同じ長さの髪の毛

アパートの磨りガラス(フリー写真)

ちょうど一昨年の今ぐらいの時期に起きた出来事。

大学のサークルの友人Aが、

「引っ越しをするので手伝ってくれ」

と言って来た。

お礼に寿司を奢ってくれると言うのと、Aには世話になっている事もあって、俺は二つ返事で了解した。

引っ越し当日、現場には俺とA、そして同じくサークルの友人BとCの男4人で、引っ越し作業を片付けた。

Aの引っ越し先は2階建てアパートの1階の角部屋で、玄関を入ると左に風呂とトイレ(風呂とトイレは別々)で、右にキッチン。

正面に木枠にガラスが填まっているドアがあって、十畳の部屋があるという間取りだった。

その日の夜は4人で酒を飲み、寿司を食いながら適当にダベって、床にザコ寝した。

そして次の日の朝に、B、Cと一緒に電車で帰った。

その帰り道にCが、

「Aの部屋って、すぐ隣の建物が神社だったよな。もしかして…出るんじゃねーの」

などと、ふざけて言っていたのを覚えている。

まあ、覚えていると言うか、忘れられなくなったと言う方が正しいか…。

Aが引っ越して一週間くらい経った頃、学食でAとBと飯を食っている時に、BがAに

「新しい住まいはどーよ? 結構良い部屋だったよなー」

と聞いた。

するとAは、

「うーん。まあ部屋は広いし駅も近いし、悪くはないんだけど…」

と何か言いたげな感じで言葉を濁した。

俺はそれが気になって、

「何? 何か変な事でもあるんか? 幽霊とか」

と冗談めかして言ったんだよ。

そしたらAが、

「いやー、何か長い毛がよく落ちてるんだよね」

と言うので、

「どうせ女でも連れ込んでんだろコノヤロー」「外でくっついて来てんだろ」

と、俺とBはあまり真剣に取り合わなかった(ちなみにAは、女を連れ込んではいないと言っていた)。

自分以外の毛が落ちていたって、普通そんな気にする事でもないからだ。

Aも、

「まあそれ以外何も無いし、やっぱたまたまかもな」

と思い直したようで、その日はそれでAの部屋の話は終わった。

それから暫くAは普段通りだった。

しかし二週間ほど過ぎた頃から、妙に疲れていると言うか、やつれて来ているように見えるようになった。

ちゃんと大学には来ているから病気という事も無いだろう。

きっと何か悩みでもあって眠れないとか、そういう事かもしれないと思い、BとCと一緒にAを飲みに誘って話を聞いてみる事にした。

飲みながらAに、

「何かあったのか」

と聞くと、Aが、

「言っても信じてもらえるかどうか分からないけど…。

前にお前(俺の事)とBに、髪の毛が落ちてるって話したじゃん?

んで、最初は外でくっついてるとか、そんなだろうって思ってたんだけど、どうもおかしいんだよ。

外でくっついてるなら、長さとかってまちまちだろ?

でも落ちてる毛って、同じような長さのものばっかなんだよ。

しかも、くっついてるとかなら床に落ちてるのが普通なのに、コップの中とかトイレとか風呂場とか、とにかくどこにでも落ちてるんだぜ?

それに段々、毛が落ちてる頻度と言うか、量が増えて来てるんだよ。

それで、もう何か気になって気になって、家に居ても怖くて落ち着かないんだ」

と話し出した。

俺とBは半信半疑で、そんな変な事をすぐ信じる事も出来ず、

「きっと偶然が重なって、疑心暗鬼になってるんじゃないのか」

と言っていたのだが、Aは

「いや、そんなんじゃないんだよ。マジでおかしいんだって」

と真顔で言い張る。

そしたらCが、

「それなら、これからAの家に行って見てみようぜ」

と、好奇心丸出しな感じで言い出した。

Aも、

「そうだな、見てもらった方が早いわ」

と言うので、4人で飲み屋を出てAの家へ行った。

Aの家に着いた俺達は絶句した。

Aの言った通り、流し台、風呂場、トイレ、部屋のそこら中に毛が落ちている。Aが、

「…家を出る前は無かったんだぜ」

と言うからCがまた興味を持ったらしく、

「ちょっとこの毛を集めて、長さとか色とか見てみようぜ」

と言い出した。

俺もこの時になって、怖さ半分、興味半分で、

「そうだな。同じ毛かどうかくらい分かるかも」

と、Bも促して4人で毛を集める事にした。

10分ほど経ってようやく、目ぼしい所に落ちている毛を集める事が出来た。

集めた毛は白い紙の上に置き、長さや色を適当にチェックして行った。

あからさまに違う長さの毛を取り除いて行って、残った毛をまとめる頃には、何か部屋の空気が重いと言うか、うすら寒いものになっていた気がした。

重苦しい雰囲気の中、Bが

「…同じだよな?」

と、全員の顔を見ながら呟いた。

確かに長さ、色、手触り等、素人判断ではあるが、同じ人間の毛としか思えなかったので、俺もAもCも同意せざるを得なかった。

Cが、

「うわ…やばいんじゃねーこれ」

と言い出したので、Aが弱気になってしまい、

「どうしよう、どうしたらいい?」

とオロオロし始めた。

俺は幽霊も見た事が無いし、今までそういう体験も無かったので、幽霊が原因だとかそういう風に結論付けずに、あくまで物理的な原因が必ずどこかにあるんじゃないかと思った。

