一脚だけ開いている椅子

一脚だけ開いている椅子

七尾の一本杉通りで、毎年十一月に福引きがあります。

買い物のたびに券をもらって、何枚か集めると一回引ける。

どこの商店街にもある、あれです。

去年、私は久しぶりにそれを引きました。

三年ぶりです。

そのときのことを書きます。

こわい話ではありません。

ただ、少しだけ、こちら側の話ではない気がしています。

一本杉通りのこと

一本杉通りは、古い建物が残っている通りです。

醤油屋、昆布屋、蝋燭屋、和菓子屋。

間口の狭い店が、肩を寄せるように並んでいます。

春の青柏祭のときは、通りいっぱいに人が出ます。

福引きは、その祭りとは別で、十一月の三日間だけです。

場所は、通りの真ん中あたりにある空き店舗の一階です。

そこに長机を出して、木の箱をひとつ置く。

それだけの、簡単な福引所です。

※

祖父のこと

私の祖父は、この通りで小さな乾物屋をやっていました。

能登の昆布と、するめと、干し椎茸。

店の奥に一升瓶が並んでいて、夕方になると近所の人が集まってきます。

商売より、そっちのほうが本業みたいな人でした。

酒が好きで、しかも、飲み方が実に楽しそうでした。

最初の一口で必ず、目を細めて「あー」と言う。

毎回、同じです。

その「あー」を聞くために、みんな集まっていたようなところがありました。

三年前の冬に、体をこわして入院して、そのまま帰ってきませんでした。

八十四でした。

※

乾物屋の夕方

祖父の店は、間口が二間もありませんでした。

入るとまず、干し椎茸の匂いがします。

甘いような、埃っぽいような匂いです。

私はその匂いが好きで、学校帰りによく寄りました。

祖父は、私が来ると必ず、するめを一本くれました。

そして、必ずこう言います。

「歯ぁ、鍛えとけ」

それだけ言って、あとは何も話しません。

夕方になると、通りの人が一人、二人と入ってきます。

誰が来ても、祖父は椅子を出しませんでした。

樽や木箱に、勝手に座らせるのです。

「座らせてもろたら、長うなるやろ」

それがこの人の理屈でした。

いま思うと、椅子には少しうるさい人でした。

※

祖父の飲み方

祖父の飲み方は、変わっていました。

一升瓶があっても、必ず四合瓶から先に開けます。

「先に、ええほうから飲む」

あとに残しておいても仕方がない、という考えです。

それから、注ぐ量が異様に少ない。

猪口の半分までしか入れません。

その半分を、二十分かけて飲みます。

周りが呆れると、「わしのぶんは、ようけ要らん」と言う。

その代わり、人には多めに注ぎました。

店の常連さんが、いまでもそのことを話します。

あの人の注ぎ方だけは真似できん、と。

※

開いたままの椅子

福引所には、パイプ椅子が並んでいます。

当番の人が座るぶんと、順番待ちの人が座るぶんです。

たいていは、使わないぶんを畳んで壁に立てかけてあります。

ところが、うちの通りの福引所は、少し違いました。

福引所の隅には、パイプ椅子が一脚だけ、開いたまま置いてありました。

机からも、待ち列からも、少し離れた位置です。

誰も座りません。

子どものころから、そうでした。

私は、余ったのを畳み忘れているのだと思っていました。

※

祭りのあとの通り

十一月の一本杉通りは、静かです。

青柏祭の賑わいとは、まるで別の通りに見えます。

日が落ちるのが早いので、四時半には軒の灯りが点きはじめます。

その灯りが、格子の影を石畳に落とします。

福引所の前だけ、少し人が溜まっています。

券を数え直している人、子どもに引かせている親。

私が並んだのは、二日目の昼でした。

前に三人いて、そのあいだ、私はずっと壁の景品表を見ていました。

いま思えば、その時間がいけなかったのかもしれません。

欲しいものを、はっきり決めてしまったからです。

※

三等の自転車

去年の十一月、私は券を七枚集めて福引所へ行きました。

景品の紙が壁に貼ってあります。

一等は宿の宿泊券。

二等は米。

三等は、スポーツ自転車でした。

正直に書くと、私はそれが欲しかったのです。

通勤に使えるな、などと考えながら、箱に手を入れました。

木の箱の中は、思ったより深くて、指先が底に届きません。

紙の束をかき回していると、指の腹に紙の角が当たります。

どれを取っても同じなのに、なぜか迷います。

※

耳元の声

そのときでした。

右の耳元で、大きな声がしました。

「それだっ」

ものすごい声量でした。

耳のすぐ横で怒鳴られた感じです。

私は肩が跳ねて、掴んでいた紙を、そのまま握り込んでしまいました。

周りを見ましたが、誰もいません。

当番の人は、机の向こうで別の客の相手をしています。

私と箱のあいだには、誰も立っていませんでした。

それでも、私はその声を知っていました。

祖父の声でした。

