異界のドライブイン ― 消えた車と巨大な蛆

ドライブイン

ドライブのはじまり

この話は、いわゆるオカルトや怪談に分類されるかどうか、少し微妙なところがあります。
ですが、個人的には今でも忘れられない、非常に恐ろしい体験でした。

それに、もう何ヶ月も前の出来事であるため、会話などはうろ覚えの部分が多く、「当時はこんな雰囲気だった」といった程度で書いています。
読んでいて不自然に思われたり、違和感を感じる部分があれば申し訳ありません。

それは、昨年の夏のことでした。
友人たちと数人で集まっていた時、ふと「暇だし、どこかへドライブにでも行かないか?」という話になりました。

目的も決めず、ただ一般道だけを使って長野方面へ向かうという、いささか気まぐれなドライブ計画が即興で始まりました。

メンバーは、俺を含めてA・B・Cの4人。
特に珍しい顔ぶれではなく、暇なときにはいつも集まっていた気の置けない仲間たちです。

大した目的地も無いまま出発したこともあり、道中も男4人で適当に観光地で飯を食べたり、ぶらぶら歩いたりと、ごく普通の時間が過ぎていきました。

日が暮れ、あたりがすっかり暗くなったころ、ようやく帰路につくことにしました。

運転は交代で行いながら、カーナビを頼りに長野から群馬の県境を走っていました。
そのとき、運転していたAが助手席の俺に向かって言いました。

「なあ、この道ちょっとおかしくね? カーナビ合ってるか?」

最初は俺も特に異常は感じていなかったのですが、言われてみれば、確かに妙な感覚があります。

ついさっきまでは広くて綺麗な舗装道路だったはずなのに、今走っている道は妙に狭く、ガードレールは錆びついてボロボロ。

舗装も割れていて、ひび割れの隙間からは雑草が顔を覗かせていました。

帰り道は来た道とは別ルートでしたが、カーナビにはずっと一本道が表示されていて、Aによると「途中の分岐は曲がらず、ずっと道なりに来た」とのこと。

山道ではよくあることだろうと気にせず、そのまま進み続けましたが、30分ほど走っても状況は変わりませんでした。

狭く荒れた道に車の気配は一切なく、誰ひとりともすれ違わない。
徐々に不安が車内に広がっていきました。

その頃、Cが提案しました。

「一旦どこかに車停めて、ルートを確認したほうがいいんじゃないか?」

ちょうどそのとき、前方に小さな明かりが見えました。
どうやらドライブインのようです。

駐車場には数台の車が停まっており、その光景だけで俺たちはどこかホッとしました。
少なくとも、自分たちだけではない、という安心感があったのです。

俺たちは迷うことなく、そのドライブインの駐車場に車を停めました。

外から見た限り、そこは無人のドライブインのようで、自動販売機が並んでいるのが見えました。
各自、トイレや飲み物を求めて動き始めます。

AとCはトイレへ向かい、俺とBは自販機コーナーの横にある休憩所のような建物へ。

そのとき、俺は休憩所の入口で“あるもの”を見て、ぞっと背筋が冷えました。

入口の明かりの下に、掌よりもはるかに大きな蛾が張り付いていたのです。
ただ大きいだけではなく、その羽の模様に異様さを感じました。

蛾にはよく“目玉”のような模様があるものですが、その模様は目玉どころではありませんでした。
それは、羽全体がまるで「人間の顔」に見えるほど精巧で、生々しかったのです。

中でも“目”に見える部分は、単なる模様ではなく、まるで本物の眼球のように思えました。

「うわ、気持ち悪…」
Bと俺はそう呟きながら、なるべく蛾を見ないようにして中に入りました。

今思えば、この時点で何かおかしいと気づくべきだったのかもしれません。

休憩所に潜む異常

休憩所の中へ入ると、そこは思いのほか広々としており、テーブルがいくつも並べられていました。
しかし、照明はどこか薄暗く、床や壁もくたびれており、全体的に清潔感がありません。

奥の方には古びたゲーム機が並んでおり、稼働している様子は見られませんでした。
そして、部屋の端には一台のテレビがあり、50代くらいの男性が背を向けたままテレビを眺めていました。

