山に入る前、私は必ず一礼する。
奄美大島で土地の測量をしていると、それが癖になる。
父も祖父もそうしていた。
挨拶をしない者は、山の中で道を間違える。
島では、そういうことになっている。
島の山は、本土の山とは足の入り方が違う。
下生えが濃く、シダが腰まである。
リュウキュウマツの根が地面の上を這っていて、そこに足を置くと滑る。
ハブがいるので、藪には手を入れない。
入るときは、まず立ち止まって、音を聞く。
鳥の声が途切れているところには、近づかない。
そういうことを、父から手で教わった。
言葉ではなく、手で教わった。
ケンムンの話は、子どもの頃から聞かされていた。
背丈は子どもほど。
体は毛むくじゃらで、山羊のような臭いがする。
頭に皿があり、山でも海でも人を化かす。
昔から島に伝わる、そういうものだ。
好物は蛸だという。
相撲を挑んでくる、とも聞く。
ガジュマルに棲むとも、山の高いところにいるとも言われる。
言うことが土地ごとに違うのは、こういう話ではよくあることだ。
一つだけ、どの集落でも同じことがある。
ケンムンの棲む木は、伐らない。
伐ってしまった家は、そのあと必ず何かが続く。
続く、という言い方をする。
祟る、とは言わない。
島の年寄りは、断定を避ける言い方をよくする。
祖母は、その続いた家の名を、三軒まで挙げられた。
私はその話を、笑いもしなければ、信じもしなかった。
四十六になるまで、そうだった。
※
去年の十月、私は本島の北部にある山の、境界の確認を頼まれた。
古い分筆の杭が動いているかどうかを見に行く仕事だ。
持ち主が代替わりして、兄弟で分けるという話になった。
分けるには、境がはっきりしていないといけない。
「先生、あそこは面倒ですよ」
役場の担当者は、電話でそう言った。
「なんでですか」
「いや、面倒というか」
そこで少し間があった。
その担当者は、島の生まれではなかった。
去年、本土から来たばかりの人だ。
だから、聞いた話をそのまま言っただけだと思う。
思うが、その言い方は、島の年寄りの言い方に似ていた。
「入る人が、あんまりおらんとこなんです」
図面は昭和三十年代のもので、書いたのは私の祖父だった。
祖父は同じ仕事をしていた。
私は、祖父の野帳を持って行った。
野帳というのは、現場で数字を書き付ける小さな帳面だ。
祖父のものは、字が細かく、几帳面だった。
最後の頁だけが違った。
数字がない。
丸が、ひとつだけ描いてあった。
鉛筆で、ゆっくり、二重になぞってある。
私は、書き損じだと思っていた。
祖父の野帳は、他の頁がすべて数字で埋まっている。
角度と距離、方位、天気。
消しゴムの跡もほとんどない。
そういう帳面の最後に、丸が一つだけある。
書き損じなら、線を引いて消すはずだ。
消していない。
それが、少し引っかかってはいた。
※
杭は、山の八合目あたりにあるはずだった。
林道の終点から、さらに一時間半歩く。
その日は、朝から曇っていた。
湿気が重く、シャツが背中に貼りついた。
蝉は、もう鳴いていなかった。
十月の島は、まだ夏の名残がある。
林道の終点に車を置いて、機械と三脚を担いだ。
全部で二十キロ近くある。
四十六の体には、それなりにこたえる。
途中で二度、休んだ。
休んだ場所は、どちらも鳥の声がしていた。
昼過ぎに現場に着いて、機械を据えた。
トランシットという、望遠鏡のついた測量機だ。
最初の異変は、匂いだった。
風が下から上がってきたとき、山羊の臭いがした。
島に山羊はいる。放し飼いも珍しくない。
ただ、その山には牧はない。
私は、鼻の奥がしばらく重かった。
山羊の臭いというのは、嗅いだことのある人にしかわからない。
獣というより、少し酸っぱい、生ぬるい臭いだ。
私は、周りを見た。
糞も、足跡も、食まれた草もなかった。
匂いは、五分ほどで消えた。
※
次は、望遠鏡だった。
基準点を取ろうとして、向かいの尾根を覗いた。
杉の一本の、いちばん上の枝に、黒いものが見えた。
人が座っている形だった。
膝を抱えている。
そこまでは、よくある見間違いだ。
ただ、膝が、頭より高かった。
私は、望遠鏡から目を離した。
肉眼では、枝には何もなかった。
もう一度、覗いた。
まだ、いた。
形は、輪郭だけがはっきりしていた。
中身は、ただ黒い。
影というより、そこだけ絵の具を置き忘れたような黒さだった。
杉の枝は、細かった。
子どもが座れるような太さではない。
そのまま三十秒ほど見ていたが、動かなかった。
私は、機械の向きを変えた。
変えてから、戻さなかった。
仕事は、続けた。
基準点は別方向から取り直した。
段取りが二時間ほど増えた。
その二時間が、あとで効いてくることになる。
