死後の世界への扉

black_hole

これは母から聞いた話です。

私の曽祖父、つまり母の祖父が亡くなった時のことです。

曽祖父は九十八歳という当時ではかなりの高齢でした。

普段から背筋をぴんと伸ばし、威厳ある老人だったとのことです。

しかしそんな曽祖父も老衰には勝てず、床につくようになりました。

曽祖父は、母の住む家のごく近所に住んでいたため、母の母、つまり祖母が看病に通っていました。

母は当時高校生で、曽祖父が亡くなった日も学校へ行っていました。

一週間くらい前から、そろそろだと言われていたそうですが、まだ大人でない母に人の死に目など見せないほうが良いという祖母の判断で、母は曽祖父の床へは近付くことを許されませんでした。

学校から帰った母は、自分の部屋で畳の上に仰向けになり、取り留めもない考え事をしていました。

一時間に一度、「ぼーんぼーん」と居間にある柱時計の音が聞こえてきます。

『いま、何時だろう』

そう思って母が机の上の置時計を見上げた瞬間でした。

『あっ!』

体の自由が利きません。視線以外は全く動かせないのです。

『これは金縛りだ』

この事実に少し混乱しましたが、それと同時に母は曽祖父のことを思い浮かべました。

『まさか、おじいちゃん……』

すると、曽祖父の家がある方角の壁から突然、白い馬の首が現れました。

馬はそのまま、壁を抜けて母の部屋に入って来ます。

白い馬は、着物を着た人を乗せていました。

何もかも真っ白で、額には三角頭巾。幽霊の装束です。

幽霊を乗せた白い馬は次から次へと現れ、全部で六頭になりました。

彼らはゆっくりと、重々しく進んで行きます。

真っ白な着物のたもとが風になびくように揺れています。

その集団が母のすぐ側まで来たとき、その中の一人が母の方を見ました。

『おじいちゃん!』

それは紛れもなく曽祖父の顔でした。

曽祖父は威厳に満ちた穏やかな、しかし感情のない顔で、しばらくの間ただじっと母を見ていました。

やがて曽祖父は前を向いてしまいました。

その時になってようやく、母は首だけ動かせるようになっていました。

彼らがどこへ向かっているのか気になって、母は首をめぐらせて彼らの行く方向を見ました。

部屋の反対側の壁へ消えて行くのかと思いきや、彼らの進む方向には穴がありました。

ぽっかりと、灰色の渦のような、異次元への入り口を思わせるような穴でした。

『おじいちゃん、死んでしまったんだ』

その穴を見た瞬間、母ははっきりとそう思いました。

母が見ている前で、彼らは静々と進んで行き、やがてその穴の中へ消えてしまいました。

彼らが消えると同時に、母の金縛りも解けました。

そしてその日の晩、母は曽祖父が亡くなったことを知ったのでした。

亡くなった時刻は、ちょうど母が金縛りに遭っていた時刻だったそうです。

この話には、少し続きがあります。

後年のことですが、機会があって母は友人と金縛りの体験について話をしたそうです。

その友人の旦那さんは、頻繁に金縛りに遭う方で、親戚の誰かが亡くなると必ず金縛りに遭い、しかもその間、亡くなった人が穴へ吸いこまれて行くのを見るとの話でした。

その話を聞いて母が自分の体験談を話すと、友人にその穴の絵を描くよう言われました。

旦那もそんなような穴だと言っていたからと言うのです。

母は近くにあった子供用のクレヨンで、その穴の絵を描きました。

帰宅した友人の旦那さんにその絵を見せると、その穴はまさに、旦那さんが見る穴にそっくりだったそうです。

関連記事

友子が二人

一人で繁華街を歩いていると、ガラス張りのカフェ店内の窓際席に一人でいる友子を見つけた。 友子の携帯に電話して驚かせようとしたが、友子は電話に気付かない。 じっと座り、目を左…

暗い歌

数年前、ある靴屋で働いていた時の事。 あまり忙しくない店だったから、閉店後の片付けはスタッフが1人で行っていたんだ。 ある夜、僕が1人で閉店準備をしていると、店内にかかって…

竹下通り

竹下通りの時間の谷間

5年前、当時の彼女と一緒に竹下通りでの買い物を楽しんでいました。 祭日の快晴の日で、若者で賑わう街中を歩いていた時、突然トイレに行きたくなりました。 しかし、店内にトイレ…

オートロック

幽霊がいるって信じてないんだけど、一度だけ不思議な経験をしたことがある。今思ったら怖い体験なんだけど…。 4年前、神戸に住んでいた時、警備会社でアルバイトしてた。 大概夜勤…

四国のホテル

怖くないかもしれないけど、俺が昔体験した話。 子供の頃、四国に家族旅行へ行った時、泊まっていたホテルで黒い着物姿の女に手招きされる夢を見た。 夢の中で、俺はふらふらと抵抗す…

案山子の神様

田舎住まいなので、通学時にはいつも田んぼの脇道を通っていた。 その日も家に帰るため、いつものように田んぼの脇道を、カエルの鳴声を聞きながら歩いていた。 すると田んぼの中に、…

行軍

爺ちゃんの従軍時代の話

子供の頃に爺ちゃんに聞いた話を一つ。 私の爺ちゃんは若い時、軍属として中国大陸を北へ南へと鉄砲とばらした速射砲を持って動き回ってました。 当時の行軍の話を聞くと、本当に辛か…

口(フリー素材)

両親の不可解な行動

自分の錯覚と言われてしまえばそれまでなのだけれど…。 当方大学一年。両親と一緒に暮らしている。最近引っ越すまで 2LDKのアパートに住んでいた。 「私の部屋」「キッチンを挟…

電話機

過去への通話

遡ること、今から15年以上前の高校時代、母から奇妙な話を聞かされたことがある。母は言った。「昨日、お前から電話がかかってきた。『もうすぐ○○(私たちが住んでいるところ)に到着する』と…

生き霊

母の会社の同僚の話。仮に村上さんとします。 村上さんはいつからか、肩こりのようなものに悩まされていた。それまでは、そういった事に悩むような事は全く無かったそうです。 若い時…