 巣くうものシリーズ | 死ぬ程洒落にならない怖い話
以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。
AがB宅を訪問した時のことをもう一つ話してくれたので投稿します。
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以下はこれまでの状況説明になります。
・「視える人」な女友達Aが言うには、Bの身体を出入りしている何か=普通の霊と違うモノが居る(寄生虫のようなモノらしい)。
・B本人は気付いていないが、霊的なものは大抵それを避けるから、Bは心霊体験が出来ない。
・取り敢えず当時のAが知る限り、ソレはBを守っていた。
・でもAが感じる気配では、とても善意の守護ではない。と言うか悪い感じらしい。
・強力な霊とBの何かが戦う時には、B本人は爆睡する(Aの推測)。
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Aが友人Fと共にB宅を訪問した際、踏み切りで撥ねられた子供の話が出たことは先に書いた通り。
その原因は知らぬが花で、Bは切なそうに溜め息を吐いたそうです。
「辛いよね、小さな子供の不幸って。親御さんは死ぬほど辛いだろうね。
私だって、この子が大人にもならない内に先に逝っちゃったりしたら、どうなるか分からない」
「だよね…」とFと頷き合ったBは、ふと思い出したように、
「小学生の頃に同級生に不幸があってね、その子のお母さん半狂乱でさ。
お葬式に行ったんだけど、近寄ったら凄い目で睨まれて、『お前が死ねば良かった。何でうちの子が』って怒鳴られて怖かった。
でも、今なら少し解る気がするなあ」
そうしんみり言ったBは、その時の思い出話をしてくれたそうです。
その話は以下の通り。
※
Bの父親は昔、何年かに一度異動して引っ越さなければならない仕事をしていたそうです。
それでBは小学校3年の頃、田舎に住んでいた時期がありました。
そこはベッドタウン化が始まった町で、小学校には転校して来た余所者と地元の住人の両方が通っていました。
ある時、Bは同級生の女の子に自宅へ招かれたそうです。
その家は地元の旧家で、他にも余所者・地元の子問わず何人かの子が呼ばれていました。
単独で来た子も居れば親と来た子も居て、BはB母に送られて行ったそうです。
大きく立派な家で、地元の小さなローカル行事の時期だったらしく、同級生の兄弟も友達を呼んでおり、その家の親戚なども来ていてちょっとしたお祭り状態だったとか。
酒や菓子や料理が出て、子供たちは遊び、大人たちは話をして、日が暮れかけた頃にその家の父親が一同を集めたそうです。
それでお開きの前にすることがあるから、お姫さまだか巫女さんだかの役をやってくれる子供を募る、というようなことを言ったらしい。
衣装も道具もあるので、是非新しく越して来た(余所者)の子の誰かに頼みたい。これから仲良くしたいから、と。
綺麗なヒラヒラした白い服を見て、Bは「ハイハイ!」と真っ先に手を上げ、「じゃあ君に」となったそうです。
そこの人に白い服を着せてもらい、お化粧をしてもらって白い布を被り、御神輿みたいなものの上に乗せてもらって大はしゃぎした記憶があると。
B母も「あら~!可愛いわよ、B」と喜んで写真を撮ったりしていたとか。
その家の父親、つまり当主の説明では、御神輿に乗って近所の社へ行き、担いで来た人たちが御神輿を置いて一度離れる。
そしたらお姫様は御神輿を降り、神社の中に入ってお供え物とお酒を置いてくれば良い、社の中に居れば迎えに行く、と。
御神輿にBを乗せて何人かの男性が担ぎ、一行は山道を登って行ったそうです。
※
「はしゃぎ過ぎたもんだからさ、行く途中で静かになったら凄い眠くなってね。
うとうとして、気付いたらもう誰も居なかったから、慌てて神社の中に入った。
でも、もう本気でメチャメチャ眠かったもんだから、とにかく適当にお供え物とお酒を置いて、そこでダウンしちゃった。
後でお母さんに聞いたら、御神輿を担いでいた人が迎えに来たら熟睡していて、回収しておぶって戻ってくれたんだって。
『迷惑かけて!!!』ってお母さん怒ってた。
おまけに、家に帰ってから今度は体調崩して寝込んじゃってさー。
3日くらい熱が引かなくて、『騒ぎまくった上にあんな所で寝るからよ!』ってお母さんに叱られまくったよ」
※
Bが寝込んでいる間、祭りの夜に居た地元の大人たちが頻繁に見舞いに来ていたそうです。
特にその旧家の同級生の母はちょいちょい来てくれ、「身体の調子はどうか」「変な夢を見て魘されたりしていないか」とBに色々尋ねたそうです。
「お見舞いにって、お姫様の衣装を持って来てくれたの。
私が気に入ったみたいだから、部屋に飾っておいたらいいよって。
他にも、そこの神社のお守りとか、お祭りの時のお供え物とかくれてさ。
