一脚だけ開いている椅子

一脚だけ開いている椅子

七尾の一本杉通りで、毎年十一月に福引きがあります。

買い物のたびに券をもらって、何枚か集めると一回引ける。

どこの商店街にもある、あれです。

去年、私は久しぶりにそれを引きました。

三年ぶりです。

そのときのことを書きます。

こわい話ではありません。

ただ、少しだけ、こちら側の話ではない気がしています。

一本杉通りのこと

一本杉通りは、古い建物が残っている通りです。

醤油屋、昆布屋、蝋燭屋、和菓子屋。

間口の狭い店が、肩を寄せるように並んでいます。

春の青柏祭のときは、通りいっぱいに人が出ます。

福引きは、その祭りとは別で、十一月の三日間だけです。

場所は、通りの真ん中あたりにある空き店舗の一階です。

そこに長机を出して、木の箱をひとつ置く。

それだけの、簡単な福引所です。

祖父のこと

私の祖父は、この通りで小さな乾物屋をやっていました。

能登の昆布と、するめと、干し椎茸。

店の奥に一升瓶が並んでいて、夕方になると近所の人が集まってきます。

商売より、そっちのほうが本業みたいな人でした。

酒が好きで、しかも、飲み方が実に楽しそうでした。

最初の一口で必ず、目を細めて「あー」と言う。

毎回、同じです。

その「あー」を聞くために、みんな集まっていたようなところがありました。

三年前の冬に、体をこわして入院して、そのまま帰ってきませんでした。

八十四でした。

乾物屋の夕方

祖父の店は、間口が二間もありませんでした。

入るとまず、干し椎茸の匂いがします。

甘いような、埃っぽいような匂いです。

私はその匂いが好きで、学校帰りによく寄りました。

祖父は、私が来ると必ず、するめを一本くれました。

そして、必ずこう言います。

「歯ぁ、鍛えとけ」

それだけ言って、あとは何も話しません。

夕方になると、通りの人が一人、二人と入ってきます。

誰が来ても、祖父は椅子を出しませんでした。

樽や木箱に、勝手に座らせるのです。

「座らせてもろたら、長うなるやろ」

それがこの人の理屈でした。

いま思うと、椅子には少しうるさい人でした。

祖父の飲み方

祖父の飲み方は、変わっていました。

一升瓶があっても、必ず四合瓶から先に開けます。

「先に、ええほうから飲む」

あとに残しておいても仕方がない、という考えです。

それから、注ぐ量が異様に少ない。

猪口の半分までしか入れません。

その半分を、二十分かけて飲みます。

周りが呆れると、「わしのぶんは、ようけ要らん」と言う。

その代わり、人には多めに注ぎました。

店の常連さんが、いまでもそのことを話します。

あの人の注ぎ方だけは真似できん、と。

開いたままの椅子

福引所には、パイプ椅子が並んでいます。

当番の人が座るぶんと、順番待ちの人が座るぶんです。

たいていは、使わないぶんを畳んで壁に立てかけてあります。

ところが、うちの通りの福引所は、少し違いました。

福引所の隅には、パイプ椅子が一脚だけ、開いたまま置いてありました。

机からも、待ち列からも、少し離れた位置です。

誰も座りません。

子どものころから、そうでした。

私は、余ったのを畳み忘れているのだと思っていました。

祭りのあとの通り

十一月の一本杉通りは、静かです。

青柏祭の賑わいとは、まるで別の通りに見えます。

日が落ちるのが早いので、四時半には軒の灯りが点きはじめます。

その灯りが、格子の影を石畳に落とします。

福引所の前だけ、少し人が溜まっています。

券を数え直している人、子どもに引かせている親。

私が並んだのは、二日目の昼でした。

前に三人いて、そのあいだ、私はずっと壁の景品表を見ていました。

いま思えば、その時間がいけなかったのかもしれません。

欲しいものを、はっきり決めてしまったからです。

三等の自転車

去年の十一月、私は券を七枚集めて福引所へ行きました。

景品の紙が壁に貼ってあります。

一等は宿の宿泊券。

二等は米。

三等は、スポーツ自転車でした。

正直に書くと、私はそれが欲しかったのです。

通勤に使えるな、などと考えながら、箱に手を入れました。

木の箱の中は、思ったより深くて、指先が底に届きません。

紙の束をかき回していると、指の腹に紙の角が当たります。

どれを取っても同じなのに、なぜか迷います。

耳元の声

そのときでした。

右の耳元で、大きな声がしました。

「それだっ」

ものすごい声量でした。

耳のすぐ横で怒鳴られた感じです。

私は肩が跳ねて、掴んでいた紙を、そのまま握り込んでしまいました。

周りを見ましたが、誰もいません。

当番の人は、机の向こうで別の客の相手をしています。

私と箱のあいだには、誰も立っていませんでした。

それでも、私はその声を知っていました。

