イキバタ
友人は「俺って社会不適合者だよね!」と笑いながらタバコを吸う。
現在高校生やり直し中の通称「イキバタ」さん。行き当たりばったりを略しての渾名らしい。
俺はもう卒業したのだが、イキバタはまだ卒業していない。名前も言えない通信制高校で留年しまくっているのだ…。
進級できれば4月から晴れて高校3年生だ。
※
イキバタは夜のドライブが大好きだ。自分の運転でなければ嫌らしいが。大抵イキバタのボロ軽自動車の助手席は僕だ。
その日僕達が行ったのは、出るとよく言われている心霊スポットで、イキバタもあまり好んでいない。あまりにもガチな心霊スポットは嫌いらしい。
運転しながらタバコを吸っていたイキバタは沈黙して、
「…ぬーん…」
と呻き出した。イキバタが呻くと大抵良いことがない…。
「どうかしたの?」
「ん、ああ、いやー、峠を窓開けながら歌って通っちゃったから、何か憑いてきてるかなって」
はっきり言えばイキバタは「憑かれやすい人」だ。見えたりはしない。気配は感じるので印は切れるらしいが…。
ビビりの俺は結構なレベルで怖い。ちょ、ここ有名すぎる場所だよ…。
峠を下る間、イキバタは無言。音楽のボリュームだけを上げた。
軽自動車を揺らすロック…と沈黙。
イキバタの無言は、
1. 生きていないものを感じて不快な時
2. 眠い
のどちらか…。後者であってくれと願ったが、まだ午前2時。まさかイキバタが眠いなんてことはないだろう。
※
ふと車は街灯の下に停まった。灰皿が見えなくて危なかったようだった。
だが、停まった瞬間に背筋が凍った。
俺でも分かった。ここはやばい。なぜイキバタは停まったんだ。
気のせいであってくれとひたすら思った。
「イキバタ…」
「……帰ろう」
イキバタは車を慌てて走らせた。だが、なぜか妙に飛ばさない。
先程まで80キロで運転していたのに、まるで車が重くなったかのように50キロ程度で走っている。
田舎道の直線道路になった瞬間、イキバタは
「お前にはなにもしてやれん!!!」
と叫んだ。
音楽なんか聴こえないくらいの大声だ。
「だから俺に憑くだけ無駄だ!!!」
正直イキバタが怖くなった。
よくイキバタは「やっぱり生きてても死んでても怒鳴ったら付いて行きたくなくなるよ~」と言うのだが、こんなにはっきり聞いたのは初めてだった。
今までは「叫んだよ」という報告しか聞いたことがなかったから。
※
イキバタ宅に到着すると、なぜか電気が点いている。
ドライブ好きなイキバタの兄が帰って来たのだろうかと思いきや、なんと夜中にも関わらずイキバタの母ちゃんだった。
イキバタの母ちゃんは怖いほど若く見える。
初対面はお姉さんだと思ったし、今でも後妻なのでは…と思っているくらいだ。
イキバタもあまり母とは仲良くないらしいので聞けないのだが。
「あれ、あんたまたどこか行ってたの」
「ドライブ行くって言ったじゃんか」
「え? さっきあんた帰ってきたわよ?」
チビるかと思った。
「…寝ぼけてたんだろ」
「そうかな。お兄ちゃんも帰って来たから目が覚めちゃって。そしたらあんたが無言で帰ってきてさぁ」
イキバタはそんな母ちゃんを無視しつつ、部屋に向かっていた。
部屋に入る前に印を切ったのは見なかったことにする。
※
部屋はいつもと変わらない。
「連れてきちまったかな。それとも先回りか…低級霊ってやつだろ」
イキバタは部屋に盛り塩をしながら言った。
「車、一気に重くなってさ。あー、こりゃなんか乗せたなあと思ったよ。叫んだからいなくなったと思ったんだけど、どうやら複数だったみてえだ。
ま、その気になればあの車を溜まり場にして廃車にすりゃーいいだろ。人間よりも下手したら動物のほうが頭使うからなぁ。
でも、本当に俺に憑いて来てもなんもしてやれねえのに、『憑き損』だよ、あいつら。
カワイソウだよ、カワイソウ」
にやにや話すイキバタが何より怖いと思う。