金縛り中の他者的視点
以前、一度だけどうにも奇妙な体験をしたことがある。
金縛りというものは多くの人が経験してると思うが、あれは脳の錯覚だ。
本当は寝ているだけなのに、起きていると脳が勘違いをしてしまうために起こる現象なのだと一般的には言われていて、俺も全くそうだと思う。
じゃあ、金縛りが起きた時、実際にその様子を他者的視点から見たらどう見えるのか。
俺はそのことに興味が湧き、実際に自分の寝姿をビデオに撮ることにした。
寝る前にカメラをセットし、寝てる間に金縛りに遭ったと思ったら、朝起きてビデオを確認するという段取りだ。
しかし、そう都合よく金縛りに遭遇することもなく、始めてから2ヶ月くらいは空振りの日々が続いた。
※
ある日の夜、ついにその時が訪れた。
その日は特に疲れたということもなく、今日もきっと空振りだなと思い、特に期待せず眠りに就いたのだが、眠ってから感覚的に4時間くらい経った頃、金縛り直前特有の嫌な感覚が襲ってきて、直後に意識が覚醒したと思うと同時に体が硬直。
ついに来たかという興奮と、冷静になろうとする感情が入り乱れる。
今回の目的は、金縛りになることもそうだが、この状態をいかに長く持続させるかが重要だ。
長時間金縛り状態を保たないと、ビデオを見た時にどこがそれだったのか分からない可能性が高いからだ。
俺はリラックスしすぎないように手や体を動かそうとしながら「やはり動かないな」などと妙に冷静な状態を保つことができ、金縛りになってから5分くらいは経った感覚があった。
この状態を保つのにも疲れてきて、もうそろそろ良いだろうということで、最後の仕上げに掛かった。
今回、金縛りに遭うことの他に、自分の中である計画があった。
金縛り中に思いっきり叫んでみたらどうなるか、だ。
金縛りの最中、思いっきり叫ぶその様子を外から見たらどう見えるのか。
本当に叫んでるのか。それとも叫んだと思っただけで実際には叫んでないのか。
それが知りたかったので俺は金縛りの最後に全身全霊を振り絞って「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」と叫んでみた。確かに自分では叫べたと思った。
叫んだと同時に力を使い果たし、意識が遠のいて、気がついたら朝になっていた。
※
その日、妙に体がだるい。あれだけ気力を振り絞ったのだから当然だとも言える。
本当なら撮った映像をすぐにでも見たいところだが、とりあえず仕事に出掛け、帰ってきてからビデオを見ることにした。
仕事から帰宅し、いよいよ昨日撮ったビデオを見る。
楽しみだが、まあ恐らくただ自分が寝てる姿が映し出されているだけだろう。
叫んだところがどう映ってるのかが気になるところだ。
カメラを PCに繋ぎ、ファイルを確認する。
ここでちょっとおかしなことに気づいた。
通常、保存された動画は「通し番号.拡張子」となる。
フォルダ内には、数日前から消さずに撮りためた動画ファイル数個と、昨日撮った動画ファイルだけがあるはずだった。
しかし、フォルダ内には「ssggggg34333333333333」「B9めn項sSもp懺れ履水」のような滅茶苦茶な名前のファイルが 30個くらいあった。
拡張子もない。ダブルクリックしても当然開けない。
ファイルサイズはそれぞれ 3KB~550MBくらいまであったが、ためしに動画と同じ拡張子を付けてダブルクリックしてみても、再生されない。
仕方なく、ちゃんと「通し番号.拡張子」となってるファイルを開くことにした。
通し番号が一番新しいものが昨日撮った映像だろう。更新日時も今朝になっている。
再生が始まり、部屋が映し出される。
角度的には、ベッドで寝てる俺の足元の斜め上から俯瞰で撮っている形だ。
画面の下が一番手前になり、俺の足側、画面の上が一番奥になり俺の頭側ということになる。
しばらくは何事も起こらなさそうなので早送りをする。ここで『あれっ』と思った。
