模倣

森(フリー素材)

以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。

「巣くうものシリーズ」で纏めてもらっているので、前と同じく説明は省略します(※これまでの流れについて、詳しくは「巣くうものシリーズ」カテゴリをご覧ください)。

去年の秋の話です。

Hはコンパクトの件で懲りたのかと思っていたら、全く懲りていない。

相変わらず『視える』のを利用してちょいちょい稼いでいるようで、その奴の『小遣い稼ぎ』に関わる話。

「いつもHはいらないことをする」と奴の絡む話には常に不愉快(でも他に『視える人』の知人が居ないため縁切り困難)なAが、文句より興味で根掘り葉掘り聞いていた、怖いよりは珍しい事例です。

コンパクトの件を投稿してから何ヶ月か経った頃。Hから連絡が来て、飲みに行くことになった。

それで呼び出された先が、変な場所だった。少し距離のある市で、街外れに森というか林があり、その中…。

『おいおい』と思いつつ指示された通り砂利を敷いた道に入ったら、何か寂れた石碑みたいなものが奥にあった。

石碑の横で待っていたHに「おいこら」と言うと、奴は「大丈夫、大丈夫。居るけど、しょぼい奴だから♪」などとほざいて、カッカッカと笑った。

「そーか。んじゃ、とっとと出て飲みに行こうぜ」

と俺が言ったところで、Hの携帯が鳴り奴が出た。

「はーい♪ J(俺)来たよ。あ、ここ」

Hが携帯を切り、砂利道を歩いて来たBに手を上げた。

「やっほー♪ Jくーん」

手を上げ返しながら歩いて来るBの姿。手にはコンビニ袋。

「お疲れー。Bさん、コンビニ行く時に迷わなかった?」

「少しだけ。横道間違えちゃったみたいでした。ここ戻る時も」

そう答えたBが、コンビニ袋の中身(雑誌とかお茶ペットとかガムとか何か細々したもの)を、下げていたバッグに詰め替え始める。

その隙に俺がHを見ると、小声でコソコソ説明してくれた。

「頼まれごとで、話の段階じゃよく視えなくてさあ。最悪のケースを想定してBさん呼んどいた。勇み足だったけどねー」

そう言えば、会う日時と場所を指定したのはHだった。

何も知らない既婚女性のBを一対一で呼び出せる仲ではないから、俺を口実に使いやがったらしい(Cは嫌がったんだろう。怨霊塊憑男Iの件以来、Bの話はしたくない様子だから)。

