33年間

これは、私の家に、代々語り継がれてきた話だ。

私の祖先は、北の山あいで、井戸掘りを生業にしていたという。

その土地には、火嶽(ひだけ)と呼ばれる、古い火山があった。

ふだんは静かな山だったが、ひとたび怒れば、麓の村々を、灰で覆い尽くした。

土地の者は、火嶽を、神として恐れ、敬っていた。

山には、決して足を踏み入れてはならぬ、深い場所がある。

そう、子どもの頃から、繰り返し聞かされて育つのだという。

私の家に伝わるこの話も、その戒めの一つなのだろう。

今から二百年あまり前のことだ。

火嶽が、突然、空を裂くような音とともに、噴火した。

噴煙は、天の高みまで立ちのぼったと伝わる。

流れ出た熱い泥は、ふもとの村を、わずかな間に飲み込んだ。

なかでも、山に最も近い、埋もり村という小さな集落は、ひとたまりもなかった。

村は、屋根のてっぺんまで、泥と灰に沈んだ。

逃げ遅れた者は、数えきれなかったという。

泥は、田を埋め、川をせき止め、家々の柱をなぎ倒した。

逃げる間もなく、母は子を抱いたまま、土に沈んだという。

夜が明けても、空からは、灰が雪のように降り続けた。

生き残った者たちは、変わり果てた土地を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。

それでも、高台へ逃れた何人かは、かろうじて命をつないだ。

火嶽の噴煙は、その後も、幾月も、くすぶり続けた。

灰は、田畑を覆い、その年は、ろくな実りもなかった。

飢えと寒さで、生き延びた者も、また、次々と倒れていった。

埋もり村の名は、いつしか、口にするのも憚られるようになった。

あの土地には、近づくな。年寄りは、そう言って、子らを戒めた。

やがて噴火は、遠い昔の出来事として、人々の口の端にのぼるだけになった。

それから、長い歳月が流れた。

埋もり村のあったあたりも、いつしか、新しい畑に変わっていた。

ある夏のことだ。

私の祖先は、その畑のはずれで、井戸を掘る仕事を請け負った。

いくら掘っても、水の出る気配はなかった。

それでも、もう少し、もう少しと、土を掘り進めた。

その日は、朝から、妙に蒸し暑かった。

蝉の声も、なぜか、ぴたりとやんでいた。

掘り進むほどに、土が、ひんやりと冷たくなっていった。

井戸の底から、墓のような、冷気が立ちのぼってきた。

すると、鍬の先が、固いものに当たった。

掘り起こしてみると、土のなかから、古い瓦が出てきた。

こんな深いところに、瓦があるはずがなかった。

祖先は、額の汗をぬぐい、その瓦を、手に取った。

釉薬の色は、見たこともない、古い様式のものだった。

瓦は、長い年月を経て、もろくなっていた。

触れると、ぼろぼろと、指のあいだで崩れた。

祖先は、いやな予感がして、手を止めた。

だが、好奇心のほうが、勝ってしまった。

祖先は、不審に思いながら、穴を横へ広げた。

すると今度は、朽ちた屋根の一部が、姿を現した。

家が一軒、まるごと、この下に埋まっている。

そう気づいたとき、祖先の背を、冷たいものが伝った。

泥に沈んだ村のことは、祖先も、話には聞いていた。

だが、まさか、自分の鍬の先に、それが現れるとは思わなかった。

掘り出した屋根は、黒く朽ち、苔むしていた。

その下に、二百年前の暮らしが、そのまま埋もれているのだ。

ここは、二百年前に沈んだ、埋もり村の跡だったのだ。

祖先は、しばらく、鍬を握ったまま動けなかった。

そのときだった。

足元の、屋根の下から、かすかな音が聞こえた。

こつ、こつ、と、何かを叩くような音だった。

祖先は、耳を疑った。

二百年前に埋もれた家の下から、音がするはずがない。

だが、音は、確かに続いていた。

こつ、こつ、こつ。

音には、規則正しい、間があった。

誰かが、合図を送るように、叩いていた。

獣の音でも、水の音でも、決してなかった。

それは、内側から、助けを求めるような響きだった。

祖先は、恐ろしさをこらえ、屋根の板を、一枚、剥がした。

剥がした隙間から、生ぬるい風が、ふっと吹き上げてきた。

その風は、人の吐息のように、湿っていた。

まるで、穴の底で、何かが、ゆっくりと息をしているようだった。

土の匂いに混じって、古い酒の匂いがした。

その匂いは、奇妙に、生々しかった。

二百年も埋もれていたものから、こんな匂いが立つはずがない。

まるで、たった今まで、誰かが暮らしていたかのようだった。

祖先は、その穴を、おそるおそる覗き込んだ。

穴の奥は、墨を流したような闇だった。

その闇の冷たさが、顔に、はっきりと伝わってきた。

目を凝らしても、底は、まるで見えなかった。

穴の下には、家のような、暗い空間が広がっていた。