そこでAに、

「そうそう幽霊とかって出ないだろうし、こうして毛という物質がここにあるんだから、絶対原因があるって」

と説得し、Aをなだめる事に終始した。

もう夜も遅いし、後日ちゃんと調べてみようという事になり、俺達は帰る事にした。

部屋のドアを開けて玄関に向かう途中に、Bが

「おい…ちょっ…これ…」

と凄い顔で風呂場の中を指差しているので、中を覗いて見ると、一握りくらいの毛の束が風呂場に落ちていた。

それを見た瞬間、背筋に走った悪寒は今でも忘れられない。

4人全員が転がるように外に出て、近くのファミレスに入った。

暫くして落ち着いて来たので、さっき見た毛について話が始まった。

確かに4人で部屋の中の毛を拾ったはず、仮に取りこぼしがあったとしても、あんな目に付く毛の束を見逃すはずが無い。

と言う事は、俺達が拾って、帰ろうと部屋を出るまでの間に落ちた、という事。

あの部屋には4人しか居なかったし、外から人が入って来てもすぐ判る。

Aは確定的な出来事を目にしてすっかりびびっているし、BもCも俺も恐怖と興奮で頭が一杯だった。

4人で髪の毛を集めたり、長さを測ったりして引っ掻き回したせいなのか、次の日、事態は急変する事になる。

朝になるまでファミレスで過ごし、Aはまだあの家に帰りたくないと言うのでBの家に行った。

Cと俺は一旦家に帰り、土曜日で休みなので一先ず寝てからまた集まろうという事になった。

夕方に目が覚めて、暫くするとBからメールが来て、

『19時にさっきのファミレスで集まろう』

という流れになった。

ファミレスで集まった俺達4人はどうするか話し合い、取り敢えずAの家の様子を見に行く事にした。

Aの家は前日飛び出した時のまま、外から見ても電気が点けっ放しなのが判った。

Aが鍵を開け、ドアを開ける。

ドアが開くまでの瞬間は、何か身体が浮いているような感じで、生きた心地がしなかった。

ドアを開けると、まず玄関に数本ではあるが毛が落ちていた。

もう誰も何も言わない。

風呂場を覗く。昨日の毛の束があるが、他は変わったところは無かったと思う。

トイレ、台所、廊下には毛があった。

昨日、あれから誰も入っていないはず。しかし毛は落ちている。

俺はもう内心『夢とかドッキリとかじゃないか。寧ろそっちの方がいい』とか、恐怖と興奮で現実に居るのか夢の中に居るのか曖昧な感じだった。

取り敢えず部屋の中以外はチェックしたので、いよいよ部屋だという時に、Aが

「ヒュー」

と、空気が漏れたような声(悲鳴だったのかもしれない)を出した。

俺がAに、

「どうした?」

と聞くと、Aは引き攣った顔で、部屋を仕切るガラス付きのドア越しに、部屋の中を指差している。

BとCと俺は、視線を部屋の中に移した。

テーブルの上には昨日集めた毛の束がある。

別に何か居る訳でも何でも無い。

「別に何も居ないぞ?」

とAに言うと、Cが

「窓…」

と掠れた声で言った。

Aの部屋の窓は上半分が普通のガラス、下半分が曇りガラスになっている。

上半分には何もない。夜なので、すぐそこの物干し竿しか見えない。

だが下半分。曇りガラスの向こう側に、座り込んでいる髪の長い女が居る。

上が白い長袖のようなものなので、曇りガラス越しでも毛の長さが分かる。

もう直感的に『この毛はこの女のだ』と思った。

今思えば、生身の女だったのかもしれないが(それはそれで怖いが)、はっきりと幽霊を見てしまった。

あの時は全身の血が足の方に落ちて行く感じがした。

4人全員が悲鳴を上げるでもなく、震える足を引き摺って、静かに静かに部屋を出た。

その後、Aは引っ越すまで俺達の家を泊まり歩いた。

俺達もあんなモノを見てしまったので、Aを泊める事は暗黙の了解になっていた。

引っ越しの荷物をまとめるために数回あの部屋に行く機会があったので、ネットで見た

『コップの中に日本酒を入れて置いておく』

『盛り塩を部屋の4隅に置く』

等をダメ元でやってみた。

すると次に部屋に訪れた時、日本酒はかなり白く濁っており、盛り塩はカチカチになっていた。

Aは引っ越した後、何事も無く普通に生活している。

しかし部屋に落ちている毛は今でも気になるらしい。

結局、あの部屋の隣が神社だった事との関連や、あの女が何だったのかは判らないままです。

まあ、判らない方が良いのかもしれませんが…。

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