呆れた俺に構わず、Hは続けました。

「JとBさん、仲悪くはないんだよね? 今日は一緒に飲みでオッケー? 一軒目でBさん帰して次行ってもいーよ。一軒目、俺おごるよ」

「や、B一緒で全然構わないし。三人でいんじゃね?」

と飲む店の相談をしていたら、またHの携帯が鳴った。

携帯を見たHは、俺とBに向かって言った。

「悪い。ちょい待ってて。少しかかるかもしんないけど」

Bは「J君居るし、大丈夫~。お喋りしてます~」と能天気に答え、Hは俺だけにこそっと、

「この辺、Bさん居たら寄っても来れない連中ばっかだからさあ。全く心配しなくていーよ♪」

と言い、夕日の射し始めた木立の間に消えて行った。

それでBとダラダラ学生時代のことなどを喋っていたら、ものの数分で、

「おい、J!!」

というHの声がした。

何か妙に焦った声だった。

「……? おう。何だ、早いじゃん」

「あー。ちょい、こっち来て!」

ややあって、道ではなく横の林の中から現れたHは、頭に蜘蛛の巣を引っ掛け肩に葉っぱを付けて、変に青ざめていた。

「………? H、何かあったのか」

俺がそう尋ね、Bも「Hさん~?」と不思議そうに聞いたが、Hは答えもせず凄まじい勢いで近付いて来た。

そして俺の腕をがっしり掴んで、結構な力で引っ張りつつ、「来いよ」と言った。

『何か変だ』と思い、俺は何となく腕を引く力に抵抗し、引っ張り合うようになったところへ、Bが割って入るように近寄って「Hさん、どうしたんですか?」と言った。

そしたら…。ぶったまげたことに、凄い勢いで向き直ったHがパッと俺を放したかと思うと、Bの胸倉を掴んで、ぶん殴った。

バキッと、グーで、女の顔面を。

悲鳴を上げて倒れるB。

俺は仰天して、動くことも出来ずにただHの形相を見ていた。

更にBを引き起こして二発目を入れようとするHを、やっと動いた俺が引き止めて手を放させた。

Bはよろけながら立ち上がり、止める間も無く

「キャ―――――!助けて――――――――!」

と叫びながら、林の中に走り込んで逃げ出した。

慌てて追おうとした俺の肩を掴んだHを見て、その表情に正直びびった。

『これマジでHか?』と思った俺の耳に、Aの声が刺さった。

「J君? Hさん? 大丈夫――――――?」

「あ―――――――大丈夫!今、撃退したから!」

Hが張り詰めたような大声で返す。

「……ほい、J」

やっと少し表情の和らいだHは、携帯を俺の耳に突きつけた。

「J君? もう居ない? Bのニセモノ」

「……え?」

思わず聞き返した俺に、Aはざらっと説明してくれた。

……さっきまで俺と居て、Hを待ちながら俺と大学時代の話などをしていて、Hに殴られて走って逃げたBは、Bじゃない、と。

完全に思考の停止した俺をHが引っ張って、林から普通の道路に出て暫く歩き、コンビニを見つけて近付いた。

もう薄暗くなった駐車場にBが居て、携帯を弄っていました。

「あ、J君!Hさん!」

元気良く声を上げたBの顔には、殴られた痕など全く無く…。

「待ち合せ場所に戻ろうとしたら道に迷って、コンビニ戻っちゃってー。

メール出しても返事ないから、電波悪いのかなって焦ってたんですよ」

「……うん、電波悪かったしJ来たし、動いちゃった。メールは来てないなあ」

辛うじて笑って見せたHと、まだ思考停止していた俺の携帯が一緒に鳴った。

「Bです。すみません!コンビニには着いたけど、そこに戻る道が分からなくなっちゃいました。コンビニで待ってるので、J君着いたらコンビニ来てくれませんか?」

着信したメールを読んでやっと頭が動き始め、混乱の渦に巻き込まれた俺を余所に、HとBはまた飲みの店を相談していた。

店を決めるとさっさと電話して予約した二人に引き摺られ、取り敢えず飲んで喋り、一段落したら早めに店を出て

「主婦だしお子さん居るから、そろそろお開きで」

とHがBを言いくるめて解散し、俺は半ば混乱したまま帰宅しました。

数日後。Hと連絡を取り、Aを交えて三人で会い、やっと俺は事情説明を受けることが出来ました。

『分身というか、自分の姿を見る人が出る場所。祟りなどがないか調べてくれ』

との依頼を受け、見た人と直接会ったHが、敵の気配や強さが何故か読めないことに心配になり、保険にBを呼ぶことを考え、口実に俺との飲みをセッティングしたのは前述の通りです。

取り敢えず気配を探りに一人で現地入りしたHは、相手の気配が予想以上にしょぼくて貧相なことに拍子抜けしたそうです。

確かに霊的なものが居る、だけど年代物の割りに本当にしょぼい。

相談者に会っても読めなかったのは、しょぼすぎて気配が弱かったからだ、と納得した程で。

分身などを見せる以上のことが出来そうには全く思えないから、気にする必要無し。それが当初のHの結論でした。

「いやね、本っ当に貧相だったのよ。来て損したと思うくらい」とのこと。

それで、Bが待ち合わせ場所の石碑に来て、二人で俺を待った。

ただ最悪の事態を想定して待ち合せ時間をずらしてあったので、暇過ぎて間が持たない。

(最悪の事態を想定して…というのは、ヤバいモノが居たら上手いことBのアレを使い、B当人には気付かせずに片付けようと算段していたらしい。Hのこういうところが、Aの神経に障るようですが……)

