ハカソヤ(長編)

omise-desu-060

ほんの数年前に知った私の母の故郷の習慣の話です。

うちの集落にはハカソヤという女限定の変な習慣があります。

ハカソヤにも色々あって、大きく分けてお祝いの言葉に使う場合と、お守りのことを指す場合があります。

お祝いの言葉の方は、例えば初潮が来た女の子や恋人が出来た未婚の女性に「おめでとう」の代わりに言ったりします。

お守りのハカソヤは母親から一人前になった娘に手渡す安産のお守りのことを言います。

例えば娘が就職して実家を出て遠方に行くときなどは必ず持たせます。

この場合何をもって一人前とするのかは割といい加減で…。

家によっては初潮と同時だったり、就職やお嫁入りの時だったりとバラバラなのですが、とにかく安産のお守りなのは共通しています(妊娠していてもいなくても。ていうかしてない場合がほとんど)。

両方に共通しているのは、

「必ず男性が見ていない、聞いていないところで」

と言うことです。

とにかく女性限定の習慣なので、男性もいる席でおめでたいことが判明したりしたら、台所とかに呼んでこっそり「ハカソヤ、ハカソヤ」と言ったり、お守りを渡す時は男の子のお守りをほかの女性にたのんで…といった感じです。

とにかく男性にはハカソヤは徹底的に隠されます(多分集落の男の人はハカソヤの存在自体知らない人がほとんど)。

私も都内の大学に進学して一人暮らしをはじめるという時に叔母からハカソヤをもらいました。

もらったのが母ではなく叔母からなのは、うちの母親はあまり迷信などに関して信心深いほうではなく、こういった古いしきたりも嫌っていたからです。母も祖母からハカソヤはもらっていたようですが、私にはハカソヤはあげずに自分の代で途切れさせるつもりだったようです。

実際こういう習慣があるのを嫌って母は集落を出ています。妹である叔母はお嫁入りも近所で済ませて祖母と一緒に集落に残っています。

ただ、それではあんまりおばあちゃんがかわいそうだから、それに都会は怖いところだから、女の子には絶対いるものだからと言われたので(後でここまで叔母が言う理由を知ってぞっとしましたが)、根負けして受け取った感じでした。

私がもらったハカソヤは見た目はどこにでもあるような安産のお守りです。ちなみにピンク色。

そして東京に出て1ヶ月目。

情けない話なのですが、今まで住んでいた町に比べてはるかに華やかな東京の雰囲気にすっかり酔ってしまった私は、大好きなカフェ巡りや雑貨屋通い、美味しいお店探しなどしているうちに、あっという間にお金がなくなってしまい、ジリ貧に陥っていました…。

なにせ今までいた街は、母の故郷の集落ほどではないにせよ寂れた町で、スタバ?バーミヤン?何それ?な感じでしたもので…。

バイトはまだ見つからないし、かといって一ヶ月目からお金を無心するのもどうかなと思い、家中余ってるお金はないか探しまくったのですが見つからず。

そこでふと思い立ったのはお守りの存在でした。

昔の話によくあるベタなアレですが、お守りの中にお金を入れておいて、困った時にお使いなさい、みたいな気遣いの仕方がありますよね。

ひょっとしたらあのハカソヤの中にお金が入ってたりとか?などと甘っちょろい期待を抱いてハカソヤを開けてみたんです。

ところが中にはお金など入っていませんでした。

入っていたのは形付けの厚紙と、小さい古びた布キレだけ。

2~3センチほどの、目の洗い木綿かガーゼのような布で、その半分ほどが茶色い染みで染まってて、乾いて固まってベコベコと波打っている。

ずいぶんと古い布のようで、地の部分も黄ばんでいました。

一体これは何なんだろうと思い、私は妙な方向に思考をめぐらせていました。

生理の時汚れたショーツを放置しとくとこんな固まり方するんだよね…。

布が変な並打ち方して固まって…。

てことはこれ…血…?

でも一人前のはなむけのお守りになんで血のついた布切れなんか?

時間が経つにつれて気になってしょうがなくなってしまい、とうとうお金の無心の電話にかこつけて、母に聞いてみることにしました。

母は私がハカソヤを叔母からもらっていたことすら知らなかったらしく、驚いた様子でした。

「あの布は何なの?」

と聞いてみましたが、母はただ静かな声で

「酷いことが起こらないよう気をつけてね」

と言うだけで、結局何も教えてくれませんでした。

どうしても気になったので、今度は叔母に電話してみました。

久々に話した挨拶もそこそこに私はまくし立てました。

「あれは何なの?あの布は、あの染みは?」

叔母は、あれ、知らなかったっけと言う風に、さらりと言いました。

「何って、血よ。女の子の。ハカソヤは男にひどいことされないためのお守りだって姉さんから教わらなかったの?」

一瞬何を言われたのか分かりませんでした。

叔母がしてくれた説明はこうです。

儒教が伝わる以前はどこの地方でもそうだったらしいけれど、日本はものすごく性に関してフリーと言うか、他人の奥さんを何か物でも借りるみたいに借りては犯して、生まれた子は皆で村の子として育てるみたいな感じだったそうですね。

