ゼンゾウ
伯父が都内の西側にちょっと広い土地と工場の跡地を持っていたんだ。
不況で損害を被った伯父は、これを売りたがっていたんだよ。
と言っても伯父も金が無くてね。更地には出来なかった。
俺の居る不動産会社も経営がやばくてね、「仲介手数料を安くするからやるよ」と言って引き受けたんだ。
比較的安めだったから、結構大きな企業などから問い合わせも来たし、現地案内にも何度か行った。でもなかなか決まらなくてね。
それで悩んでいた時に電話がきたんだ。その土地の購入を考えているという人からね。
じゃあアポと下見日程を…と切り出したら、もうそこに居ると言うのよ。
契約書を持って来てくれないかと言うから、慌てて社用車を飛ばして向かった。
※
その人は土地の近くの喫茶店で待っているはずだったんだけど…。喫茶店は見つかったものの潰れているのね。
『あれー?』と思いながら携帯に電話したら繋がるの。
もうちょっとよく見たかったから移動したと言われて、疑問に思いながらも行ったわけ。
そしたら七十代くらいの老人が塀の門の前で待っていた。
こちらをギロって睨んだ後、心なしか落胆したような様子だったな。
でも契約書にはサイン貰ったんだわ。値切り下限ラインの書類もあったんだけど、値切られもしなかった。
それで、その日は帰って翌日社に提出。
大口の話だからみんな喜んじゃってさ。鼻が高かった。
※
しかしその翌日、会社に行ったら社長がいきなり怒鳴りつけてきてさ。
何だろうと思っていたら、
「おまえふざけるな!連絡先に電話したら、このゼンゾウって人死んでるっていうじゃないか!」
『え?』ってなったよ。
そんな馬鹿なと思っていた時に、その社長がいきなり硬直するのね。
それで、ゆっくりと視線を俺の右後ろの方にやるのよ。
俺もそちらの方を見たらさ、爺さん、いるのよ。しかも透けてるの。
棚に手を伸ばしてさ、顧客リストのファイルを取り出すのよ。
俺も固まった。というか社長と一緒になって固まった。
横から見るとさ、首に変な痕が付いているのよ。
向こうの景色が透けているのにもびっくりだけどさ。
青くて太い線が、喉から顎の骨を沿って上の方に伸びていた。
「どこだ」「土地の売主はどこにいる」
爺さんがこちらを向いてそう訊ねる。
まだ売主との最終合意をしていない案件だから、売主の情報は担当の俺のデスクの中なわけ。
伯父が狙われているんだなと咄嗟に思い、
「言えない。そういう職業なんだ」
と答えたらすっと消えた。
社長の方を振り返ったら、
「お前、背中!背中!」
と言うんだ。
よく話を聞いてみたら、爺さんが消えた後で、青白い光が俺の背中から中に入って行ったと言うのよ。
社長が金やるから今すぐ御祓い受けて来いと言うので出掛けようとしていたらさ。伯父がやって来るの。タイミング悪く。
「あの土地どうなった」と言うから、「今はその話はまずい」と言ったんだけど、逆にそれが売主が誰かばらす一言になっちゃって…。
案の定、ぼんやりと人の形が浮かび上がった。
そして、出会った時のように伯父をギロリと睨みつけるんだ。
でも、少しして口を開けて溜息を吐く素振りを見せて消えた。
※
腰を抜かしていた伯父を助けた後、社長が話を聞きたいと言うから、伯父を含めた三人で土地のことについて話したのね。
契約した日の話とかもさせられたけど、そこは省略する。
伯父が口を開いてからが最悪だった。
土地と工場跡地は元々中堅どころの縫製工場だって言うんだ。
そこの爺さんが銀行の騙しの手口に引っ掛かって…、浮かせた資金を運用なんて言っている内にバブル崩壊だとさ。
工場の現場監督で忙しかった爺さんが無駄にした数日で超借金。銀行が来て差し押さえになったらしい。
爺さんは抗議の意味も込めて、引き渡しを迫る銀行員達に「事務所から権利書を取って来る」と言った後、権利書を飲み込んで首吊り自殺。
その後、銀行から買い上げた別のやつが運営していたようなんだけど…。
まあ、国内縫製は今じゃ細々でしょ? 例に漏れず倒産ってことなんだろうね。
とにかく銀行が安く売り込んできたから買ったらしいけど、安物買いは損をすると言うので、とにかく根掘り葉掘り聞いていたらしい。
あんまり安いし、広めの土地だからそのうち買い手がつくと思っていたら、よりにもよってあんな目に遭ったんだと。
やたら詳しいなと思い、何で知っているのと聞いたら、
「当時、その爺さんに投資取引を進めたやつの上司だったんだよ」
と言う。
つまり勇退してたんだけど、間接的な加害者だったってわけ。
その瞬間に伯父の座るソファの隣にあの爺さんがふっと現れて、体の中に手を突っ込んで中に入って行った。
俺と社長が滅茶苦茶びびっている中、伯父は世の中面白いこともあるもんだと虚勢を張っていたよ。
まあ、その日から家に帰っていないんだけどね。
※
俺がこの話をしたら他の親族も怯えちゃって…。
伯父の失踪から何年も経って死亡扱いになった時、遺産相続で誰もあの土地を引き取ろうとはしなかった。現在では国有地になっている。
国は工場を取り壊し、現在では雑草の生えた単なる更地だよ。
一応加害者の縁者ということで気分悪いし、牛乳瓶にタンポポを挿して置くくらいの供養は偶にしている。
※
それで、一昨年の春かな。目が覚めたらさ。
その爺さん、ベッドの横に立ってるの。
ぞっとしたね。『え、次まさか俺?』と思った。
下から見上げると、顎の下のラインが良く見えるんだわ。
肉がロープでひっぱられて凹んだ痕とかもう最悪。
あんな風にされるのかなと思ったら震えた。
しばらく見詰め合っていたら突然消えたけどな。
その後はぴんぴんしている。
あの爺さん、何の目的で俺に会いに来たのやら。
まあ、爺さんが家に来たということは、本当に伯父は見込み薄だな。
爺さんの予期せぬ来訪以来、被った祟りと言えば、日常のちょっとした音とかにビクビクするようになったことかな。
まさか爺さんが来ているんじゃ…と思ってしまうんだ。
これが営業中でも出てくるから、挙動不審に見られるんだよ。
爺さんの目的はさっぱりだが、俺にとっちゃ疫病神だ。
先月会社首になった。俺、もうどうしていいかわかんね。