※
日が落ちるのが早かった。
林道まで下りるには、明るさが足りなかった。
私は、山で一晩明かすことにした。
初めてではない。
枯れ枝を集めて、風の当たらない窪みを選んだ。
そこで、祖父の言葉を思い出した。
正確には、母から聞いた、祖父の言葉だ。
山で一晩過ごすことになったら、木の枝で、自分の周りに円を描け。
そして声に出して、山の神様に頼め。
今晩ひと晩、この土地をお貸しください、と。
そうすれば、円の中には何も入ってこられない。
それが、山の神様との約束だからだ。
私は、四十六になって初めて、その通りにした。
なぜその夜に限ってやる気になったのかは、自分でもわからない。
たぶん、望遠鏡の中の形が、頭から離れなかったからだ。
昼に見たものを、私はその時点でも見間違いだと思っていた。
思ってはいたが、体のほうが別のことをしていた。
枝を折って、円を描いていた。
枝で、自分を囲むように地面に円を描いた。
声に出して、頼んだ。
一人で山にいて、声を出すのは、少し恥ずかしかった。
声は、思ったより遠くまで届かなかった。
シダが音を吸うのだと思う。
言い終わってから、私は焚き火に枝を足した。
円の線は、火の明かりで、ちょうど見える太さだった。
※
夜中に、目が覚めた。
音がしていた。
落ち葉を踏む音だ。
一定の間隔で、ぐるりと回っている。
足音は、一つではなかった。
二つ、あるいは三つ。
私は、寝袋の中で動かなかった。
懐中電灯は、手の届くところにあった。
つけなかった。
つけなかったのは、恐ろしかったからではない。
つけたら、円の外を見ることになるからだ。
音は、明け方まで続いた。
回る速さは、ずっと変わらなかった。
急ぎもしないし、止まりもしない。
何かを探している足取りではなかった。
順番を待っている人の歩き方に、いちばん近い。
一度だけ、音が止まった。
私の頭の側で、止まった。
そこで、山羊の臭いがした。
昼に嗅いだのと、同じ濃さだった。
臭いが消えると、また回りはじめた。
円の内側には、一度も入ってこなかった。
※
朝になって、私は円を見た。
枝で描いた線は、そのままあった。
おかしいのは、地面のほうだった。
円の内側の土は、朝露で濡れていた。
円の外側だけが、乾いていた。
夜露は、上から降りる。
線の内と外で、濡れ方が変わる道理がない。
私は、線をまたいで、外に手をついた。
掌に、埃だけがついた。
もう一つ、気づいたことがある。
焚き火が、まだ消えていなかった。
枝は前の晩に足したきりだ。
灰の下に、赤いものが残っていた。
島の十月の夜は、湿気が高い。
朝まで熾が残ることは、まずない。
私は、灰を掻いてみた。
下から出てきた枝は、ほとんど減っていなかった。
一晩、燃えていない。
燃えていないのに、熱かった。
※
麓に下りて、私は南さんという古老を訪ねた。
祖父と同じ年に生まれた人で、山の仕事を六十年やっている。
南さんは、山師だ。
木を見て、伐る順番を決める仕事をしていた。
今は、庭で豆と芋を作っている。
私が子どもの頃、祖父の葬式で会っている。
その日、南さんは一人だけ山の服のままで来ていた。
仕事の途中で来た、と言っていた。
私は、円の話をした。
南さんは、湯呑みを置いた。
「その円な、返してきたか」
意味がわからなかった。
「返す、というのは」
「朝に、返しますと言うたか」
言っていない。
借りるときの言葉は聞いていたが、返す言葉は聞いていなかった。
南さんは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「借りたら、返す。当たり前のことよ」
「返さんかったら、どうなるんですか」
「借りたままになる」
「借りたままの土地は、どうなるんですか」
南さんは、少し考えてから答えた。
「誰のもんでもなくなる」
「山の神のものでも、ないんですか」
「貸しとる間は、神のもんやない」
それが、いちばん怖い答えだった。
南さんは、湯呑みの底を見ていた。
「そこはな、まだ、おまえが借りとる土地よ」
※
私は、祖父の野帳を出した。
最後の頁の、丸を見せた。
南さんは、老眼鏡を外して、近くで見た。
そして、短く息を吐いた。
「これは、あんたのじいさんが描いた円やろ」
「書き損じじゃないんですか」
「違う」
南さんは、指で丸をなぞった。
「返しに行くつもりで、描いといたんよ」
祖父は、あの山で一晩明かしたことがあるという。
昭和三十四年の、ちょうど今と同じ時期だ。
そのとき、円を描いた。
朝、急いで下りた。
下りた理由も、南さんは覚えていた。
祖父の下の子が、その朝に熱を出したという知らせが来たのだ。
それが、私の父だった。