そして、その底のほうで、二人の人影が、うごめいていた。

暗くて、はじめは、人とは分からなかった。

布の塊が、もぞもぞと動いているように見えた。

だが、それは、確かに、二人の人間だった。

祖先は、思わず声をあげた。

「だ……誰か、おるのか」

人影は、ゆっくりと、こちらを見上げた。

二人とも、髪も髭も、白く伸びきった、年老いた者だった。

その目だけが、暗がりのなかで、ぬらりと光っていた。

肌は、土のように白く、血の気というものがなかった。

それでいて、二人とも、不思議と、しっかりとした足取りだった。

長く陽を見ていないはずの体には、見えなかった。

祖先は、その姿に、言いようのない違和感を覚えた。

祖先は、村の者を呼び、二人を、地上へ引き上げた。

縄をおろすと、二人は、慣れた手つきで、それにつかまった。

まるで、いつか引き上げられる日を、ずっと待っていたかのようだった。

その軽さに、引き上げた村人は、ぞっとした。

二人の体は、枯れ枝のように、軽かったのだ。

日の光の下に出た二人は、まぶしそうに、目を細めた。

そして、しわがれた声で、こう語りはじめた。

「火嶽が火を噴いたとき、わしらは、この蔵のなかに隠れたのじゃ」

「だが、逃げ出す間もなく、上から泥に、埋められてしまった」

「横へ掘って出ようにも、土は固く、どうにもならなかった」

「それで、ずっと、この下で、暮らしてきたのじゃ」

村の者は、誰もが、言葉を失った。

二人は、こう続けた。

「幸い、ここは蔵での。米も、酒も、たんとあった」

「それを、少しずつ食いつないで、生きてきたのじゃ」

「暗くて、昼も夜も、わからなんだ」

「腹が減れば、米をかじり、喉が渇けば、酒で潤した」

「眠っては起き、起きては眠り、それを、果てしなく繰り返した」

聞いている村の者の背に、寒気が走った。

光のない地の底で、二百年に思える歳月を、二人は耐えたのだ。

いや、本当に、耐えたと言えるのだろうか。

祖先には、二人が、苦しんだようには見えなかった。

むしろ、地の底での暮らしを、どこか懐かしんでいるようだった。

そのことが、何より、不気味だった。

祖先は、おそるおそる、尋ねた。

「いったい、何年、ここに、おられたのか」

二人は、顔を見合わせ、首をかしげた。

暗闇のなかで、月日の数えようなど、なかったのだろう。

村の古老が、噴火のあった年を、二人に告げた。

そして、今が何の年かを、教えた。

その差は、三十三年であった。

古老が告げると、二人は、ぽかんとした顔をした。

三十三年という言葉が、二人には、うまく飲み込めぬようだった。

「そんなに、経っておったのか」と、一人が、ぼそりと言った。

二人は、実に、三十三年もの間、地の底で暮らしていたのだ。

三十三年といえば、生まれた子が、親になるほどの年月だ。

その間ずっと、二人は、土の下にいた。

外では、村が焼け、人が生まれ、また死んでいった。

そのすべてを知らぬまま、二人だけが、時の止まった闇に取り残されていた。

村は、しんと静まり返った。

誰も、二人を、心から喜んで迎える気には、なれなかった。

三十三年。あまりに長い、空白の歳月だった。

二人を待っていた家族は、もう、この世にいなかった。

二人だけが、過ぎた時から、取り残されていた。

だが、話には、奇妙なところがあった。

古老が、村に伝わる記録を、調べたのだ。

あの蔵に逃げ込んだのは、六人だったと、記録にはあった。

逃げ込んだ六人の名は、一人ずつ、はっきりと書き残されていた。

夫婦と、その親、そして二人の子。六人で、一つの家族だった。

だが、生きて出てきたのは、二人。

「あとの四人は、どうなされた」と、古老は尋ねた。

二人は、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。

「四人は、暗いうちに、みな、死んでしもうた」

その声は、悲しむでもなく、ただ、淡々としていた。

「ひもじさに、一人、また一人と、息を引き取った」

「亡骸は、蔵の隅に、並べて寝かせた」

「だが、不思議とな、腐りもせなんだ」

「ずっと、眠っているように、そこにおった」

「だが、わしらは、寂しくはなかった」

その一言を聞いて、村の者は、互いの顔を見合わせた。

家族を四人も失い、暗闇に二人きり。

寂しくないはずが、なかった。

その言葉に、村の者は、首をかしげた。

四人の家族を、暗闇のなかで看取って、なお、寂しくない。

その意味を、誰も、はかりかねていた。

「寂しくなかった、とは、どういうことか」

古老が、重ねて尋ねた。

すると、二人は、揃って、にいと笑った。

白い髭の奥の、その笑みを見て、祖先は、ぞっとしたという。