※

六等

握ってしまったクジを、そのまま出しました。

当番の人が広げて、鐘を一つ鳴らしました。

「六等おめでとうございます」

六等は、日本酒のセットでした。

能登の、名の通った蔵の四合瓶が二本です。

私は、しばらく黙って受け取りました。

自転車ではありませんでした。

あんな大声を出しておいて、酒です。

「あの世まで酒か」

思わず、声に出して言ってしまいました。

当番の人が、不思議そうな顔をしていました。

※

半分だけ供える

家に帰って、一本を仏壇に供えました。

もう一本は、私が開けました。

手間賃だと思ったのです。

あの声で驚かされたぶんは、もらってもいいだろうと。

一口飲んで、私は少し笑ってしまいました。

祖父の「あー」を、思い出したからです。

あの人は、うまい酒を飲むと、必ず一回だけ天井を見ました。

それから「あー」と言う。

私はそのとき、はじめて自分でも天井を見ました。

その晩は、それだけの話のつもりでした。

※

当番の記録

年が明けて、商店会の集まりに出る用ができました。

祖父の店はもう畳んでいますが、建物は残っています。

その相談です。

集まりのあと、会長さんが古い綴りを出してきました。

福引きの記録です。

昭和の終わりからのものが、几帳面に残っていました。

景品の一覧と、当番の名前が、年ごとに書いてあります。

私は、祖父の名前を探しました。

何度も出てきました。

いちばん新しいのは、四年前です。

※

当たった人が次の当番

会長さんが、決まりを教えてくれました。

一本杉の福引きは、上の等が当たった人が、次の年の当番をやる。

そういう決まりが、昔からあるのだそうです。

景品をもらったぶん、翌年は働く。

素朴で、いい決まりだと思いました。

当番は、三日間の最後まで残って、箱を空にします。

売れ残りの券を数えて、外れクジを袋にまとめる。

それが終わるまで、帰れません。

「最後の一人が座るための椅子は、開けとくがや」

会長さんは、そう言いました。

※

椅子の意味

あの椅子は、余りではありませんでした。

最後まで残る当番が、腰を下ろすための椅子でした。

三日目の夜、他の人が帰ったあと、当番が一人でそこに座る。

そういう順番になっているのだそうです。

そして、もうひとつ。

当番をやった人が、その年のうちにいなくなった場合。

翌年も、その椅子を出しておく決まりだといいます。

「まあ、気持ちのもんやわね」

会長さんは笑っていました。

私は、笑えませんでした。

※

四年前の景品

祖父が最後に当番をやったのは、四年前です。

その年の景品の一覧を見て、私は妙なことに気づきました。

三等が、自転車ではありませんでした。

その年だけ、三等は電気ポットです。

自転車が三等に入ったのは、その次の年からでした。

つまり、祖父の知っている福引きに、自転車はありません。

私が箱の前で「自転車がいいな」と考えていたのは、祖父の側から見れば、ない景品を欲しがっていたことになります。

そう思うと、あの「それだっ」の大声が、少し違って聞こえてきます。

教えてくれたのかもしれません。

そっちにはない、と。

※

六等の酒

もうひとつ、記録で分かったことがあります。

六等の日本酒は、四年前から同じ蔵のものです。

それを決めたのは、当番だった祖父でした。

備考の欄に、細かい字で書いてありました。

「六等ノ酒、変更。〇〇酒造。当番ノ強イ希望ニヨル」

会長さんは、この一行を覚えていました。

「あんたのじいちゃん、あれだけは譲らんかったわ」

景品の予算内で、いちばんうまい酒にしろと言い張ったそうです。

「当たった人が、がっかりするような酒を入れたらいかん」

それが祖父の言い分でした。

※

三年連続

さらに笑ったのは、その先です。

祖父自身が、六等を三年連続で引き当てていました。

記録の当選者の欄に、名前が三回並んでいます。

商店会では、ちょっとした笑い話になっていたそうです。

「自分で決めた酒を、自分で持って帰るんやから」

会長さんは、そう言って肩を揺らしていました。

私はそこで、ようやく合点がいきました。

あの声は、私に自転車を諦めさせたのではありません。

自分がいちばん好きな酒を、孫に引かせただけです。

ずいぶん身勝手な話だと思いました。

祖父らしい話だとも思いました。

※

財布の中身

家に帰って、祖父の遺品の箱を開けました。

古い二つ折りの財布が入っています。

札入れのところに、紙が何枚も畳んで入っていました。

外れクジでした。

年が違うものが、十枚以上あります。

当番をやった人は、箱の底に残った外れクジを一枚だけ持ち帰る。

あとで会長さんに訊いたら、そういう決まりもあるのだそうです。

「働いた証拠みたいなもんや」

祖父は、それを全部とっていました。