父は、その熱で三日寝込んだという。
それだけの話だ。
命に関わるようなことでもなかった。
祖父は、山より、その三日を選んだ。
選んで、六十年、戻らなかった。
祖父は、そのことを誰にも言わなかったらしい。
南さんにも、正面から話したことはないという。
「あの人はな、言わん人よ」
南さんは、そう言っただけだった。
私は、父にこの話をしていない。
たぶん、しないと思う。
「返す言葉を言わんまま、下りた」
南さんは、野帳を閉じた。
「それきり、じいさんはあの山に入っとらん」
私は、祖父の仕事の記録を思い出した。
祖父は八十二まで現役だった。
島じゅうの山に入っている。
あの山だけが、記録にない。
図面だけがあって、その後の再測がない。
六十年、誰も測り直していない土地だった。
祖父が描いた円は、まだ、返されていなかった。
※
私は、その場で計算した。
昭和三十四年から、六十年以上が経っている。
六十年、借りたままの土地が、あの山にある。
そして、私が確認しに行った境界の杭は、祖父が打ったものだ。
借りたままの土地の中に、杭を打って、線を引いて、図面にした。
「じいさんはな」
南さんは、ゆっくり言った。
「杭を打つ前に、山の神に断らんといかんことも、知っとった人よ」
「じゃあ、なんで」
「断ったよ。断って、借りた。返しに戻れんかっただけよ」
※
夜、足音が円の周りを回っていた理由が、そこでわかった。
あれは、入ろうとしていたのではない。
待っていたのだ。
六十年、返しに来る者を待っていて、その孫が同じ山で円を描いた。
だから、集まってきた。
南さんに、それを言ってみた。
南さんは、否定も肯定もしなかった。
「そうかもしれんし、違うかもしれん」
そう言ってから、湯呑みを持ち上げた。
「けどな、待つというのはな、悪いことやないよ」
そして、私も返さずに下りた。
※
機械の記録を見返して、もう一つわかったことがある。
トランシットは、観測の時刻を自動で残す。
その記録と、私が野帳に手で書いた時刻が、一時間ずれていた。
私の腕時計と、機械の時計は、下山してから合わせ直しても、同じ数字を指した。
ずれていたのは、あの一日だけだ。
どちらが正しいのかは、いまだにわからない。
会社の若い者に、この話をしたことがある。
彼は、機械の時計の設定がずれていたのだろうと言った。
私も、そう思いたい。
ただ、その一時間は、望遠鏡の向きを変えて段取りをやり直した時間と、ぴたりと同じ長さだ。
※
杭のことも、まだ片づいていない。
私は、確認した杭の位置を図面に落とした。
落として、手が止まった。
その位置は、現行の地図のどこにもない。
尾根の形が合わない。
等高線が合わない。
昭和三十四年の祖父の図面とは、ぴたりと合う。
六十年で山が動くことはある。
崩れも、造林もある。
それにしても、合わなさすぎた。
測量というのは、合わないものを合わせる仕事ではない。
合わないなら、合わないと書く。
それだけの仕事だ。
それでも、書けなかった。
私は、その図面を、まだ提出していない。
※
今年の春、私は南さんにもう一度会いに行った。
返しに行くべきかを聞くつもりだった。
南さんは、縁側で豆を選っていた。
「行かんでええ」
先に、そう言われた。
「なんでですか」
「返しに行った者が、まだおらんけん、わからん」
南さんは、豆を一粒つまんで、笊に落とした。
「わからんことは、せんほうがええ」
「じゃあ、あの土地はどうなるんですか」
「借りたままよ」
南さんは、あっさり言った。
「借りたままで、六十年もったんやろ。あと六十年ももつ」
私は、笑えなかった。
南さんは、笑っていた。
それから、こう続けた。
「あの山はな、悪さはせんとよ」
「けど、夜中に回っとりましたよ」
「回るだけよ」
南さんは笑った。
「待っとるだけの相手を、こっちが怖がるのは、失礼やろ」
※
私は今も、その山の仕事を受けている。
入るときは、一礼する。
出るときも、一礼する。
下りるときの礼だけが、少し長くなった。
何を言っているのかは、自分でもよくわからない。
返しますとも、まだ借りていますとも、言っていない。
ただ、山に向かって頭を下げている。
頭を下げている間、いつも同じことを考える。
祖父は、あの朝、どんな顔で下りたのだろう。
急いでいたはずだ。
急いでいたから、言い忘れた。
それだけのことが、六十年残る。
祖父の野帳は、今も鞄に入れている。
ときどき、最後の頁を開く。
丸は、上のほうで少しだけ線が切れている。
描き始めと、描き終わりが、繋がっていない。
私が描いた円も、たぶん繋がっていなかった。
枝で描く円は、そういうものだ。
最後の頁の丸は、鉛筆のままだ。
なぞり直すつもりは、ない。