夜這いなんかも堂々と行われていたのが当然だったとか。

時代が進むにつれて一般的にはそのような価値観は薄れたのですが、うちの集落は依然としてこんな女性に辛い気風が残っていたそうで。

山奥にあるので情報が伝わりにくかったのと、この地方は貧しいし、冬には農作業も出来なくて、娯楽がセックスくらいしかなかったのが関係してるのではと思います。

とはいってもそんな大勢の男に好き放題されて、十月十日誰の子ともおぼつかない子供を孕まなければいけない女性の苦悩は並大抵ではなかったでしょう。

そこで女性達が鬱憤晴らしのためか、それとも本当に男達に復讐しようとしたのかは分かりませんが、作り出したのがハカソヤだそうです。

作り方は…聞いてておいおいと思ったんですが、死産で生まれた女の子の膣に、産婆さんが木綿布を巻きつけて指をぎゅっと突っ込むんだそうです。

血が染み出たら、布をねじり絞って全体に血の染みを写す。

それで1人でも多くの人にお守りが多く渡るようにしたんだそうです。

血のついた部分が入るように、お守りに入る程度の大きさに切って出来上がり。

これがハカソヤの中身になります。

このハカソヤはいわゆる女性の貞操のお守りです。

強姦や望まぬ妊娠で悲しむことがないよう、おそそ(女性器)が血を流すことのないよう、幸せな破瓜を迎えられるようにという願いがこもっているそうです。

でもひどいのが、死産の子が少なくなると、強姦で生まれたり父親が誰だかはっきりしない女の子でもやってたんだそうです。

確かに、男達にとっかえひっかえ抱かれる社会で、幸せな初体験をしたいって望む人が多いだろうなってのは分からないでもないけれど、その子たちの幸せは…。

ハカソヤの役目はもう一個。

ハカソヤさえあれば例え手篭めにされても、男に呪をかけて復讐することが出来ると信じられていたそうです。

とある女が村の男に迫られて強姦されましたが、無理やりされていることの最中ずっと「ハカソヤハカソヤ」と唱えていたら、男がいきなり内臓を口から吐いて死んだという言い伝えがあったようで。

だからハカソヤは独り立ちする女に渡されるのか!

自分を傷ものにする男を殺すために!

と、その時唐突に理解し、背筋がぞっとしました。

ハカソヤの語源は「破瓜・初夜」のもじりじゃないか?だとか、「(男に内臓)吐かそうや」だったり「(男に一泡)ふかそうや」だとか、「私を傷つける『粗野』な男は殺してしまえ(墓)」だとか、諸説あることも一緒に叔母から聞きました。

個人的には一番最初の説じゃないかと思います。お守りの性質上…。で、あとはハカソヤって響きから連想した後付じゃないかと思っています。男が内臓吐いたって話ももちろん。

「じゃあ、私はそんな呪いの言葉をめでたいめでたいって意味で使ってたの!?」

と驚くと、叔母は慌てて訂正しました。

「ハカソヤが向くのは男だけよ。女の人に向けていったら『幸せなはじめてを経験できるといいね』って意味になるから大丈夫。だから男の人に聞かせたらいけないんだけどね」

昔は結婚まで性交渉なんかしなかったでしょうから、結婚する人に向かっては悪意などない、祝福の言葉以外の何者でもなかったようです。

今では婚前のセックスなんて当たり前のようになってしまったから、形骸化した挨拶になってしまっているようですが。

母の実家に帰るたびに変な習慣だなーとは思っていましたが、まさかこんな意味があったなんて…しかもそれをいまだにほとんどの男性から隠し通している、あの集落の女性達のハンパない団結が怖いです。

村ぐるみで男の人を仮想敵にして、がんばってるみたいで…。

大体このどこの誰のかも分からない血が付いた布つきのお守りなんて、正直もっているのが気持ち悪いですが…捨てていいもんかどうか。

まさか叔母には相談できないし。第一私一応もう処女じゃないし…いいかな?

と思いつつまだ手元にあります。困った…。orz

関連記事

星空(フリー写真)

光の玉

十数年前、私が6歳、兄が8歳の時の話。 私たちはお盆休みを利用し、両親と四人で父の実家に遊びに行った。 その日はとても晴れていて、気持ちが良い日だった。 夜になっても…

秘密基地

自分が小学生時代に体験した話を聞いて下さい。 当時小三だった自分の家(集合住宅)の近所にはごみの不法投棄所みたいなところがありました。 そこには面白い物やまだ使えそうな物が…

女性の肖像画

今朝、鏡を見ていたらふと思い出した事があったので、ここに書きます。 十年くらい前、母と当時中学生くらいだった私の二人でアルバムを見ていた事がありました。 暫くは私のアルバム…

浜辺(フリー写真)

浜辺で踊るモノ

小学四年生の頃に体験した話。 当時親戚が水泳教室を開いていて、そこの夏季合宿のようなものに参加させてもらった。 海辺の民宿に泊まり、海で泳いだり魚を釣ったり山登ったりする。…

コッケさん

私の田舎ではコケシの事をコッケさんと言って、コケシという呼び方をすると大人に相当怒られました。 中学生に上がりたての頃、半端なエロ本知識で「電動こけし」という単語を知ったクラスの…

放射能記号(フリー素材)

原発並み

以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。 当時、女友達Bの元彼氏(E)に聞いた小話を思い出したので投下します。 ※ 以下はこれ…

人形の夢

前月に学校を辞めたゼミの先輩が残して行った荷物がある、という話は久保から聞いた。 殆ど使われていない埃っぽい実験準備室の隅っこに置かれた更衣ロッカーの中。 汚れたつなぎや新…

マイナスドライバー

そんなに怖くないのですが聞いてください。 私がまだ4~6歳の頃の話です。 当時、私の家には風呂が無く、よく母親と銭湯に行っていました。 まだ小さかったので、母と女湯に…

アパート(フリー写真)

出前のバイト

大学生の頃に体験した話。 俺は下宿近くにある定食屋で出前のアルバイトをしていた。 本業の片手間の出前サービスという感じで、電話応対や梱包、配達まで調理以外のをほぼ全てを俺…

変な長靴

俺は大学生時代、田舎寄りの場所にアパートを借りて一人暮らしをしていた。 大学が地方で、更に学校自体が山の中にあるような所だから交通の便は悪くて、毎日自転車で20分くらいかけて山を…