幽霊ホテル
今から20年近く前の話です。
高校を中退した私は、アルバイト三昧の生活を送っていました。
学力至上主義の進学校に通っていたので、それまでの友人達との縁は完全に切れ、バイト先の仲間達だけが遊び相手でした。
中でも2歳年長のN、同じく2歳年長のK、Kの連れのTの三人とは、色々と馬鹿をやらかしたものです。
そんなある日、Kが隣の県にある某幽霊ホテルに肝試しに行かないかと提案してきたのです。
そこは建設途中で資金繰りの都合で放棄されたホテルで、外観はほぼ出来上がっているものの、一度も開業する事はなく、地元の暴走族や何やらの溜まり場になっているという場所でした。
幽霊ホテルと呼ばれるようになった謂れは複数ありましたが、私達が知っていたのは、暴行され自殺した女性の亡霊が出るとか、リンチされて殺された奴が出るとか、ありがちな話ばかりでした。
現場明けにTに車で迎えに来てもらい、夕食とドライブで時間を潰し、深夜のホテルへと向かったのです。
ホテルは国道に面した場所に建っており、車のライトや街灯のお陰で、拍子抜けするほど普通でした。
がっかりしたような、ほっとしたような何とも言えない気分で、割れた窓から内部に潜入し屋上へと向かったのですが、内装は全く出来ておらず剥き出しのコンクリートのままだった為、生活感というか、リアリティの様な物が感じられず全然怖くありません。
おまけに四人全員、霊感、霊体験共にゼロ。
途中で宴会の跡や、ナニをいたした痕跡を見つけてはワイワイ騒ぎつつ、屋上へと侵入した後は当初の目的を完全に忘れて、ホテル裏の湖を見ながらの酒盛りに突入しました。
※
2時間程騒いだ後、つまんなかったとか、口々に勝手な事を言いつつ1階まで戻った時、地下へも階段が続いてる事に気付いたのです。
不思議な事に、屋上へと向かう時には地下への階段があるという事に、少なくとも私は気付いておらず、忽然と階段が現れたかのうような不気味な気分をこの時初めて感じました。
他の面々も何かを感じ取ったらしく、躊躇するかのような空気が流れましたが、言いだしっぺのKが降りてみようと提案し、さっさと進んで行ってしまいました。
なし崩し的に皆で階段を降りて行くと通路になっており、足元にはどこから流れ込んで来たのがうっすらと水が溜まっていました。
そのせいか、真夏だというのに肌寒いくらいひんやりとしていたのを覚えています。
これまでと違い、それぞれが持つ懐中電灯の明かりだけを頼りに、通路と扉も付いていない部屋とを見て回っていると、突然今まで感じた事のないような悪寒が背中を走り抜けました。
今でも覚えています。背中の下の方から上に向かって痙攣するかのような、電流が走ったみたいな感じでした。
流石に嫌な予感を覚え、そろそろ帰ろうと言おうとした瞬間、Nが「ケフ」という奇妙な声をあげたのです。
この時の並びはKと私が前列、NとTが後列におり、私が吃驚して振り向くのとNが叫び声を上げながら階段方向に向かって走り出すのがほぼ同時でした。
恥ずかしながら、私も一番肝の座っているKでさえもパニックを起こしてしまい、一目散に階段を駆け上り、車の止めてある場所まで走りました。
※
その後、なんとかNを落ち着かせ、車に乗り込んで帰路についたのですが、その途中Nが何を見たのか話してくれました。
階段から3つ目の右側の部屋の奥、懐中電灯の光も届かない筈の場所に、はっきりと人の顔が見えたのだそうです。
それも5つか6つか複数がゴチャゴチャに絡まるようにして、のっぺりとした男か女か分からないような顔が…。
それらが一斉に自分を見たと感じた瞬間、ここに居ては危ないという本能のようなものが働いたと言っていました。
結局、その後は全員でファミレスで夜明かしをし、明るくなるのを待って帰路につきました。
その後、同じホテルに肝試しに行った人間と話す機会があったのですが、その人物曰く、地下への階段は完全に水没して降りられなかったそうです。
※
後日談
幽霊ホテルに行った後も、特に誰にも何も変わった事は起こっていませんでしたので、私が東京に引っ越して彼らと疎遠になって行くと共に記憶が薄れ掛けていたのですが、仕事上の付き合いのある某婦人がなんと、Nの妹さんだったのです。
Nはあのホテルのあった湖で入水自殺をしていました。
自殺の原因は判らないそうです。