そこなし沼にて
親父は教師をしており、俺は小学二年生まで教員住宅に住んでいた。
俺の家の裏は林になっていて、そこに『そこなし沼』と呼ばれる沼があった。
その周りではクワガタが沢山捕れるので、よく友達と遊びに行っていた。
※
ある日、いつものように友達とクワガタ捕りに行くと、その沼の奥に何やら白い人影が見える。
白いワンピースを着た中学生くらいの女の子だった。
普段は全く人気のない場所だし、道なき道を泥まみれになりながら進まなければ来られない場所だった。
しかし当時はまだ小学生だったため、特に不信には思わなかった。
「遊ぶ?」と尋ねると、その女の子は、
「ちょっと良いところ知ってるんだ。カエルがいっぱいいて、面白いよ」と言う。
そして俺の手を引っ張って、工事現場のような場所へ連れて行かれた。
近くには田んぼがあり、確かにカエルが沢山いた。
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その女の子とカエルを捕まえたりして遊んでいるうちに遅くなったので、その子と別れて家に帰る事にした。
初めて来た場所とは言え『そこなし沼』からはそう離れていなかったし、沼まで辿り着けば、後は勝手知ったる土地。
暗くなり始めてはいたけど、10分もあれば着けるだろうと思っていた。
そして沼も通り過ぎて、我が家が見えて来た。
※
「ただいまー」
いつものように玄関を開けると、何だか様子がおかしい。
まだ帰って来ていないはずの父が居る。いつもの我が家とは違う変な空気だ。
「お前…何処行ってたの!!!」
突然、母に怒鳴られた。訳が解らない。
「探したんだから!近所中で!」
時計を見てみると、何と深夜の二時。外を見て愕然とした。
辺り一面、夜の闇に閉ざされていた。
とても林の中を歩いて来たとは思えないほど真っ暗。
さっきまで、ちょっと日が落ちかけていたくらいだったのに。
※
結局その後、さんざん怒られて、この一件は俺が道に迷ったということで片が付いた。
あまりに不思議な出来事だったため、俺と一緒に遊んでいた友達にも聞いてみたところ、
「昨日、お前と遊んでないじゃん」
と言われた。
確かに思い出してみても、友達との記憶は沼までのところで途切れている。
それ以降は何故か俺と女の子との記憶しかない。
沼から帰って来た時も一人だった。
※
今になって当時のことを親に聞いてみた。
「その女の子の話、全然知らなかった…。
あの時さあ、ビービー泣くと思ってたんだよ。怒った時さ。
でもあんた、何かボーっとしてるんだよね。確かにちょっと気味が悪かったよ。
それに、あそこには工事現場も田んぼもなかったよ。ただの山だもん」
俺が深夜遅くに一人で帰って来て、様子が変だったというところまでは事実と言えるのだけど…。
その他の記憶は一体何なのか、未だに判らない。