この動画の総時間が画面の右下に表示されているのだが、4時間ちょっとしかない。
寝た時間から考えると、7時間くらいあるはずなのだが、妙に短いのだ。
ずっと早送りを続ける。
その間、ベッドで寝ている俺は時折寝返りを打ったり微妙に動いているだけで、何の変化もない。
動画の 4分の3を過ぎた辺り、つまり開始から3時間経った辺りまで早送りしたが、何の変化もない。
しかし、昨日の感覚的に、このあたりで金縛りに遭ったんじゃないかと予想を立てて、この辺りから通常再生にする。
動画開始から 3時間半を過ぎた辺りで、異常が起こった。
先程と変わらぬ寝返りを打とうとした俺が、寝返りを打つちょうど真ん中あたりで画面が固まった。
具体的に言うと、右手が空中に浮いた状態で画面がそのままになってしまった。
『あれ?』と思って画面をよく見ると、再生自体は続いている。
経過時間を表す数字も、変わらず進み続けている。
画面の中の俺だけが不自然に腕を空中に静止させたまま、一時停止のように動かないのだ。
もしかしてこれが金縛りなのか? あまりの予想してなかった展開に心臓がバクバクしている。
金縛りとは脳の錯覚ではなかったのか?
実際に体が硬直するものだとは思いもしなかったので、どう捉えていいのか解らないまま動画は再生を続ける。
硬直してから 3分、画面は変わらないままだ。
と思ったが、何かおかしい。
『この違和感は何なのか?』と疑問に感じている内にはっと気が付いた。
寝てる俺の足元の布団の中から、何か黒いものが出てきている。
あまりにゆっくりとした動きのため気付かなかったのだが、明らかに俺の体じゃないものが俺の足元からなんか出てきている。
やがて、黒い部分の他に白い部分も見え始めた。
どうやら髪の毛と額のようだ。
人の顔。
人の顔が、俺の足元の布団から逆さまにゆっくりと出てきている。
それに気づいた瞬間、俺は心臓が飛び出そうになった。
もう動画を見るのをやめよう。
そう思ったが、なぜか動画を見るのをやめられない。
手がガタガタ震えているのに、なぜか動画を見ることをやめてはいけないかのように、停止ボタンをクリックすることが出来ない。体の自由が利かない。
起きながらにして金縛りに遭っているかのように。
ついにその「顔」は、半分近く布団からせり出し、目が完全に見えている。
その両目はまったく生気がないが、カメラ越しにこっちを見てるように見える。
そのうち、映像から「ミュンミュンミュン」という金属的な音や「ビシ」「バシ」という破裂音も聞こえ始めた。
このまま見続けたらやばい、あの顔が全部出てしまったらやばいと直感でそう感じる。
『やめてくれ、もう見たくない、やめてくれ!』
心の中で叫び続ける。動画の再生時間はもう間もなく終わりに近づいている。
『頼む!このまま全てが見える前に動画が終わってくれ!』と念じた次の瞬間、信じられないものが画面に映った。
画面の端からぬっと現れた人影がビデオのスイッチを押して録画を停止させたのだ。
しかし、その画面に映った、録画を停止させた人物は、他ならぬ俺だった。
画面に現れた俺は、無表情のままカメラに手を伸ばし、スイッチを押した。
それを見た俺はもはや恐怖と混乱が頂点に達し、そのまま気を失ってしまった。
気付いたら、PCデスクに突っ伏したまま朝を迎えていたが、モニタ上のフォルダには動画ファイルと謎のファイルがそのまま残っている。
夢ではなかったのだ。
正直、そのファイルを再生する気には二度となれず、動画を消去した上に、カメラもその後処分してしまったのだが、その日は気分が悪く会社も休んでしまった。
あの時俺が見たものは一体何だったのか。
録画を停止させたのは、紛れもなく俺だったが、そんな記憶はないし、だとしたら布団で寝てたのは一体誰だったというのか。
そしてあの顔は。
あれ以来、俺は一度も金縛りに遭っていない。