ワンタ

公開日: 不思議な体験

ジュース(フリー写真)

幼稚園に入る少し前くらいだっただろうか。

子供の頃に、毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。

大きさは、自分よりも大きかったから、犬のゴールデンレトリバーぐらいだと思う。

がっしりとした体で足が太く、体は真っ白で毛が長く、目は濃い水色で透き通っていた。

今でもはっきりと覚えているのは、尻尾が五本あった事と、両目の間から山吹色の短い角みたいなのが一本生えていた事。

俺はその動物を『ワンタ』と呼んでいた。

俺が好きだったグレープジュースを一緒に飲んだり、白い柔らかな煎餅みたいなお菓子を分け合って食べたりしていた。

よく俺がワンタと一緒に遊んでいると、おふくろは一度だけワンタを見た事があるからなのかな、ジュースを二つ用意してくれたのを覚えている。

ただ、親父にはワンタは見えないらしく、勝手にワンタのジュースを片付けてしまったりして、よく俺が泣いていた。

ワンタは中学校に入るちょっと前ぐらいに、

「もうお前と遊ぶことができなくなってしまうなぁ。でも、いつもここにいるからな」

というような事を言い、それ以来ワンタとは会えなくなった。

中学1年生の中頃まで毎日のように庭に出たけど、あの日以来ワンタの姿を見る事はできなかった。

どうして突然こんな事を書いたかと言うと、実は俺、少し前まで膵炎で入院していたんだ。

痛いし何も飲み食いできないしでえらい苦しかったんだけど、ある夜、夢にワンタが出てきたんだ。

俺がベッドで横になっていると、俺の足下にワンタが座っていた。

「ああ、久しぶりだなぁ……」

と俺が言うと、ワンタは心配そうな顔つきでじっと俺の顔を見つめると、突然ガウッと吠えて俺の胸に食らいついた。

痛みはなく、ワンタが何かをしてくれているという事を感じたので、暫く胸元に食らいついている姿を見ていると、やがて顔を上げたワンタの口に何かがぶら下がっていた。

それは黒いゲジゲジの虫のようで、空気に解けるようにして消えてしまった。

「もう大丈夫だな」

ワンタがそう言ったところで目が覚めた。

翌日、目が覚めると体が軽く、その夢を見た日を境に俺の体調は、医者も驚くほどの早さで一気に好転して行った。

子供の頃に毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。

俺の子供の頃の記憶から飛び出したワンタは、俺を救ってくれた。

恐らく、何となくだけど、もう生きている間には二度とワンタと会えないような気がする。

庭に向かってお礼を言っても、それが伝わっているか、今の俺には分からない。

だから、ここに書かせて欲しいんだ。

ワンタ、助けてくれてありがとう。

偶に、庭にグレープジュースを置いておくから飲んでな。

関連記事

インフルエンザウィルス(フリー素材)

高熱とアリス症候群

去年の年末、俺がインフルエンザで倒れていた時の話。 42度という人生最高の体温で、意識もあるのか無いのか分からない状態で俺は寝ていたのだが、尿意に襲われてふらふらと立ち上がった。…

地下鉄(フリー写真)

目に見えない存在の加護

その日はいつも通りに電車に乗って会社へ向かった。 そしていつものようにドアに寄り掛かりながら外の景色を眺めていた。 地下鉄に乗り換える駅(日比谷線の八丁堀駅)が近付いて来て…

マンション(フリー写真)

夢の中の会話

私は十年近く前、誘拐されたことがあります。 私を誘拐し拉致したのは同じマンションに住む女の人で、私は風呂場に閉じ込められました。 縛られたりはしなかったのですが「逃げたら…

アリス(フリーイラスト)

アリス症候群の恐怖

自分は小さい頃から「不思議の国のアリス症候群」の症状があった。 時々遠近感が曖昧になったり、周りの物が大きくなったり小さくなったりする感覚に陥る。 大抵の場合、じっとしてい…

神に愛されるということ

私は占い師に「長生きできんね」と言われたことある。理由も聞いた。 「あんた、大陸に行ったことあるだろう? そこで憑かれたんだと思うけど、悪霊なんてもんじゃない。神に近いから、まず…

キャンプファイアー(フリー写真)

火の番

友人が何人かの仲間とキャンプに出掛けた時のことだ。 夜も更けて他の者は寝入ってしまい、火の側に居るのは彼一人だった。 欠伸を噛み殺しながら、 『そろそろ火の始末をして…

晴明神社(フリー素材)

晴明神社

京都にある晴明神社に行った時の事。 安部の晴明は今でこそ有名で、観光客も沢山居るらしいが、十年近く前のその頃は一般的にはあまり知られておらず、神社も全然人気が無かった。 私…

光(フリー素材)

異世界に続く天井裏

俺のクラスに新しく転入生の男子が来た。 彼はいつも机に突っ伏して塞ぎ込んでいて、未だに友人は一人も出来ていないようだった。 きっとクラスに馴染めずに大変なんだろうと考えた俺…

家(フリー素材)

予兆

会社からの帰宅途中に新しい家があり、その家のベランダを見たら女性が体育座りをしている。 それだけだったら変じゃないけどさ。 よく見たら家族で体育座りをしているんだよね。 …

登山(フリー素材)

赤い着物の少女

システムエンジニアをやっていた知人。 デスマーチ状態が続き、残業4、5時間はザラ。睡眠時間は平均2〜4時間。 30歳を過ぎて国立受験生のような生活に、ついに神経性胃炎と過労…