33年間

33年間

これは、私の家に、代々語り継がれてきた話だ。

私の祖先は、北の山あいで、井戸掘りを生業にしていたという。

その土地には、火嶽(ひだけ)と呼ばれる、古い火山があった。

ふだんは静かな山だったが、ひとたび怒れば、麓の村々を、灰で覆い尽くした。

土地の者は、火嶽を、神として恐れ、敬っていた。

山には、決して足を踏み入れてはならぬ、深い場所がある。

そう、子どもの頃から、繰り返し聞かされて育つのだという。

私の家に伝わるこの話も、その戒めの一つなのだろう。

※

今から二百年あまり前のことだ。

火嶽が、突然、空を裂くような音とともに、噴火した。

噴煙は、天の高みまで立ちのぼったと伝わる。

流れ出た熱い泥は、ふもとの村を、わずかな間に飲み込んだ。

なかでも、山に最も近い、埋もり村という小さな集落は、ひとたまりもなかった。

村は、屋根のてっぺんまで、泥と灰に沈んだ。

逃げ遅れた者は、数えきれなかったという。

泥は、田を埋め、川をせき止め、家々の柱をなぎ倒した。

逃げる間もなく、母は子を抱いたまま、土に沈んだという。

夜が明けても、空からは、灰が雪のように降り続けた。

生き残った者たちは、変わり果てた土地を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。

それでも、高台へ逃れた何人かは、かろうじて命をつないだ。

火嶽の噴煙は、その後も、幾月も、くすぶり続けた。

灰は、田畑を覆い、その年は、ろくな実りもなかった。

飢えと寒さで、生き延びた者も、また、次々と倒れていった。

埋もり村の名は、いつしか、口にするのも憚られるようになった。

あの土地には、近づくな。年寄りは、そう言って、子らを戒めた。

やがて噴火は、遠い昔の出来事として、人々の口の端にのぼるだけになった。

※

それから、長い歳月が流れた。

埋もり村のあったあたりも、いつしか、新しい畑に変わっていた。

ある夏のことだ。

私の祖先は、その畑のはずれで、井戸を掘る仕事を請け負った。

いくら掘っても、水の出る気配はなかった。

それでも、もう少し、もう少しと、土を掘り進めた。

その日は、朝から、妙に蒸し暑かった。

蝉の声も、なぜか、ぴたりとやんでいた。

掘り進むほどに、土が、ひんやりと冷たくなっていった。

井戸の底から、墓のような、冷気が立ちのぼってきた。

すると、鍬の先が、固いものに当たった。

掘り起こしてみると、土のなかから、古い瓦が出てきた。

こんな深いところに、瓦があるはずがなかった。

祖先は、額の汗をぬぐい、その瓦を、手に取った。

釉薬の色は、見たこともない、古い様式のものだった。

瓦は、長い年月を経て、もろくなっていた。

触れると、ぼろぼろと、指のあいだで崩れた。

祖先は、いやな予感がして、手を止めた。

だが、好奇心のほうが、勝ってしまった。

※

祖先は、不審に思いながら、穴を横へ広げた。

すると今度は、朽ちた屋根の一部が、姿を現した。

家が一軒、まるごと、この下に埋まっている。

そう気づいたとき、祖先の背を、冷たいものが伝った。

泥に沈んだ村のことは、祖先も、話には聞いていた。

だが、まさか、自分の鍬の先に、それが現れるとは思わなかった。

掘り出した屋根は、黒く朽ち、苔むしていた。

その下に、二百年前の暮らしが、そのまま埋もれているのだ。

ここは、二百年前に沈んだ、埋もり村の跡だったのだ。

祖先は、しばらく、鍬を握ったまま動けなかった。

そのときだった。

足元の、屋根の下から、かすかな音が聞こえた。

こつ、こつ、と、何かを叩くような音だった。

※

祖先は、耳を疑った。

二百年前に埋もれた家の下から、音がするはずがない。

だが、音は、確かに続いていた。

こつ、こつ、こつ。

音には、規則正しい、間があった。

誰かが、合図を送るように、叩いていた。

獣の音でも、水の音でも、決してなかった。

それは、内側から、助けを求めるような響きだった。

祖先は、恐ろしさをこらえ、屋根の板を、一枚、剥がした。

剥がした隙間から、生ぬるい風が、ふっと吹き上げてきた。

その風は、人の吐息のように、湿っていた。

まるで、穴の底で、何かが、ゆっくりと息をしているようだった。

土の匂いに混じって、古い酒の匂いがした。

その匂いは、奇妙に、生々しかった。

二百年も埋もれていたものから、こんな匂いが立つはずがない。

まるで、たった今まで、誰かが暮らしていたかのようだった。

祖先は、その穴を、おそるおそる覗き込んだ。

穴の奥は、墨を流したような闇だった。

その闇の冷たさが、顔に、はっきりと伝わってきた。

目を凝らしても、底は、まるで見えなかった。

※

穴の下には、家のような、暗い空間が広がっていた。

