自衛隊駐屯地の恐怖体験
私が新隊員教育でとある駐屯地にいた時の話です。ありがちな話かもしれませんが、どうかご容赦下さい。
自衛隊には営内点検と言うものがあります。部屋の使用状況(物品の有無、整理整頓、清掃など)を点検するものです。
点検時は全員各自のベットの前で気をつけの姿勢で立ち、点検官が床か各人のロッカーの中まで隅々まで点検します。
中には白い手袋をして、そこいらを指先で撫で、埃の有無を確認する場合もあります。
何か少しでも不備があると、個人の持ち物、備品構わずに窓の外や廊下などに放り投げ、ばらまかれるのでした。業界用語でそのことを「台風」と呼んでいました。
そして、不備一点につき全員で腕立て10回をする決まりです(大体一点二点では終わりませんが)。
ある日、私の隊の大隊長が交代し、新任の大隊長が営内点検を行うことになり、何度か「台風」を経験してきた私達に緊張が走りました。
その営内点検は抜き打ちの場合と、予告ありの2パターンあります。
その時は予告ありだったのですが、ある意味予告ありの方が「時間を与えたのだから隅々しっかりやっとけ」的なニュアンスで、本当に隅々、下着の畳み方まで見られるような細かい検査が多かったので、私達は休日返上で準備をしていました。
なんと言ってもまだ新米で、どことどこがよく見られる場所であるかも分からず、要領というものが分かっていなかったので、気合いを入れて清掃、片付けをしていました。
その時、廊下が騒がしくなりました。私が何だろうとドアを開け、廊下に顔を出すと、隣の部屋の奴らが一人を囲み笑いながら騒いでいました。
私がその囲まれている一人を見ると、おでこに何か貼ってキョンシーの真似事をして、それを見て皆で笑っているようです。
よく見るとおでこのそれは薄茶けたお札のようでした。
私がそいつに「どしたの? それ?」と聞くと、どうやら備え付けのロッカーを動かしたら、その後ろの壁に貼ってあったらしいのです。
営内点検にビビっていた彼らは、備え付けのロッカーの後ろまで掃除したらしいのです(そこまでは点検しないのですが)。
当時の私はそのお札よりもその根性に驚きました。
※
さて、営内点検も無事終わり、次の日の朝です。
朝礼前に武器庫に並び、それぞれ自分の銃を出していた時です。
その例の隣の班長がすっ飛んできて、隣班の奴らを部屋に戻して腕立てをさせていました。
どうやら全員ロッカーを開けっ放しにして部屋を出たので怒られたらしいのです。
ところが全員覚えが無いとの事。自衛隊では部屋を出る時は整理整頓するのが常識です。ロッカーを開けっ放しというのは論外です。
しかし、その謎の出来事は続いたそうです。
訓練で部屋を空け、帰って来ると全員のロッカーが開いているのです。
しかも定規で計ったように綺麗に、同じように開いているそうです。
最初はそこの班長も「おまえらなめてんのか」と激怒していましたが、2日も続くとおかしいと思い始め、出発前に部屋の確認をして出ていくようになりました。
しかし部屋に戻るとやはりロッカーは開いているのでした。
※
次の日、訓練中にそこの班長が真相を見るため、こっそりと部屋を確認しに戻りました。
そーっとドアを開けると、ロッカーは開いておらず、朝確認したままの綺麗に整頓された部屋だったそうです。
不審者の悪戯の可能性もあるため、ロッカーの中からベットの下まで隅々確認したそうなのですが、異常無しでした。
その時廊下から、
「○○3曹!」
と上官に呼ばれ、
「はい!」
と廊下に飛び出し、部屋のドアを閉めたのですが、ちゃんと閉まっておらず、これはいかんともう一回僅かに閉まりかけているドアノブに手を掛けようとしたところ、
「ガチャン」
と中から誰かが閉めたように閉まったそうです。さすがにその時は背筋が寒くなったそうです。
※
それからは隣部屋のロッカーの扉が開く事は無くなったのですが、真夜中にその壁から歯ぎしりのような「ぎり、ぎり」という音が聞こえるようになりました。
私のベットはその隣部屋側だったので、私も聞きました。誰かのいびきや歯ぎしりでは無く「ぎり、ぎり」と明かに壁の中から鳴っていたのを覚えています。
慣れない生活、訓練などで疲れていたせいもあってか、さほど気にしていなかったのですが、ある日私はトイレに行きたくなり真夜中に目が覚めました。
夜中の3時前後だったと思いますが、二段ベットの上だった私は、下の同期が目を覚まさないように気を使いながらそっと降りて廊下に出ました。
真っ暗の廊下に出ると、トイレの明かりの方(明かりと言っても電気を点けている訳ではなく、窓の外の明かり)の方に向かって行きました。
なぜかモヤっと霧っぽいものがかかっていて、変だなと思っていました。
無事に用便が終わり、ベットに戻って私は眠りに就きました。そして夢を見ました。
私は何かに縛りつけられており、目の前に銃剣を付けた銃を構えた男が立っています。旧日本軍の方の格好では無いようだったと覚えています。
その男は表情一つ変えずに銃剣で私の胃の辺りを突いてきました。その度に夢とは思えないような胃がこみ上げるような感触がありました。
何回か私を突くと、今度は私の首を両手で締め上げて来ました。男の顔は青白く無表情。しかし口元は「ぎり、ぎり」と歯ぎしりをしていました。
そこで目が覚めたのですが、まるで夢とクロスフェードするように壁から「ぎり、ぎり」とあの音が鳴っていました。私は恐くなり、そのまま眠りに就きました。
※
次の日の朝、同期が私を見て
「おまえ、ホモったんか?」
とからかって来ました。
「だってキスマークついとるよ、首に」
と言うので、洗面所で鏡を見るとうっすらと両手で首を締めたような指の痕が痣のように残っていました。
『うわ、やだな』と思いながらも気にしないようにしていましたが、その日の訓練で隣の部屋のお札を剥がした張本人が怪我をしました。
匍匐(ほふく)している時に銃剣で自分の足を刺してしまったのです。
彼はその壁を挟んで私の真裏にベットがあり、お札が貼ってあったのは彼の枕元脇のロッカーの裏にあったそうなのです。
私は気味が悪くなり、バカバカしいと思いながらも班長に相談しました。
部屋付きの班長は、他の駐屯地から臨時勤務で来ていた方で「そう言う事もあるんかな~」程度で聞いていました。
そこに話を横で聞いていた、駐屯地に古くからいる班長が割り込んできました。
「おまえら、なんか剥がしたろ!」
はっとして、例のお札の話をしたところ、
「だ~めだよ~はがしちゃ!」
と言って出て行きました。それからは何も無かったのですが、どうやら訓練で誰も居ない間にこっそりと御祓いしてもらい、またお札を貼ったようです。
私はそれからなぜか不思議と興味も湧かず、ロッカーの後ろを見ることもありませんでした。