祖父の声でした。

六等

握ってしまったクジを、そのまま出しました。

当番の人が広げて、鐘を一つ鳴らしました。

「六等おめでとうございます」

六等は、日本酒のセットでした。

能登の、名の通った蔵の四合瓶が二本です。

私は、しばらく黙って受け取りました。

自転車ではありませんでした。

あんな大声を出しておいて、酒です。

「あの世まで酒か」

思わず、声に出して言ってしまいました。

当番の人が、不思議そうな顔をしていました。

半分だけ供える

家に帰って、一本を仏壇に供えました。

もう一本は、私が開けました。

手間賃だと思ったのです。

あの声で驚かされたぶんは、もらってもいいだろうと。

一口飲んで、私は少し笑ってしまいました。

祖父の「あー」を、思い出したからです。

あの人は、うまい酒を飲むと、必ず一回だけ天井を見ました。

それから「あー」と言う。

私はそのとき、はじめて自分でも天井を見ました。

その晩は、それだけの話のつもりでした。

当番の記録

年が明けて、商店会の集まりに出る用ができました。

祖父の店はもう畳んでいますが、建物は残っています。

その相談です。

集まりのあと、会長さんが古い綴りを出してきました。

福引きの記録です。

昭和の終わりからのものが、几帳面に残っていました。

景品の一覧と、当番の名前が、年ごとに書いてあります。

私は、祖父の名前を探しました。

何度も出てきました。

いちばん新しいのは、四年前です。

当たった人が次の当番

会長さんが、決まりを教えてくれました。

一本杉の福引きは、上の等が当たった人が、次の年の当番をやる。

そういう決まりが、昔からあるのだそうです。

景品をもらったぶん、翌年は働く。

素朴で、いい決まりだと思いました。

当番は、三日間の最後まで残って、箱を空にします。

売れ残りの券を数えて、外れクジを袋にまとめる。

それが終わるまで、帰れません。

「最後の一人が座るための椅子は、開けとくがや」

会長さんは、そう言いました。

椅子の意味

あの椅子は、余りではありませんでした。

最後まで残る当番が、腰を下ろすための椅子でした。

三日目の夜、他の人が帰ったあと、当番が一人でそこに座る。

そういう順番になっているのだそうです。

そして、もうひとつ。

当番をやった人が、その年のうちにいなくなった場合。

翌年も、その椅子を出しておく決まりだといいます。

「まあ、気持ちのもんやわね」

会長さんは笑っていました。

私は、笑えませんでした。

四年前の景品

祖父が最後に当番をやったのは、四年前です。

その年の景品の一覧を見て、私は妙なことに気づきました。

三等が、自転車ではありませんでした。

その年だけ、三等は電気ポットです。

自転車が三等に入ったのは、その次の年からでした。

つまり、祖父の知っている福引きに、自転車はありません。

私が箱の前で「自転車がいいな」と考えていたのは、祖父の側から見れば、ない景品を欲しがっていたことになります。

そう思うと、あの「それだっ」の大声が、少し違って聞こえてきます。

教えてくれたのかもしれません。

そっちにはない、と。

六等の酒

もうひとつ、記録で分かったことがあります。

六等の日本酒は、四年前から同じ蔵のものです。

それを決めたのは、当番だった祖父でした。

備考の欄に、細かい字で書いてありました。

「六等ノ酒、変更。〇〇酒造。当番ノ強イ希望ニヨル」

会長さんは、この一行を覚えていました。

「あんたのじいちゃん、あれだけは譲らんかったわ」

景品の予算内で、いちばんうまい酒にしろと言い張ったそうです。

「当たった人が、がっかりするような酒を入れたらいかん」

それが祖父の言い分でした。

三年連続

さらに笑ったのは、その先です。

祖父自身が、六等を三年連続で引き当てていました。

記録の当選者の欄に、名前が三回並んでいます。

商店会では、ちょっとした笑い話になっていたそうです。

「自分で決めた酒を、自分で持って帰るんやから」

会長さんは、そう言って肩を揺らしていました。

私はそこで、ようやく合点がいきました。

あの声は、私に自転車を諦めさせたのではありません。

自分がいちばん好きな酒を、孫に引かせただけです。

ずいぶん身勝手な話だと思いました。

祖父らしい話だとも思いました。

財布の中身

家に帰って、祖父の遺品の箱を開けました。

古い二つ折りの財布が入っています。

札入れのところに、紙が何枚も畳んで入っていました。

外れクジでした。

年が違うものが、十枚以上あります。

当番をやった人は、箱の底に残った外れクジを一枚だけ持ち帰る。

あとで会長さんに訊いたら、そういう決まりもあるのだそうです。

「働いた証拠みたいなもんや」

祖父は、それを全部とっていました。

