『コ』の字の家

宿

私の家は都市から少し離れた町にあり、日本家屋が立ち並ぶ場所にありました。

近所の噂では、元女郎宿を改築した家らしいです(改築したとは言え、かなり古い家でしたが)。

その家は丁度カタカナの『コ』の字の形で、2階建てでした。

『コ』の字の空白の部分は中庭になっていて、1階の中庭に沿っている廊下から庭に降りられました。

2階にも中庭を見渡せるよう窓付きの廊下が沿っていました。

さて、私は夏休みに、『コ』の字で言う縦棒の2階にある、暗く広い和室で宿題をしていました。

ここは涼しくて勉強が捗るのです。両親は買い物に行き、私は留守番も兼ねていました。

朝の9時から1時間くらい経った頃でしょうか、私はトイレに行きたくなりました。

トイレは1階と2階にあり、どちらも『コ』の字の下の横線の端っこにありました。

私は中庭を見渡せる廊下を通り、2階のトイレで用を足し、トイレから出ました。

その時、私は何気なく窓を見ました。

そこからは、中庭を挟み『コ』の字の上の横線の端っこにある物置部屋が見えるのです。

なんと物置部屋の襖がガタガタ揺れているのです。私は泥棒だと思いました。

『朝から大胆だな~』と思いながらも、実際はとても怖く、足が竦んで動けませんでした。

私はどうするべきが迷いながも、泥棒の顔を見てやろうと思い、もう一度トイレに入ってドアを少し閉め、隙間から正面の物置部屋を覗いていました。

その時です、私は一生忘れられない光景を見ました。

ガタガタ揺れていた襖がピタリと止まったかと思うと、突然スーッと開いて中から女性が出てきたのです。

その女性は上半身裸で、真っ白い肌が印象的でした。

下半身には着物みたいなものを巻いていました。

髪はボサボサで、全体的に気だるそうでしたが、目だけは血走っていたように思います。

私は本当に腰を抜かしてしまいました。

どう見てもこの世の者とは思えなかったからです。

それに近所の噂になっている「この家は元女郎宿」という事も思い出しました。

その女幽霊は宙を睨んでいたかと思うと、急に歩き出しました。速度はゆっくりでした。

じっと見ていると、なんと『コ』の字の廊下を沿って歩いて来るのです。

このままではこちら側のトイレに来てしまいます。

しかし私は腰を抜かして動けません。

女幽霊は歩いて来きました。

そして、『コ』の字の縦線のところにある、宿題をしていた和室まで来た時に突然スーッと和室に入りました。

私はチャンスだと思い、自分に気合いを入れ、トイレを出て中庭に飛び降りようと決心しました(そんなに高くないし、夜遊びする時はよく飛び降りていたので)。

そして、ドアをソローっと開けた瞬間でした。

女幽霊が和室から凄い勢いで飛び出て来ました!そして窓越しに私の姿を見た途端、凄い勢いでこちらに走って来ました。

私は殺されると思い、窓を開けて大ジャンプをして飛び降りました。

着地に失敗しましたが、構わず玄関に向かいました。

女幽霊が2階から降りて来ると思ったのです。

私は外に飛び出すと、向かいの祖母の家に転がり込み、「おばあちゃん、おばあちゃん、幽霊がくるー!」と叫びました。

祖母は凄い勢いで来てくれました。

私の異常な状態にすぐ気付いてくれたのか、玄関を閉めて私を引き摺るように家の中に入れてくれました。

私は今見た事を震えながら話すと、優しい祖母の顔が段々と険しくなっていきました。

そして、台所に行き塩の壷を持ってくると、私を連れて『コ』の字の家に行きました。

祖母はダダッと2階に駆け上がり物置部屋まで行くと、中に向かって

「なにしよるんや!この子に手だそうとしたんか!この子に手だしてみぃ、私が承知せえへんで!

わたしの前に出てきてみんかい!塩まいたるわ!」

と叫びました。

その時、部屋の中でガタガタと音がして、すぐに止みました。

祖母は「もう大丈夫よ。怖かったやろ~」と言い、両親が帰って来るまで一緒に家にいてくれました。

私は祖母に色々聞いたのですが。祖母はニコニコしながら「わたしもようわからんけど、この家はアレやったからな~」と言いました。

私は『やっぱりこの家は女郎宿だったのか』と思い、それ以上は聞くのをやめて2人で高校野球を見ていました。

それからその家では何も起こりませんでしたが、私が高校に入ると同時に引越しをしました。

祖母は車椅子生活になりましたが、今でも元気です。怒った顔はあれ以来見ていません。

『コ』の字の家は取り壊されました。取り壊す時、解体業者の人が何人か怪我したみたいです。

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