そして、その底のほうで、二人の人影が、うごめいていた。

暗くて、はじめは、人とは分からなかった。

布の塊が、もぞもぞと動いているように見えた。

だが、それは、確かに、二人の人間だった。

祖先は、思わず声をあげた。

「だ……誰か、おるのか」

人影は、ゆっくりと、こちらを見上げた。

二人とも、髪も髭も、白く伸びきった、年老いた者だった。

その目だけが、暗がりのなかで、ぬらりと光っていた。

肌は、土のように白く、血の気というものがなかった。

それでいて、二人とも、不思議と、しっかりとした足取りだった。

長く陽を見ていないはずの体には、見えなかった。

祖先は、その姿に、言いようのない違和感を覚えた。

祖先は、村の者を呼び、二人を、地上へ引き上げた。

縄をおろすと、二人は、慣れた手つきで、それにつかまった。

まるで、いつか引き上げられる日を、ずっと待っていたかのようだった。

その軽さに、引き上げた村人は、ぞっとした。

二人の体は、枯れ枝のように、軽かったのだ。

※

日の光の下に出た二人は、まぶしそうに、目を細めた。

そして、しわがれた声で、こう語りはじめた。

「火嶽が火を噴いたとき、わしらは、この蔵のなかに隠れたのじゃ」

「だが、逃げ出す間もなく、上から泥に、埋められてしまった」

「横へ掘って出ようにも、土は固く、どうにもならなかった」

「それで、ずっと、この下で、暮らしてきたのじゃ」

村の者は、誰もが、言葉を失った。

二人は、こう続けた。

「幸い、ここは蔵での。米も、酒も、たんとあった」

「それを、少しずつ食いつないで、生きてきたのじゃ」

「暗くて、昼も夜も、わからなんだ」

「腹が減れば、米をかじり、喉が渇けば、酒で潤した」

「眠っては起き、起きては眠り、それを、果てしなく繰り返した」

聞いている村の者の背に、寒気が走った。

光のない地の底で、二百年に思える歳月を、二人は耐えたのだ。

いや、本当に、耐えたと言えるのだろうか。

祖先には、二人が、苦しんだようには見えなかった。

むしろ、地の底での暮らしを、どこか懐かしんでいるようだった。

そのことが、何より、不気味だった。

※

祖先は、おそるおそる、尋ねた。

「いったい、何年、ここに、おられたのか」

二人は、顔を見合わせ、首をかしげた。

暗闇のなかで、月日の数えようなど、なかったのだろう。

村の古老が、噴火のあった年を、二人に告げた。

そして、今が何の年かを、教えた。

その差は、三十三年であった。

古老が告げると、二人は、ぽかんとした顔をした。

三十三年という言葉が、二人には、うまく飲み込めぬようだった。

「そんなに、経っておったのか」と、一人が、ぼそりと言った。

二人は、実に、三十三年もの間、地の底で暮らしていたのだ。

三十三年といえば、生まれた子が、親になるほどの年月だ。

その間ずっと、二人は、土の下にいた。

外では、村が焼け、人が生まれ、また死んでいった。

そのすべてを知らぬまま、二人だけが、時の止まった闇に取り残されていた。

村は、しんと静まり返った。

誰も、二人を、心から喜んで迎える気には、なれなかった。

三十三年。あまりに長い、空白の歳月だった。

二人を待っていた家族は、もう、この世にいなかった。

二人だけが、過ぎた時から、取り残されていた。

※

だが、話には、奇妙なところがあった。

古老が、村に伝わる記録を、調べたのだ。

あの蔵に逃げ込んだのは、六人だったと、記録にはあった。

逃げ込んだ六人の名は、一人ずつ、はっきりと書き残されていた。

夫婦と、その親、そして二人の子。六人で、一つの家族だった。

だが、生きて出てきたのは、二人。

「あとの四人は、どうなされた」と、古老は尋ねた。

二人は、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。

「四人は、暗いうちに、みな、死んでしもうた」

その声は、悲しむでもなく、ただ、淡々としていた。

「ひもじさに、一人、また一人と、息を引き取った」

「亡骸は、蔵の隅に、並べて寝かせた」

「だが、不思議とな、腐りもせなんだ」

「ずっと、眠っているように、そこにおった」

「だが、わしらは、寂しくはなかった」

その一言を聞いて、村の者は、互いの顔を見合わせた。

家族を四人も失い、暗闇に二人きり。

寂しくないはずが、なかった。

その言葉に、村の者は、首をかしげた。

四人の家族を、暗闇のなかで看取って、なお、寂しくない。

その意味を、誰も、はかりかねていた。

※

「寂しくなかった、とは、どういうことか」

古老が、重ねて尋ねた。

すると、二人は、揃って、にいと笑った。

白い髭の奥の、その笑みを見て、祖先は、ぞっとしたという。