三十三年ぶりに陽を見た者の、笑みではなかった。

もっと、別の、得体の知れぬものの、笑みだった。

歯の抜けた口の奥が、暗く、ぽっかりと開いていた。

「暗闇のなかに、もう一人、おったのじゃ」

「いつからか、わしらに、いろいろと、教えてくれてのう」

「水のありか、出口のありか、人の心のうちまで」

「あれが、おらなんだら、わしらは、とうに正気を失っておった」

二人は、懐かしむように、目を細めた。

「あれの声はな、低くて、やわらかくての」

「眠れぬ夜には、子守唄まで、歌うてくれた」

「顔は、ついぞ、見たことがない。いつも、暗い隅に、おったからの」

祖先は、その話を聞きながら、全身が粟立つのを感じた。

四人の亡骸が並ぶ、その暗い隅に、ずっと「何か」がいたのだ。

そして、その「何か」は、二人を、生かし続けた。

三十三年もの間、正気を保たせ、水のありかを教え。

まるで、二人を、手放したくないかのように。

いったい、何のために。

考えれば考えるほど、足元が、ぐらりと揺らぐ心地がした。

村の記録には、蔵に逃げ込んだのは、六人とだけあった。

七人目の名は、どこにもなかった。

蔵に入ったのは、確かに六人。

そのうち四人が死に、二人が生き残った。

勘定は、それで、合っている。

では、二人に水のありかを教え、子守唄を歌ったという「もう一人」は、誰なのか。

古老は、それ以上、問うのを、やめた。

問えば、聞いてはならぬ答えが、返ってくる気がしたからだ。

その「もう一人」が、何者であったのか。

二人は、最後まで、語らなかった。

ただ、引き上げられたその日から、二人は、夜になると、こう呟くようになった。

はじめのうち、二人は、村の片隅の小屋で、世話を受けて暮らした。

村人は、二人を、生き神のように敬い、米や着物を運んだ。

だが、二人は、明るい場所を、ひどく嫌った。

昼のあいだは、雨戸を閉め切り、薄暗い部屋の隅で、じっとうずくまっていた。

そして、夜が更けると、決まって、戸口のほうへ顔を向けた。

まるで、誰かに、呼ばれているかのようだった。

運ばれた米には、ほとんど手をつけなかった。

二人が口にするのは、決まって、酒だけだった。

「米は、下に、たんとあるでな」と、二人は言った。

「そろそろ、下へ、帰らねば」

二人は、申し合わせたように、同じ言葉を、繰り返した。

「あれが、待っておる」

「わしらが、おらぬと、あれが、寂しがる」

その声は、地の底から響いてくるように、低く、うつろだった。

そして、ある朝。

二人の姿は、村から、忽然と消えていた。

井戸の穴の底には、二人の履物だけが、きちんと揃えて、残されていたという。

穴の縁には、二人が降りていった跡が、はっきりと残っていた。

だが、いくら底を探っても、二人の姿は、どこにもなかった。

あれほど固かった土の壁に、横へ続く、小さな穴が、ぽっかりと開いていた。

その奥は、どこまでも、深く、暗く続いていた。

二人は、その穴を通って、地の底へ、戻っていったのだ。

あの、待っているという「あれ」の、もとへ。

松明をかざしても、底の見えぬ闇が、口を開けているばかりだった。

その闇の奥から、かすかに、酒の匂いが、流れてきた。

あの、蔵の酒と、同じ匂いだった。

二人は、確かに、その奥へ、帰っていったのだ。

村人は、誰一人、その穴へ入ろうとはしなかった。

入れば、二度と戻れぬと、皆が、本能で悟っていた。

結局、その穴は、大きな石で、固く塞がれた。

穴の奥からは、その後も、ときおり、こつ、こつ、という音が、聞こえたそうだ。

祖先は、その井戸を、二度と掘り返さなかった。

そして、子に、孫に、こう言い遺した。

掘り当てた水も、ついに、湧くことはなかった。

あの土地の井戸は、水ではなく、別の何かに、通じていたのだろう。

祖先は、それから、井戸掘りの仕事を、やめてしまった。

あの土地の、深いところは、決して掘ってはならぬ、と。

今、その畑のあった場所には、小さな祠が建っている。

祠の前には、決して掘り返してはならぬという、古い立て札がある。

私は、子どもの頃、一度だけ、その祠に近づいたことがある。

耳を澄ますと、地の底から、かすかに、こつ、こつ、と聞こえた気がした。

あれが、風の音だったのか、今でも、わからない。

音は、規則正しく、こつ、こつ、と続いていた。

まるで、誰かが、出してくれと、合図を送るように。

ただ、二度と、あの場所には、近づいていない。

地の底には、人の知らぬものが、棲んでいる。

そして、それは、誰かが訪れるのを、今も、静かに待っている。

私は、そう信じている。

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