雲の上の記憶と真紅の花

数年前、私は今でも忘れられない不思議な体験をしました。
それは、家族旅行でキャンプに出かけた際の出来事です。
キャンプ場のテントを離れ、弟と二人で少し奥の林の中で遊んでいたときのことでした。
ふと気がつくと、弟の姿が見えなくなっており、私は慌ててあたりを見渡しました。
すると、視界の隅に、ひときわ目を引く真っ赤な一輪の花が咲いているのが見えました。
私は花に関する知識はあまりないため、何の花かは分かりませんでした。
しかし、その花を見た瞬間、まるで記憶の扉が突然開かれたかのように、強烈な映像が頭の中に流れ込んできたのです。
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その記憶は、どうやら「生まれる直前の出来事」のようでした。
私はまだ幼い子供で、雲の上のような不思議な世界に、たくさんの子供たちと共に住んでいました。
その世界は明るくて穏やかで、どこか懐かしさすら感じさせる、不思議な街でした。
いつも隣にはひとりの男の子がいて、彼の姿を見た瞬間に、「ああ、この子は弟だ」と直感で理解できました。
ある日、私たちは大人のような存在から「もうすぐ“あちら”へ行く時が来たから、準備をしなさい」と告げられました。
“あちら”とは、おそらくこの現世のことだったのでしょう。
そして、私たちは“どのお母さんの元に生まれるか”を選ぶことになりました。
男の子も私と同じ母親を望み、「じゃあ、私が先に行くね」と言って、私はその世界を後にすることに決めたのです。
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“出発の場”には、大きな暗いトンネルのような穴があり、そこに子供たちが順番に並んでいました。
そのトンネルを通ることで、私たちは今までの記憶をすべて消して、生まれ変わる準備をするのだと説明されました。
私はどうしてもその記憶を消すのが嫌で、「やだ!忘れたくない!」と駄々をこねていたことを今でもぼんやりと覚えています。
それでも最終的には、私は意を決してそのトンネルの中に飛び込んでいきました。
この記憶はあくまで断片的なものですが、前世というよりは“あの世”にいたときの出来事であるように感じられます。
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その後、林の中で弟と再び合流し、キャンプ場へ戻りました。
私は父と母にこの体験を話してみましたが、当然のことながら信じてもらえませんでした。
それでも私の中では、この体験はまぎれもない「確かな記憶」であり、特にあの真っ赤な一輪の花が、この出来事と深く関係しているような気がしてならないのです。
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気になって後日、いろいろと調べてみたところ、小さな頃に私と同じような“生まれる前の記憶”を語る子どもが少なくないことを知りました。
ただし、そうした記憶はたいてい6歳ごろまでには失われてしまうようです。
それでも、ごくまれに大人になっても覚えている人がいるとも聞きました。
私の場合、小さな頃には何も覚えていませんでした。
この記憶が蘇ったのは、中学生になってからのことだったのです。
それがまた、不思議で仕方ありません。
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あの花は何だったのか。
そして、あの記憶は本当に過去にあった出来事なのか。
いまだに真相は分からないままですが、あの体験が私にとって特別な意味を持っていることだけは、確かです。
あの夏の日、林の中で見た真紅の花と、雲の上のあの世界。
それはまるで、魂の奥深くに刻まれた“本当の私”を、ふとした瞬間に思い出させてくれた――そんな不思議な出来事でした。