Bがガムを欲しいと言ったので、コンビニへの道を教えて行かせた。

一人残って、漂えども姿は無い貧相な気配をお遊び程度に探っている内に俺到着。続いてB帰還。

「その時はね、本当に変だとは思わなかったんだよ。アレも居たし」

HもAも視える人は皆、人を見るときには外見だけではなく自然に気配や憑いているモノも視るのだそうです。

Bは普通に間違いなくBの気配を持っていて、アレも居た。

何も疑う要素は無かった。

ただ一つ違和感があったのは、ちゃんと視えるアレの気配が変に弱いというか薄いこと。

気配の質は同じだから、Bの中に引っ込むと気配が弱まるのかと解釈してスルーしたのだが、仕事の電話で石碑を離れてからもやはり気になる。

『何だろう、あの、視えるのに弱いってか、薄いってかペラいってか』と考え続けてふと頭に浮かんだ言葉。

『ハリボテみたいな気配なんだ』

『いや、引っ込むと外側が抜け殻っぽく残るのかも』と考えても違和感が打ち消せない。

形だけ残して中身が引っ込むとか、何か凄く不自然だ。

そういう偽装やハッタリと一切無縁な、生の力が剥き出しでいるような存在が、Bのアレなのに。

どんどん不審感が増してきたので電話を中断して引き返し、こっそりBの写メを撮って、Aに送って聞いてみたそうです。

すぐにAから返信があり『Bのアレじゃない。絶対違う』と断言。

アレは引っ込むと形が見えなくなる。その時も気配は残り香みたいにBを包んでいる。弱くなんかならない、と。

その返事を受け取ったHは、瞬時に結論に到達したそうです。

アレが偽物で背負っているBが本物というのは、絶対に無い。

有り得ない。どんなにそっくりでも、Bごと偽物なんだ…と。

……その辺の理屈は、正直俺の理解出来ない点もありましたが。

とにかく『偽物のアレを背負った普段通りのB』は、視える人の視点では有り得ないようです。

尚、Hを焦らせAにも驚きだと言われた事実。

それは、石碑に居たモノが気配や憑き物を模写したことでした。

二人が言うには、他人の声や姿を真似るモノは割と居る。

そして人間の姿を模した程度のものは、本人の気配や憑依している霊などを写さないので、幻覚でも化けていても、視える人には疑問の余地なく解るのだそうです。

なのに今回のモノは、本人の気配やオーラ的なものどころか、背後の霊の気配まで含めてコピーしようとした訳です。

これは本当に、見るのも聞くのも二人とも初のケースだそうな。

「Bさんのアレも特殊なレアものだし、さすがにコピり切れなかったんだろーけど。それでも、あの精度だよ? ふつーの人なら、守護霊まで完全にコピーできる可能性が高いよ」

「Hさんが騙されたくらいだもんね…何だろ? ソレ、弱いってのもフリじゃかったんですか?」

Aの質問にHが身振り手振りを交えて説明した限りでは、Aの見解も

「それは確かに。取るに足らないレベルですよね」

とのことだった。

そのしょぼい貧相な気配が、Bを模して何をしたかったのかも謎です。

あの時、Hは俺が狙われたのかと思い慌てたそうですが、冷静に振り返ってみると、生身の人間一人をどうこう出来る程の力は無かったとのことです。

そして今となっては、調査も出来ない状態だったりする……。

と言うのは、あの日、Hに全力でぶん殴られたモノに何があったのか、あれ以降、その貧相な気配の持ち主は居なくなってしまったからです。

後日、石碑を訪れたHと俺とAは「居なくなっちゃった」と苦笑しながら言いました。

Aも同意したし、その頼まれ事はどうやらこれで解決ということになるらしい。

Aが言うには、パニックでフルスロットル状態のHに殴られて、消えたか逃げたかしたんじゃないか…とのことです。

また、Hの突然の暴行に仰天したこと以外は特に体感が無かったと思った俺だが、後で思い出すと、一つだけ確かに変なことがあった。

石碑の横でB(だと思っていた何か)と一頻り喋った記憶があるのに、何を話したのか全く思い出せないんだ。

『大学の頃の話をした』と言うような曖昧な記憶だけ残っていて、何年生の時のことだとか、どのイベントの話だとかが全く思い出せない。

飲み屋で本物のBが喋っていたことは、俺が上の空気味だったにも関わらず、しっかり覚えているのに。

HとAにそう話すと、更に難しい顔で

「ってことは、幻覚系じゃないよな」

「変身で、Hさん騙すほどそっくり? うーん……」

と、二人して首を傾げていました。

長い割に結局オチなしですが、以上です。

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