その男の存在に、俺はどこか説明のつかない違和感を覚えました。
言葉にできない、何かが“ズレている”感覚。

そんな中、Bがひそひそ声で、どこか嬉しそうに俺に話しかけてきました。

「おい、あっちに女の子3人組いるぞ。声かけてみようぜ」

指差された方を見ると、20歳前後と思われる3人の女性がテーブルを囲んで座っていました。
しかし、その表情はどこか不安げで、きょろきょろと周囲を見渡して何かを話し合っているように見えます。

やがて、そのうちの1人が俺たちに気づいたらしく、こちらへと歩いてきました。

Bは嬉しそうに顔をほころばせていましたが、俺はどこか胸騒ぎを感じていました。
そして、その不安はすぐに的中することになります。

女の子は俺たちの前に来ると、少し躊躇いながらこう話しかけてきました。

「あの……変に思われるかもしれないんですが、ここって関東方面へ抜ける道で合ってますか?
それと、気のせいかもしれないんですが……このドライブイン、何か変じゃないですか?」

その一言で、俺は自分の感じていた違和感が“確かなもの”だったと確信しました。

彼女たちの話をもっと詳しく聞こうと、同じテーブルに腰を下ろしました。
Bは俺に「やるじゃん」などと笑いかけてきましたが、この状況では全く冗談には思えず、俺は無視しました。

実のところ、俺自身も彼女たちと話せることに多少の興味はあったのですが、それよりも強いのは“この場所への不信感”でした。

話を聞いてみると、彼女たちも俺たちと同じように車で山道を走っているうちに道がどんどん荒れていき、不安になってこのドライブインで休憩をとることにしたのだと言います。

そしてこの休憩所に入ったとたん、何とも言えない違和感を覚え、どうしようか相談していた時に、俺たちがタイミングよく現れたため、声をかけてきたのだそうです。

ちなみに、Bはその後「お前に任せた」とか言っていましたが、後から聞くと彼もかなり不安で、その裏返しとして空元気を出していただけだったようです。

お互いの状況を話し終えたころ、彼女たちのうちの1人が、テレビの前に座っている男のことを話し始めました。

「あそこの男の人、なんかおかしくないですか……?」

そう言われて、俺はあらためて男の方に目を向けました。
すると、今まで気づけなかった“違和感の正体”に気づきました。

その男は、距離があるにしても明らかに“異様に”大きかったのです。
家具やテレビとの対比から考えても、立ち上がればおそらく3〜4メートルはあるであろう、常識を逸した巨体。

さすがのBも、「でかすぎるよな……なんだあれ……」と呟くように言いました。

さらに彼女たちは、「奥のプリクラのあたりも見てほしい」と言ってきました。

視線を向けると、そこには古いプリクラ機があり、その下からロングスカートを履いた女性の“脚だけ”が見えていました。

彼女たちの話では、その女性は彼女たちが到着したときからずっとそこにいて、まったく動いていないとのこと。

さらに、不意にこう聞かれました。

「あと……何か変な音、聞こえませんか? 人の声みたいな……」

言われて耳を澄ますと、確かに小さな“ざわめき”のようなものが聞こえます。
当初はエアコンか機械音だと思っていたその音は、実は“人の話し声”に近い何かだったのです。

