一途な思い

公開日: 洒落にならない怖い話

love-hate-being-james-thomas

僕の家の隣に女の子が越してきたのは小四の夏休みだった。彼女の家庭にはお父さんがいなかった。

お母さんは僕の目から見てもとても若かったのを覚えている。違うクラスになったけど僕と彼女は仲良くなった。

彼女はあまり明るいほうではなく、女子の友達も少なかった。本ばかり読んで親しい友人のいなかった僕と彼女はお互いの家に遊びに行くほど仲良くなった。

そのうち彼女は愚痴を言うようになった。母親がすぐ殴ること。同じクラスの女子が意地悪をすること。

好きな男の子ができたけどその子は他の女子にも人気があること。最初は僕のほうがよく喋っていたけれど、この頃からは一方的に彼女が話し僕が聴くようになっていた。

ある日を境に、彼女は学校に来なくなった。好きだった男子の取り巻きたちにいじめられていたのが理由だ。

彼女は僕に会うたびに自分をいじめた女子が憎いといった。そのいじめを見て見ぬふりをしていたクラスの皆も憎いといった。

そして現実味のない復讐やクラスメイトの悪口を延々と話し続けた。僕はただ黙って相槌を打っていた。

中学に入ってから彼女の素行が荒れ始めた。夜遅くまで帰って来ないようになり、これ見よがしにタバコを吸い始めた。

家庭環境も悪化し、深夜にいきなり親子喧嘩が始まったりもした。一度は警察が彼女を迎えにやってきた。

この頃から近所と折り合いが悪くなり、中傷ビラや落書きなどの悪質な嫌がらせが彼女の家に行われた。

一度は郵便受けに刻んだ猫が入っていた。僕も母に彼女と付き合うのをやめるよう言われた。

僕が高校を出た時、彼女は部屋に引き篭もるようになった。僕も彼女の姿を見ることがめっきり減った。

めっきりふけこんだ彼女のお母さんに話を聞くと、昼は絶対に出てこない。ご飯は部屋の前に置いて行く。深夜になるとトイレに行く時だけ出てくる。

そんな生活を送っているようだ。僕は久しぶりに彼女に会いに行った。

彼女は僕に会うのを拒絶した。扉越しに帰れと怒鳴った。何を話しても黙っていた。

一度なんかはドアが開いたと思ったら味噌汁をかけられた。ちらりと見えた彼女はげっそりと青白くやつれていた。

絞った雑巾のようだった。僕は毎日彼女に会いに行った。親と喧嘩した。やっとできた友達と疎遠になった。それでも毎日彼女の部屋まで会いに行った。

そのうち彼女は扉越しに話をするようになった。

悪い仲間と付き合っていたこと、万引きが癖になって警察に捕まったこと、恋人ができたと思ったら避妊に失敗して子供ができた途端に逃げられたこと、助けて欲しくて相談した母親が半狂乱になって殴られたこと、子供をおろしたこと、死のうと思ったこと、手首を切ったこと…。

昔と同じ様に彼女が一方的に喋り続け、僕は相槌を打つ。意見を求められた時はなるべく無難な意見を言う。

そのうち彼女は部屋を出た。アルバイトも始めた。だんだん性格も明るくなり始めた。彼女のお母さんから泣きながらお礼を言われた。

ある日、彼女は近所の団地から飛び降りた。下が植え込みだったこととたいした高さじゃなかったために一命は取り留めたが、脊髄が傷ついたために今後の人生は車椅子のお世話になるそうだ。

ベッドに横になった彼女は泣きながら謝った。親や僕に迷惑をかけていたのがすごく申し訳なかったから飛び降りたんだそうだ。

泣いている彼女を慰めた。寝転んだまま泣いている人を慰めるのは難しいと思った。慰めながら彼女にプロポーズした。結婚を前提に付き合ってくれるように頼んだ。

彼女は全身の水分を絞りつくすようにして泣きながら「本気? 私でいいの? 本当にいいの?」と何度も聞き返した。訊かれる度に頷き返した。

君のことがずっと好きだった。

顔を歪めてクラスメイトの悪口を言っていた時も、悪い友達と付き合って荒れていた時も、一方的に愚痴を喋り続けていた時も、君が泣きながらお母さんが自分を殴ることを告白した時も、引き篭もって別人のように痩せた時も、小学生の頃に君が好きな男子の名前をその取り巻きたちに教えた時も、君の家のポストに入れる猫を刻んでいた時も、足の感覚を失い白いベッドに飲み込まれそうに小さく横たわっている今もずっと君が好きだ。

これで完璧に君は僕だけの「彼女」だ。

僕たち今度結婚します。


note 開設のお知らせ

いつも当ブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後もこちらでの更新は続けてまいりますが、note では、より頻度高く記事を投稿しております。

同じテーマの別エピソードも掲載しておりますので、併せてご覧いただけますと幸いです。

怖い話・異世界に行った話・都市伝説まとめ - ミステリー | note

最新情報は ミステリー公式 X アカウント にて随時発信しております。ぜひフォローいただけますと幸いです。

関連記事

明け方(フリー写真)

顔の見えない母親

あれはまだ自分が4歳の頃、明け方の4時ぐらいの出来事。 明け方と言ってもまだ辺りは暗く、周りはぼんやりとしか見えない。 ふと気付くと俺はベッドの上に立たされていて、母親に怒…

事件事故

父親が道警勤務で、事件事故は親父の出動の方がニュース速報よりも早い。だから事件事故は「親父の仕事」のイメージが強かったりする。 でも、豊浜トンネルの崩落のときはちょっと違った。 …

病院で会ったお婆さん

この話は実話です。私自身も体験したことなのですが、当時は何も気付きませんでした。 ※ それは私がまだ幼い頃です。記憶は曖昧なのですが、確か妹がまだ赤子だったので、私は小学生の低学年…

夜道(フリー写真)

連れて帰ったもの

私が小学3年生の夏休みに体験した話。 私が住んでいた所は凄い田舎で、地域の子供会の恒例行事で七夕会があった。 七夕はもう過ぎているけど、要するに皆で集まって、クイズなどの出…

裏S区(長編)

九州のある地域の話。 仮だが、S区という地域の山を越えた地域の、裏S区って呼ばれている地域の話。 現在では裏とは言わずに「新S区」と呼ばれているが、じいちゃんとばあちゃんは…

廃工場(フリー素材)

溶接

大学一回生の冬。俺は自分の部屋で英語の課題を片付けていた。 その頃はまだそれなりに授業も出ていたし、単位も何とか取ろうと頑張っていた。 ショボショボする目で辞書の細い字を指…

鏡の中の話

鏡の中の話だ。 小さい頃、俺はいつも鏡に向かって話し掛けていたという。 もちろん、俺自身にはハッキリとした記憶は無いが、親戚が集まるような場面になると、決まって誰かがその話…

水槽の中に入っていたもの

自分、水槽で海水魚を飼ってます。幅60cm、奥行き30cm、高さ40cmくらいの水槽。 先日、海に行ったときに2枚貝を採集して水槽で飼うつもりで持ち帰った。 水槽に入れる時…

ヒサユキという男

この話は私にとって本当に怖ろしい体験で、その為に長い間精神を病んでいました。 最近になってようやく落ち着いてきたので、自分の体験をまとめてみました。 読み直してみると何だか…

神降ろし(長編)

2年くらい前の、個人的には洒落にならなかった話。 大学生になって初めての夏が近づいてきた金曜日頃のこと。人生の中で最もモラトリアムを謳歌する大学生といえど障害はある。そう前期試験…