十枚以上ということは、十回以上やったということです。

※

裏の丸

私が去年引いたクジも、まだ持っています。

財布の外れクジと見比べていて、あることに気づきました。

祖父の外れクジは、どれも裏の隅に、鉛筆で小さな丸がついています。

ごく薄い、爪ほどの丸です。

私のクジにも、同じ丸がありました。

会長さんに写真を送って訊いてみました。

返事は、こうでした。

「当番が箱を作るときに、いちばん最後まで残る一枚に印つけるがや」

三日目の終わりに、その一枚が残っているかどうかで、箱の作りが正しかったか分かるのだそうです。

職人みたいな話です。

※

誰がつけたのか

ここで、ひとつ合わないことがあります。

去年の当番は、祖父ではありません。

祖父はもういません。

私は、去年の当番だった昆布屋の奥さんに、直接訊きました。

奥さんは、印のことを知っていました。

祖父から教わったのだそうです。

「あの人に、ちゃんと仕込まれたもんで」

だから、丸をつけたのは奥さんでした。

それを聞いて、私はほっとしました。

ほっとしたあとで、もう一度おかしくなりました。

その一枚を、なぜ私が引けたのか。

いちばん最後まで残るはずの一枚を、二日目の昼に引いたことになります。

※

母に話す

財布の外れクジのことを、母にも話しました。

母は祖父の娘です。

あの財布を最後に触ったのは母のはずでした。

「あんた、あれ、ただの紙くずやと思っとったわ」

母は、そう言って笑いました。

捨てなかった理由を訊くと、少し考えてから答えました。

「畳み方が、丁寧すぎたもんで」

十枚以上の紙が、どれも同じ折り方で入っていたそうです。

母は、その折り方の揃い方だけで、捨てられなくなったのだといいます。

人が残したものは、中身より扱い方で残るのかもしれません。

※

箱の作り方

昆布屋の奥さんに、箱の作り方も教わりました。

クジは、束のまま入れてはいけないのだそうです。

一枚ずつ、折り目の向きを互い違いにして落とす。

そうすると、手を入れたときに指に引っかかる紙が偏りません。

印をつけた一枚は、いちばん下の隅に、折り目を横にして置く。

そこが、いちばん取りにくい場所なのだそうです。

「あの人、そこだけは絶対に人にやらせんかったわ」

奥さんは、そう言って、少し寂しそうにしていました。

私はその話を聞きながら、自分の指の記憶をたどっていました。

箱の底に、確かに指が届いていた気がします。

※

今年の十一月

決まりの通り、私は今年の当番になりました。

六等でも、当番は当番なのだそうです。

三日目の夜、私は最後まで残って、箱を空にしました。

外れクジを数えて、袋に入れました。

それから、あの椅子に座りました。

ずっと開いたままだった、隅の椅子です。

座ってみると、机も、箱も、通りの入口も、ちょうどよく見える位置でした。

いい場所に置いてあるな、と思いました。

誰かが、そう決めたのでしょう。

※

当番の三日目

当番をやってみて、分かったことがあります。

三日目の夜は、思っていたよりずっと長い。

券の枚数と、出た景品の数を突き合わせます。

合わないと、最初から数え直しです。

私は二回、数え直しました。

外の通りは、もう真っ暗でした。

そのあいだ、隅の椅子だけが、ずっと開いたまま置いてあります。

誰も座っていないのに、そこだけ空気が違って見えます。

数えながら、私は何度もそちらを見てしまいました。

見るたびに、何もありません。

それでも、また見ます。

祖父が十回以上、この時間を一人で過ごしたのだと思いました。

※

会長さんの一言

片づけの終わりごろ、会長さんが様子を見に来ました。

私が隅の椅子を見ているのに気づいたようでした。

「座ってええがや」

そう言われて、私は少し迷いました。

座っていいものかどうか、分かりませんでした。

会長さんは、笑ってこう続けました。

「今年は、あんたが最後の一人やろ」

その言い方が、妙に胸に残っています。

最後の一人のための椅子であって、その年ごとに座る人が入れ替わる。

去年までは、祖父の椅子でした。

今年からは、私の椅子です。

そう考えると、少しだけ引き継いだ気持ちになりました。

※

置いておく側

片づけのとき、私はその椅子だけ、開けたまま置いて帰りました。

畳もうとして、手が止まったのです。

理由は、うまく言えません。

ただ、来年もそこにあったほうがいい気がしました。

倉庫の鍵を閉めて、通りへ出ました。

十一月の七尾は、風が海の匂いをしています。

耳元では、何も聞こえませんでした。

少しだけ、物足りない気がしました。

仏壇の酒は、まだ半分残しています。

あの人が飲みに来る日まで、置いておくつもりです。

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