一体ここは、何なのか――。

そのとき、休憩所と自販機コーナーの間にあるドアが開き、AとCが戻ってきました。

Cは、俺たちと女の子たちの姿を見て呆れたように笑いながら言いました。

「お前ら、何ナンパしてんだよ……」

しかしすぐに表情を引き締めて、真顔で続けました。

「そんなことより、ちょっとこっち来てくれ。変なものがある」

Aも深刻そうな顔をしており、ふざけている様子はまったくありません。

「変なものって、何があったんだ?」と尋ねると、Cはこう答えました。

「上手く説明できないんだけど……とにかく、自販機コーナーに来てくれ」

こっちも充分に“異常な光景”を目の当たりにしていたので、「いや、こっちもだいぶ変なんだよ」と言いつつ、女の子たちにも声をかけて一緒に移動することにしました。

自販機コーナーに入ると、Aが無言で1台の自販機を指差しました。

それはカップ式のコーヒーやお茶を販売する、よくあるタイプの自販機でしたが――
よく見ると、明らかに“おかしな”点がありました。

液晶画面の中央に、明らかに“映像ではない”、本物の“口”のようなものがあり、それが「いらっしゃいませ」と喋っているのです。

Cが口を開きました。

「な、変だろ? 最初は人が中に入ってるのかと思って声かけたり叩いたりしてみたけど、何の反応もないんだよ」

さらに続けて言いました。

「それにさ、口の周り以外はちゃんと液晶画面に見えるんだよな。どうなってんだ、これ……」

まるで現実とは思えない光景。

けれど、今目の前にある“それ”は、確かに現実に存在していたのです。

崩れる現実と逃走

AとCにこちらの状況を説明していた時、女の子の一人が突然、俺の肩を揺さぶりながら慌てた声を上げました。

「ちょっと、あれ見て! あそこ!」

彼女が指差す先に目をやると、俺たちは言葉を失いました。

さっきまでプリクラ機の裏に隠れていた女の人が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていました。
けれど、彼女の姿はどう見ても“人間”ではありませんでした。