十枚以上ということは、十回以上やったということです。

裏の丸

私が去年引いたクジも、まだ持っています。

財布の外れクジと見比べていて、あることに気づきました。

祖父の外れクジは、どれも裏の隅に、鉛筆で小さな丸がついています。

ごく薄い、爪ほどの丸です。

私のクジにも、同じ丸がありました。

会長さんに写真を送って訊いてみました。

返事は、こうでした。

「当番が箱を作るときに、いちばん最後まで残る一枚に印つけるがや」

三日目の終わりに、その一枚が残っているかどうかで、箱の作りが正しかったか分かるのだそうです。

職人みたいな話です。

誰がつけたのか

ここで、ひとつ合わないことがあります。

去年の当番は、祖父ではありません。

祖父はもういません。

私は、去年の当番だった昆布屋の奥さんに、直接訊きました。

奥さんは、印のことを知っていました。

祖父から教わったのだそうです。

「あの人に、ちゃんと仕込まれたもんで」

だから、丸をつけたのは奥さんでした。

それを聞いて、私はほっとしました。

ほっとしたあとで、もう一度おかしくなりました。

その一枚を、なぜ私が引けたのか。

いちばん最後まで残るはずの一枚を、二日目の昼に引いたことになります。

母に話す

財布の外れクジのことを、母にも話しました。

母は祖父の娘です。

あの財布を最後に触ったのは母のはずでした。

「あんた、あれ、ただの紙くずやと思っとったわ」

母は、そう言って笑いました。

捨てなかった理由を訊くと、少し考えてから答えました。

「畳み方が、丁寧すぎたもんで」

十枚以上の紙が、どれも同じ折り方で入っていたそうです。

母は、その折り方の揃い方だけで、捨てられなくなったのだといいます。

人が残したものは、中身より扱い方で残るのかもしれません。

箱の作り方

昆布屋の奥さんに、箱の作り方も教わりました。

クジは、束のまま入れてはいけないのだそうです。

一枚ずつ、折り目の向きを互い違いにして落とす。

そうすると、手を入れたときに指に引っかかる紙が偏りません。

印をつけた一枚は、いちばん下の隅に、折り目を横にして置く。

そこが、いちばん取りにくい場所なのだそうです。

「あの人、そこだけは絶対に人にやらせんかったわ」

奥さんは、そう言って、少し寂しそうにしていました。

私はその話を聞きながら、自分の指の記憶をたどっていました。

箱の底に、確かに指が届いていた気がします。

今年の十一月

決まりの通り、私は今年の当番になりました。

六等でも、当番は当番なのだそうです。

三日目の夜、私は最後まで残って、箱を空にしました。

外れクジを数えて、袋に入れました。

それから、あの椅子に座りました。

ずっと開いたままだった、隅の椅子です。

座ってみると、机も、箱も、通りの入口も、ちょうどよく見える位置でした。

いい場所に置いてあるな、と思いました。

誰かが、そう決めたのでしょう。

当番の三日目

当番をやってみて、分かったことがあります。

三日目の夜は、思っていたよりずっと長い。

券の枚数と、出た景品の数を突き合わせます。

合わないと、最初から数え直しです。

私は二回、数え直しました。

外の通りは、もう真っ暗でした。

そのあいだ、隅の椅子だけが、ずっと開いたまま置いてあります。

誰も座っていないのに、そこだけ空気が違って見えます。

数えながら、私は何度もそちらを見てしまいました。

見るたびに、何もありません。

それでも、また見ます。

祖父が十回以上、この時間を一人で過ごしたのだと思いました。

会長さんの一言

片づけの終わりごろ、会長さんが様子を見に来ました。

私が隅の椅子を見ているのに気づいたようでした。

「座ってええがや」

そう言われて、私は少し迷いました。

座っていいものかどうか、分かりませんでした。

会長さんは、笑ってこう続けました。

「今年は、あんたが最後の一人やろ」

その言い方が、妙に胸に残っています。

最後の一人のための椅子であって、その年ごとに座る人が入れ替わる。

去年までは、祖父の椅子でした。

今年からは、私の椅子です。

そう考えると、少しだけ引き継いだ気持ちになりました。

置いておく側

片づけのとき、私はその椅子だけ、開けたまま置いて帰りました。

畳もうとして、手が止まったのです。

理由は、うまく言えません。

ただ、来年もそこにあったほうがいい気がしました。

倉庫の鍵を閉めて、通りへ出ました。

十一月の七尾は、風が海の匂いをしています。

耳元では、何も聞こえませんでした。

少しだけ、物足りない気がしました。

仏壇の酒は、まだ半分残しています。

あの人が飲みに来る日まで、置いておくつもりです。

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