青いテント
公開日: 本当にあった怖い話
私は野生動物の写真を撮って自然誌に寄稿するという仕事をしていました。
夜間に山中の獣道でテントを張り、動物が通るのを待って撮影する。
また、赤外線センサーを用いて自動シャッターで撮影するなどです。
仕事柄、人気のない山中に一人で籠もるのが怖いと思ったことはありませんでした。
あの時までは。
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奥多摩秩父山地を沢沿いに登った時のことです。
地図を見て想定していた付近には、13時頃に着きました。
河原に一人用のテントを張り、17時過ぎまで仮眠を取るのがいつものルーティンです。
絶対に人のいるはずのない山奥ですので、都会のただ中よりは安全なはず…そう思っていました。
熊よけのラジカセを木の枝に掛け、眠りに就きました。
※
起きた時にはもう外はかなり暗くなっていました。
ランタンをテント内に吊し、機材を準備してヘッドランプを装着し撮影に出掛けます。
期待と緊張の瞬間です。テントを出て、おかしなことに気付きました。
沢の上流に向かって10メートルほど離れた所にやはりテントが見えます。
青い色のようです。ここは釣り場ではないし、本当に人外の地です。
私の他に登山者がいるとはとても考えられませんでした。
テント内の明かりは透けて見えません。誰かが眠っているのでしょうか?
それにしても、私がテントを張った時にはなかったのは間違いありません。
私の仮眠の間に音もなく誰かがやって来た、ということなのでしょうか。
取り敢えず撮影の下見に出掛けることにしました。
その時、青いテント内に明かりが点きました。
するとテントの色が急にまだらに変化しました。
テントの内側からそこかしこにどす黒い色が染み出しています。
青い地でよく分からないのですが、その時に古い血の色を連想しました。
礼儀としてテントの人に一声掛けるべきなのだろうか…。
そう思いましたが、後から来た向こうが何の挨拶もないのにそれも変かな、と考えました。
実はそれは言い訳で、何よりそのテントが不吉な感じがして怖かったのです。
大変だけど場所を変えよう、と思いました。
そこでテントを撤収し、なるべくそのテントの方を見ないようにしながら、更に1キロほど沢を登りました。
これで今夜の撮影はできなくなってしまいました。
上流の河原でテントを張り直したら、時刻は21時近くになってしまいました。
簡易食を食べて眠りに就きました。
※
まだ肌寒い五月のはずですが、びっしりと寝袋内に汗を掻いて夜中に目を覚ましました。
午前2時頃です。
テント内の空気が篭っていたのでジッパーを開け、外の空気を入れようとして愕然としました。
私のテントのすぐ目の前にさっきの青いテントがあったのです。
「えっ、嘘!」
するとテント内に明かりが点きました。
そしてまだらになったテント内から二つの手の平が黒く浮かび上がりました。
テント内の人が私の方に向かって手を突っ張っているのです。
私は一瞬気が遠くなりかけましたが、急いで反対側から外に出て横に回り込み、持っていた懐中電灯でそのテントを照らしました。
そのテントの中の物はあちこち手探りをしていましたが、ジッパーを開けて外に出ようとしています。
私は後ろも見ずに沢に入り、膝まで濡らして駆け下りました。
途中真っ暗な中で何度も転びながら駆けて駆けて駆け下りました。
途中で懐中電灯も放り出してしまいました。
息が切れて走れなくなったところで、うずくまって震えながら朝を待ちました。
※
次の日、麓から人を呼んで昨夜の場所に行ってみると、二つのテントが並んでいました。
一つは私のもの、もう一つは青いテントでしたが、昨日見たよりもずっと朽ち果てていました。
テントの中には10年以上経過したと思われる男性の人骨がありました。
私はそれ以来動物の撮影はやめ、山へも行っていません。
以上、本当の話です。