上半身が無いのです。
正確に言えば、腰から上の部分が、漏斗を逆さにしたように細く収束し、その先には棒のような、紐のような“何か”が真っすぐ上へと伸びていました。

その“軸”のような部分がユラユラと揺れながら、俺たちの方へと歩みを進めてきます。

まるで、身体の上半分が“消去”されたかのような姿。
異常で、非現実的で、それでいて“確かにそこにいる”という圧倒的な存在感に、俺たちは完全に思考を停止しました。

そして次の瞬間、俺たちは反射的に逃げ出していました。

全員が休憩所から一斉に飛び出し、外の空気を吸ったとき、ようやく少しだけ思考が戻ってきました。

恐る恐る後ろを振り返ると、あの異形の存在は、こちらを気にする様子もなく、そのまま静かにトイレの方へと消えていきました。

ただ、その姿が脳裏から離れません。
ありえない――というより、“あり得てはならない”ものだったのです。

俺たちはとにかく、この場所から離れようと決意しました。

カーナビによれば、さらに進めば群馬か埼玉の市街地へと抜けられるとのこと。

女の子たちには「俺たちが先に走るから、速度は落とす。ついてきてくれれば大丈夫だ」と伝えました。

その時です。
背後の駐車場の奥、林のあたりから、ざわざわと“人影”が動くのが見えました。

数にして50〜60人ほどの集団が、木々の間からこちらへと下ってくるのがはっきり見えます。

さらに、その集団とは別に、林の中から“何か”が跳ねるように飛び出してきて、俺たちの車のすぐ横に停まっていたトラックへ勢いよく衝突しました。

街灯の下、見えたその姿は――
1メートルを超える“巨大な蛆虫”のような、信じられない存在でした。

トラックのフロントガラスは衝撃で粉々に割れ、蛆のような物体は地面に落ち、黄色い体液のようなものをまき散らしながら、なおもウネウネと蠢いていました。

しかも、それは1匹だけではありません。

周囲を見回すと、少なくともあと7〜8匹が跳ねながらあたりを飛び回っており、そのいくつかはこちらに向かってきそうな勢いでした。

「まずい、こっちに突っ込んできたら……!」

俺たちはすぐさま女の子たちに「早く車に乗れ!」と叫びました。
しかし、彼女たちはなぜか反対方向――駐車場の隅のプレハブ小屋の方へと駆け出していきました。

「そっちじゃない! 車で逃げるんだ!」

俺たちは慌てて追いかけると、彼女たちは息を荒げながらこう訴えてきました。

「この中に入って、やり過ごそうよ!」

指差されたのは、小さな倉庫のようなプレハブ小屋。
けれど、そんな場所に身を隠しても、あの集団や巨大な蛆から逃げられるとは思えません。

彼女たちは完全にパニックに陥っていて、もはや冷静な判断ができなくなっていました。

俺は怒鳴りました。

「いいから車に乗れ!!」

俺たち4人で、彼女たちの腕を強引に引っ張り、なんとか車へと連れ戻しました。

迫り来る人影の群れと飛び跳ねる異形を横目に、女の子たちを無理やり後部座席に押し込みました。

ただ、彼女たちだけでは運転も危ういと判断し、BとCが1人ずつ女の子たちの車に乗り込みました。
Bがハンドルを握り、2台の車で同時にドライブインを脱出しました。

道路に出てバックミラーを確認すると、後ろの車――つまり女の子たちの車の後方に、蛆のような影がジャンプしているのが一瞬見えました。

しかし、スピードを上げるとそれも徐々に見えなくなり、やがて追ってくる気配は消えました。

俺たちはようやく“生きて戻れた”という安堵に包まれました。

けれど、恐怖はまだ終わってはいなかったのです。

消えた車と失踪の記憶

山道を抜け、街の明かりがちらほらと見え始めたのは、それからおよそ1時間ほど経った頃でした。

少し安心した矢先、俺たちの車の後ろに乗っていたCから電話がかかってきました。

「女の子たちがトイレに行きたいって言ってる。どこかで停まろう」

そう言われ、道沿いにあった公園らしき施設の駐車場で一度停車することにしました。

さすがにあれだけの出来事があった後です。
「俺たちも一緒にトイレまで行こうか?」と聞いたのですが、彼女たちは「もう大丈夫そうだから、3人で行ってくる」と笑って歩いて行きました。

その言葉を聞いて、俺たちはようやく日常に戻ったような安堵を覚えていたのかもしれません。

車に残った俺たちは、今後どうするか、警察に行くべきかなど話し合っていました。
ほんの少しの期待と興奮を感じながら。

しかし――

10分経っても、彼女たちは戻ってきませんでした。

さすがにおかしいと感じた俺たちは、公衆トイレへ様子を見に行くことにしました。

女子トイレに入るわけにはいかないため、声をかけて呼びかけましたが、返事はありません。

「もしかしてすれ違って、もう車に戻ってるのかも」と考えて、一度引き返すことにしました。
けれど、彼女たちの車にもその気配はありません。

俺は一人、駐車場に残って見張り役になり、A・B・Cの三人で再び探しに行ってもらいました。

そのとき、何気なく彼女たちの車を見て、ある異変に気づきました。

一つだけ、ドアが開いていたのです。

『戻ってきてる?』と中を覗くも、誰の姿もありません。
しかも、座席のあたりからバッグが地面に半分落ちていました。

拾おうと手を伸ばした瞬間、バッグが転がって中身がぶちまけられました。

化粧ポーチやリップが散らばり、うち一つがコロコロと転がっていきました。

「ちゃんと戻しておかないとまずいな」と思い、それを拾い上げた時、ちょうどAたちが戻ってきました。

彼らの話では、「さすがにおかしいから」と男子トイレから確認し、女子トイレにも入ってみたそうですが、誰もいなかったとのこと。

「完全にすれ違っちまったんだろ」と言いながら戻ってきた彼らに、俺は静かに言いました。

「いや……まだ、いるはずだったんだ」

俺たちはすぐさま、警察に通報することを決めました。

15分ほどでパトカーが到着し、警官が事情を聞いてきました。

俺たちはなるべく正確に、あのドライブインでの出来事を順を追って説明しました。

すると、警官がこう言いました。

「それで、その女の子たちの車って、どれ?」

俺は「あそこに……」と指を差しかけて、絶句しました。

――彼女たちの車が、無い。

たしかに、警察が来る直前まで、彼女たちの車はそこにあった。
それなのに、跡形もなく消えていたのです。

駐車場には、俺たちの車しか残されていませんでした。

警官は明らかに疑いの目を向けてきました。
その空気に、俺たちはしばらく何も言えませんでした。

そのとき、俺はふと思い出しました。

――バッグを戻すのを忘れて、屋根の上に置きっぱなしだったことを。

車の屋根を確認すると、バッグは確かにありました。

俺たちはそのバッグを警官に渡し、「この持ち主を探してほしい」と説明しました。
警官はしぶしぶ受け取り、「話が奇妙すぎて信じられないが、必要なら後日また聞くかもしれない」とだけ言い、連絡先を控えて俺たちを帰しました。

