やまけらし様

山道(フリー写真)

俺の家は物凄い田舎で、学校へ行くにも往復12キロの道程を自転車で通わなければならない。

バスも出ているけど、そんなに裕福な家でもないので、定期を買うお金が勿体無かった。

学校への道は、少し遠回りだけど街中を通る道と、若干近道だけど山越えをする道との二つがある。

でも俺は山越えで汗だくになるのが嫌だったので、殆ど街中のルートを通っていた。

ある日、学校の体育館で友達とバスケをしていて遅くなった俺は、早く帰ろうと自転車で山越えをしようとしていた。

街中に入る道と山道に入る道の分岐点にあるコンビニで飲み物を買い、いざ山越えに。

日が沈み始めた山道は結構不気味で、ひぐらしの鳴く声を聞くと心細くなってやけに不安になる。

戻って街中を通ろうかな…などと思いつつ、ガッシャンガッシャン自転車を漕いでいると、急に

「も゛っも゛っも゛っ」

という、表現し難いうめき声のようなものが聞こえ、その瞬間に何かが背中にドスッと落ちて来た。

上半身をグッと下に押し付けられるような感覚に襲われ、冷や汗とも脂汗とも言えない妙な汗が体中から噴き出して来た。

怖くて振り向けずに、取り敢えず峠を越えようとがむしゃらに自転車を漕ぎ続けていた。

その間にも背中から、

「も゛っむ゛む゛っ」

と変な声が聞こえている。

『絶対に変な物を背負ってしまった。どうしよう…』と涙目になって自転車を漕いでいたら、上り坂の終わり、峠の中腹の開けた場所に出た。

息を切らしながら足を付いて崖側の方に目を向けると、小さな女の子が居た。

夕日の色でよく分からなかったけど、白っぽいシャツの上にフード付きの上着と、デニムスカートを穿いたセミロングの子。大体6~7歳くらいに見えた。

車なんて通らない田舎の山道に、しかももうすぐ日が暮れてしまう山道に、女の子が居るはずがない。

『ああ…ひょっとしなくても幽霊か…』と思い動けないでいると、その子は小走りで俺の足元まで来て、俺をじーっと見上げた。

10秒くらい見つめたかと思うと、急に俺の太ももを埃を払うようにパンパンッと叩いた。

「大丈夫だよ、安心して?」

と言っているかのようにニッコリ笑うと、崖の向こう側に走って行き、そのまま消えてしまった。

『崖下に落ちた!?』と思って自転車を降りて覗いて見たけど、崖下には人が落ちた形跡は無かった。

やっぱり人間じゃなかった訳だ…。

不思議な事に、女の子に太ももを叩かれてから背中の重みも消え、妙な声も聞こえなくなった。

結構暗くなってから、やっとこさ家に帰った俺は、あの背中の妙なものと峠に居た女の子の事をばあちゃんに話した。

ばあちゃんはその話を聞くと、何の木か判らないけど、葉っぱの沢山付いた枝を持って来て、俺の頭から背中、腰にかけて2、3回払った。

一体何事かと聞くと、

「お前が会ったのは『やまけらし様』だ」

と教えてくれた。

ばあちゃんの話によると、背中に落ちて来た物は、俺を向こうの世界に引っ張ろうとしたかなり性質の悪いもので、そのままだったら確実に引っ張られていたらしい。

そして峠の途中で会った女の子が『やまけらし様』だそうだ。

『やまけらし様』は山の神様の子供で、全部で12人居るらしい。

普段は人に対して特に何をするでもなく、山を遊び回っているだけなのだが、俺に憑いたものが余程悪かったのか、それを払って捨ててくれたそうだ。

「無邪気で純粋な『やまけらし様』はきっと、とんでもない物を背負ってるお前が可哀想に見えて、取ってくだすったんじゃろ…」

との事だった。

俺は何とか『やまけらし様』にお礼をしようと、お供え物をあげる事にした。

昔は12足の小さな草鞋を供えたらしかったので、俺も供えようとしたけど、草鞋なんてどこにも売っていない…。

ふと『やまけらし様』を思い出すと、なかなか現代風な格好をしていたので、小児用の動きやすいスニーカーを12足供える事にした。

取り敢えず2足買って、朝の登校時にあの峠の中腹の草むらに揃えて置いていた。

帰りに無くなっているか確認したかったけど、ばあちゃんの話だと

「夕暮れの時間は良くないものがうろつくから危ない」

という事だったので、次の朝の登校時にまた同じ場所を見に行くと、靴が無くなっていた。

きっと『やまけらし様』が気に入って、履いてくれたんだろうと思う。

お小遣いの関係で、一週間に2足ずつしか供えられないけど、来週には全部供えられる。

走りやすいスニーカーを履いて山の中を遊び回っている『やまけらし様』を想像すると、自然とニヤけてしまう。

いつかまた目の前に現れてくれないかな…。

と淡い期待を抱く俺の登校ルートは、自然と山越えになってしまった。

関連記事

雪景色(フリー素材)

もどり雪

一月の終わり、山守りのハルさんは、山の見廻りを終えて山を下っていた。 左側の谷から、強烈な北風に舞い上がった粉雪が吹き付けてくる。 ちょっとした吹雪のような、『もどり雪』だ…

日記帳(フリー写真)

祖父母の祈り

私が15歳の一月。 受験を目の前にして、深夜から朝まで受験勉強をしていた時、机の上に置いてあった参考書が触っていないのに急に落ちた。 溜息を吐いてそれを拾いに机の下に潜った…

無人駅

消えた駅『すたか』

この話は、京都駅からJR線に乗って長岡京に向かっていた主人公が、うっかり寝過ごし、見知らぬ無人駅「すたか」で降りることになった出来事です。 主人公は、薄暗く寂れた無人駅で待って…

恐怖のスイカ蹴り

俺の爺ちゃんの終戦直後の体験談。 終戦直後のある夏の夜の出来事、仕事で遅くなった爺ちゃんは帰宅途中の踏切にさしかかる。 当時は大都市と言っても終戦直後のため、夜になれば街灯…

女性のシルエット(フリー素材)

赤の他人

俺は物心付いた時から片親で、父親の詳細は判らないままだった。 俺は幼少期に母親から虐待を受けていて、いつも夕方の17時から夜の21時まで家の前でしゃがみ込み、母親が風呂に入って寝…

公園

公園の友達

お盆の季節になると、私はある思い出をよく振り返る。 私が小学2年生のころ、タケシという友達と日々一緒に遊んでいた。 我々のお気に入りの場所は川の近くの公園で、日が暮れるま…

おかめの面

出張で東北の方へ行った。 仕事の作業が完了した時には、帰りの新幹線に間に合わない時間になっていた。 宿泊費は自腹になるので、安いビジネスホテルを探してチェックイン。 …

材木(フリー写真)

木こりの不思議な話

朝、林道を車で走って現場へ向かう途中の出来事。 前を歩いていた登山者が道の脇によけてくれたから、窓越しに会釈をした。 運転していた相方は「お前、何してるんだ」と言い、 …

廊下(フリー写真)

放課後の部室で

うちの高校の演劇部の部室での事。 私は当時、演劇部の部長だったので、一人で遅くまで部室に居る事があった。 ある日、いつものように部室に残っていたら、ふと人の気配を感じた。 …

旅館(フリー写真)

いにしえの宴会

旅行先で急に予定が変更になり、日本海沿いのとある歴史の旧い町に一泊することになった。 日が暮れてから旅館を予約したのだけど、シーズンオフのためか、すんなり部屋が取れた。 …