迷惑かけたのに怒ってなくて、優しかったんだよ、そのおばさん。だけどね」
※
Bの熱がようやく下がり、回復して学校へ行ってみると…。
その招いてくれた旧家の子が、Bが回復する前日に亡くなっていたそうです。
B母とBが連れ立って葬儀に行ったら、Bたちを見た同級生母が凄まじい勢いで喚き始めたと。
「何であんたが生きてるんだ」「どうしてうちの子が連れてかれるんだ」「××に行くのはあんたのはずだ。印はどうした」
等など、正気ではない調子で喚かれ、B母が例の白い衣装を返そうとすると同級生母はさらに激昂し、「嘘だ、こんなのは嘘だ」と喚きまくり、BとB母は焼香もできずに帰ったそうです。
「あの時は怖くて泣いちゃったけど、後でお母さんが言ってたんだよね。
『自分の子供が自分より先に死んだりしたら、誰だって悲しくておかしくなるのよ。
Bに何かあったら、お母さんだってそうなっちゃうよ。Bが悪いんじゃないから気にしないでね』
って。今は本当にそうだろうなって思う」
※
……で、Aが俺にしてくれた補足説明(Aの推測含む)。
「……Bの好きな怪談って、車とかエレベーターとかばっかりだからかな。『何で気が付かないの?』って正直思うけど。
……白い着物に白い被り物って、それ、お姫様でも巫女さんでもなくて、花嫁さんなんじゃないの?」
そう言われて初めてゲッとなった俺も、相当鈍いと思います。
『輿』に乗って、神様の居る『社』に運ばれ、酒とお供えと一緒に一人で残される。
『白い着物に白い被り物』の娘と言ったら、それはつまり…。
「……専用の乗り物が実際にある程の、古いきちんとしたお祭りなら、普通は大事な役を新参者の子供なんかに頼まないよね。同い年のそこの家の子が居るのに。
……その頃はBのアレも小さかったのかもしれないね。熱出して寝込んじゃったってことは」
※
B一家は暫くして、また転勤のため町を出たそうです。
それまで例の同級生の家には徹底的に避けられていました。
そこの家は(B母曰く「不運なことに」)事故や病気が相次ぎ、上の子(死んだ子の兄弟)が入院したりしていたそうです。
そのため忙しそうで声を掛けられず、例の白い衣装は返却できず仕舞いで、今もBが持っているそうです。
Bは『子供を亡くした母親は辛いんだ。悲しいんだ』ということを感じて衝撃を受け、今も片付けや引越しなど何かの折にその衣装を見る度、切なくなるそうです。
「お見舞いで私がこの衣装をもらってなかったら、あの子は助かったかなって思ったりして。何だか捨てられなくて、ずっと持ってる」
※
………もっともAの意見では、その古びた白い着物は、
「マーキング、だと思った。何となく、ぱっと見た時」
だそうです。
どっしりした絹地で、子供が着れば長く裾を引き摺るだろう寸法のその着物には、全体に細かく精緻な何かの文字のような文様がみっしり織り込まれていたそうです。
そしてほんの微かに残る焚きしめたような香りと共に、妙に生臭い(とAは表現していました)気配というか、あちらの世界のモノの臭いがした、と。
Aが言うには、同級生の家はBが生還した上になかなか『連れて行かれない』ので、駄目押しに花嫁の印の婚礼衣裳をB家に持ち込んだのではないか、とのことでした。
けれども社の主は何か(多分Bのアレ)に阻まれ、結局Bを連れて行けず、そして社の主が暴れた結末がそれだったのではないか……と。
……もしそうだとしたら…と考えると、非常に不快な気分になりました。
Bたち新参者の子を家へ誘った同級生家の子たちは、どこまで知っていたのか。
そしてまた、思惑が外れて自分の子が連れて行かれてしまった母親はどんな気分だったのか。
とにかく後味の悪い話だと思います。
※
尚、B母は祭りの夜に撮影した写真を持っているそうです。
「私も持ってるよ、見る?」とBが見せてくれた写真は何枚かあり、AはBに頼んで一枚借りて来たそうで、ご丁寧に俺に見せてくれました。
……白い着物の幼いBに、巻き付くような何本かの黒い線が写っている写真を。
「ピンボケの木の枝が映り込んじゃって、心霊写真みたいでしょ」
とBは言ったそうですが、木の枝というより黒く大きな手がBを掴んでいるように見えました。
ついでに、Bの姿の輪郭の外周りがグレーっぽくぼんやりして見えるのは、「白い着物を着ているから(B談)」というより、あの井戸のミニハウスの一件で見たモノの掴みどころのない姿に似ているような……。
……B母は数年前、友人に誘われ、ちょっとしたおふざけで霊能者にその写真を見せたことがあるそうです。
霊能者は、
「この少女は、強い強い山の霊に魅入られています。気の毒ですが、次の誕生日を迎えることはないでしょう」
と言い切ったとか。
「『今は大学生ですよー』って言うのが気の毒で、『はあ、そーですか』って帰って来ちゃった」
とB母から聞き、「二人で吹き出しちゃった」とBは言っていたそうです。