だが、この一件はそのまま終わりませんでした。

後日、警察から連絡が入り、俺たちは再び警察署に呼び出されました。

あのとき渡したバッグから、持ち主の身元が判明したというのです。

そして――
それは、10年以上前に失踪届が出されていた短大生のものだということがわかりました。

警察は当然、俺たちを疑いました。
しかし、当時の俺たちはまだ子供で、長野にも群馬にも縁はなく、失踪した短大生との接点もまったくなかったため、すぐに容疑は晴れました。

けれど、警察は言いました。

「君たちが通ったという道に、そんなドライブインは存在しない。調べても、荒れた道すら見つからなかった」

俺たちが見たものは、なんだったのか。
なぜ、10年前の失踪者と、今そこにいた女の子の姿が“同じ”だったのか。

説明は、どこにも存在しませんでした。

もしも、あのとき

あれから数ヶ月が経ちましたが、あの夜に起きた出来事はいまだに自分の中で整理がつかずにいます。

時折、ふと思い返しては、ある疑問が頭を離れません。

――彼女たちは、本当に“助けを求めていた”存在だったのだろうか。

今になって考えてみると、彼女たちの言動には明らかに不自然な点がいくつもあったように思えます。

まず第一に、到着時間についてです。
彼女たちは俺たちと同じルートでドライブインに到着したと言っていたはずですが――

山道は見晴らしが良く、前方に車がいれば必ずライトが見えるはず。
それなのに、俺たちは一度たりとも彼女たちの車の光を見かけていませんでした。

次に、彼女たちが俺とBに“声をかけてきた”こと。

不安を感じている状況で、初対面の男二人に、あれほど無防備に接することがあるでしょうか?
普通なら、警戒心が先に立つはずです。

しかも、俺たちが入室した瞬間、すぐに1人が立ち上がり、迷いなくこちらへと近づいてきた。
それはあまりにも自然すぎて、むしろ“準備されていた動作”のようにすら思えます。

さらに奇妙だったのは、逃走の際の行動です。

駐車場のプレハブ小屋に向かおうとしたこと。
車がすぐ目の前にあるにも関わらず、なぜ、あの小屋に“隠れよう”としたのか。

仮にパニックで正常な判断ができなかったとしても、3人が3人とも、示し合わせたように同じ行動をとるものだろうか。

小屋には鍵がかかっていたかもしれないし、あの状況ではむしろ“逃げられない場所”になりかねないのに。

極めつけは、あれだけの恐怖体験をした直後だというのに、3人だけで公園のトイレに行ったことです。

俺たちが「一緒に行こうか?」と声をかけたとき、あれほどあっさりと「大丈夫」と笑ったこと。
あれが、まるで――最初から「そうする予定だった」かのように、スムーズだったこと。

あのとき、俺たちが彼女たちの言葉に従ってプレハブ小屋に逃げ込んでいたら――
もし、彼女たちの提案を受け入れていたら――

俺たちは無事でいられたのだろうか。
あるいは、どこか“別の場所”に引き込まれていたのではないか。

そもそも彼女たちは、俺たちを“引き込もう”としていたのではなかったか――?

俺たちは、彼女たちのことを何も知らなかった。

名前も、どこから来たのかも、なぜあの道を通ったのかすら、知らない。

あの場所に彼女たちがいた理由も、
あのドライブインそのものの正体も、
結局、何ひとつ解明されていない。

ただ一つ、警察が突き止めたこと。

それは、彼女たちのうちの一人が――
10年前に失踪した短大生と“同一人物だった”ということだけ

あれは、夢ではなかった。
幻覚でも、錯覚でもない。

だとすれば、彼女たちは今、どこにいるのだろうか。
そして、俺たちは――本当に、“逃げ切れた”のだろうか。

そう考えると、今も時々、ふと背後が気になって振り返ってしまうことがあります。

あのとき逃げ出した者として、今もなお、“何か”に見られているような気がして――。

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