三十三年ぶりに陽を見た者の、笑みではなかった。

もっと、別の、得体の知れぬものの、笑みだった。

歯の抜けた口の奥が、暗く、ぽっかりと開いていた。

「暗闇のなかに、もう一人、おったのじゃ」

「いつからか、わしらに、いろいろと、教えてくれてのう」

「水のありか、出口のありか、人の心のうちまで」

「あれが、おらなんだら、わしらは、とうに正気を失っておった」

二人は、懐かしむように、目を細めた。

「あれの声はな、低くて、やわらかくての」

「眠れぬ夜には、子守唄まで、歌うてくれた」

「顔は、ついぞ、見たことがない。いつも、暗い隅に、おったからの」

祖先は、その話を聞きながら、全身が粟立つのを感じた。

四人の亡骸が並ぶ、その暗い隅に、ずっと「何か」がいたのだ。

そして、その「何か」は、二人を、生かし続けた。

三十三年もの間、正気を保たせ、水のありかを教え。

まるで、二人を、手放したくないかのように。

いったい、何のために。

考えれば考えるほど、足元が、ぐらりと揺らぐ心地がした。

※

村の記録には、蔵に逃げ込んだのは、六人とだけあった。

七人目の名は、どこにもなかった。

蔵に入ったのは、確かに六人。

そのうち四人が死に、二人が生き残った。

勘定は、それで、合っている。

では、二人に水のありかを教え、子守唄を歌ったという「もう一人」は、誰なのか。

古老は、それ以上、問うのを、やめた。

問えば、聞いてはならぬ答えが、返ってくる気がしたからだ。

その「もう一人」が、何者であったのか。

二人は、最後まで、語らなかった。

ただ、引き上げられたその日から、二人は、夜になると、こう呟くようになった。

はじめのうち、二人は、村の片隅の小屋で、世話を受けて暮らした。

村人は、二人を、生き神のように敬い、米や着物を運んだ。

だが、二人は、明るい場所を、ひどく嫌った。

昼のあいだは、雨戸を閉め切り、薄暗い部屋の隅で、じっとうずくまっていた。

そして、夜が更けると、決まって、戸口のほうへ顔を向けた。

まるで、誰かに、呼ばれているかのようだった。

運ばれた米には、ほとんど手をつけなかった。

二人が口にするのは、決まって、酒だけだった。

「米は、下に、たんとあるでな」と、二人は言った。

「そろそろ、下へ、帰らねば」

二人は、申し合わせたように、同じ言葉を、繰り返した。

「あれが、待っておる」

「わしらが、おらぬと、あれが、寂しがる」

その声は、地の底から響いてくるように、低く、うつろだった。

そして、ある朝。

二人の姿は、村から、忽然と消えていた。

井戸の穴の底には、二人の履物だけが、きちんと揃えて、残されていたという。

穴の縁には、二人が降りていった跡が、はっきりと残っていた。

だが、いくら底を探っても、二人の姿は、どこにもなかった。

あれほど固かった土の壁に、横へ続く、小さな穴が、ぽっかりと開いていた。

その奥は、どこまでも、深く、暗く続いていた。

二人は、その穴を通って、地の底へ、戻っていったのだ。

あの、待っているという「あれ」の、もとへ。

松明をかざしても、底の見えぬ闇が、口を開けているばかりだった。

その闇の奥から、かすかに、酒の匂いが、流れてきた。

あの、蔵の酒と、同じ匂いだった。

二人は、確かに、その奥へ、帰っていったのだ。

村人は、誰一人、その穴へ入ろうとはしなかった。

入れば、二度と戻れぬと、皆が、本能で悟っていた。

結局、その穴は、大きな石で、固く塞がれた。

穴の奥からは、その後も、ときおり、こつ、こつ、という音が、聞こえたそうだ。

祖先は、その井戸を、二度と掘り返さなかった。

そして、子に、孫に、こう言い遺した。

掘り当てた水も、ついに、湧くことはなかった。

あの土地の井戸は、水ではなく、別の何かに、通じていたのだろう。

祖先は、それから、井戸掘りの仕事を、やめてしまった。

あの土地の、深いところは、決して掘ってはならぬ、と。

今、その畑のあった場所には、小さな祠が建っている。

祠の前には、決して掘り返してはならぬという、古い立て札がある。

私は、子どもの頃、一度だけ、その祠に近づいたことがある。

耳を澄ますと、地の底から、かすかに、こつ、こつ、と聞こえた気がした。

あれが、風の音だったのか、今でも、わからない。

音は、規則正しく、こつ、こつ、と続いていた。

まるで、誰かが、出してくれと、合図を送るように。

ただ、二度と、あの場所には、近づいていない。

地の底には、人の知らぬものが、棲んでいる。

そして、それは、誰かが訪れるのを、今も、静かに待っている。

私は、そう信じている。

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