巻き戻った時間

時計(フリー素材)

子供というのは錯乱すると、訳の解らない行動をしてしまうものだよな。

子供の頃、俺に起こった不可思議なお話。

当時は5月の節句で、俺のために親が飾ってくれた兜と小刀が居間に置かれていた。

幼稚園生だった俺には、それが魅力的な遊び道具にしか見えなかった。

その長さ30センチ程の模造刀を、自慢気に自宅前の公園までこっそり持ち出し、友達と遊んでいた時の事だった。

勿論、模造刀だから刃に触っても切れはしないのだが、先端は鋭くなっており、何かの拍子で俺は可愛がっていた弟分の目を刀で突いてしまった。

噴き出す血にパニックになりながらも、俺は慌てて自宅まで母ちゃんを呼びに走った。

慌てて駆け付ける俺の母ちゃんと、その子のお母さん。

公園も騒然としていて、救急車で運ばれて行く弟分。

子供ながらに取り返しの付かない事をしてしまったのが理解できた。

泣きながら自宅へ連れ帰されると、暗い仏間の隅で独り泣きじゃくっていた。

どれくらいそこで泣いていたのか分からないが、うつ伏せになって泣いていた俺の周りが明るくなっている事に気が付いた。まるで朝日が差し込むように。

その事故が起きたのは昼の14時頃だったはずだが、辺りの雰囲気はすっかり朝のそれだった。チュンチュンと鳴く雀の鳴き声、差し込む光。

突然、母ちゃんの声が聞こえた。

「あんたそんなとこで何してんの!早く歯を磨きなさい!」

訳も解らないまま顔を上げると、朝の忙しい我が家の光景だった。

俺は母ちゃんにただただ「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝って、「○○ちゃんどうなったの?」と聞いてみたが、「○○ちゃんどうかしたの?」と逆に聞き返してくる始末だった。

「だから、昨日刀を目に突き刺しちゃったじゃないか~」と言うと、「何!あんたそんな事したの!怪我は? 昨日のいつそんな事したの?」と聞き返すばかり。

ますます訳が解らなくなり、居間の兜を見に行くと刀が無い。

理解できないまま幼稚園に行くと、弟分はお母さんと一緒に居て、目に眼帯をしていた。

『あ~、やっぱり俺はやってしまったんだ』と落ち込み、恐る恐る謝りに弟分のところへ行くと、普通に

「○○(俺)ちゃんおはよ~。○○(弟分)、今朝から目にばい菌が入って腫れちゃってるのよ~。いじらないように見張っててね」

と予想外の事を言ってきた。

腫れた目は、俺が昨日してしまった事とは関係なく、今朝起きたらなっていたと言う。

頭が混乱したまま自宅へ帰ると、母ちゃんが

「あんた、刀どこにやったの? 危ないから遊び道具にしちゃ駄目だって言ったでしょ!」

と言うので前の公園に探しに行くと、ベンチの上に刀が置いてあった。

夢ではなく確かに俺は弟分の目を突いてしまったはずなのに、何事も起きていない日常に戻されていた。

暗い部屋で独り泣いていたはずなのに。

弟分の目の腫れと言い、刀の紛失と言い、本当に今だに理解できない出来事でした。

追記

当時は幼かったので、日付は戻ったのかどうか分かりません。

とにかく申し訳なくて、怖くて、いつも一緒にいた弟分だったので悲しくて悲しくて。

人間関係が変わったりしていた事は無かったような気がします。

その後も、節句の度にその短刀を見ると思い出していました。

俺の記憶違い、傷の程度を見誤った、親の隠蔽…どれも違うように感じています。

生々しく突き刺してしまった感触や、流れる鮮血、泣き声、大人達の慌て様、それらが全て実際に体験した記憶として残っております。

関連記事

森(フリー写真)

森の中の人

俺は中学の時、死のうと思っていた。凄い虐めに遭っていて、教師も見て見ぬ振り。両親共に不倫していて俺に興味なし。 身体中に痣があり、その日は顔もボコボコで、もう息をするのも辛かった…

炎

再生する時間

私は一度死んだことがあります。この事実だけ聞いても、どういうことか理解しづらいと思いますので、詳細をお話しします。 私が小学1年生の頃の話です。夏休みが終わり、2学期が始まりま…

古書店の本棚(フリー写真)

客寄せ仔猫

伯父の高校時代に、伯父が好きだった娘がいた。 高校卒業後は、偶に同窓会で顔を合わせる程度の付き合いだった。 しかし数年経って、その娘が親の勧める縁談を受けて結婚し、夫の仕…

旅館での一夜

甲府方面にある旅館に泊まった時の話。 俺と彼女が付き合い始めて1年ちょっと経った時に、記念にと思い電車で旅行をした時の事。 特に目的地も決めておらず、ぶらり旅気分で泊まる所…

死臭

人間って、死が近づくと死臭がするよね。 介護の仕事をしていた時、亡くなるお年寄りは3、4日前から死臭を漂わせてた。 それも、その人の部屋の外まで臭うような、かなりハッキリした臭い…

浮世絵(フリー素材)

タイムスリップ

昭和50年前後の事です。 東京近郊の県ですが、うちの祖父母が住んでいた家は古い農家の家でした。 農業は本職ではなく、借りて住んでいました。 敷地を円形に包むように1…

運が良いね

今から話すお話は3年前、僕がまだ高校2年生だった時の話です。 その頃、僕はとあるコンビニでバイトをしていました。そのバイト先には同い年の女の子と、50過ぎくらいの店長、あと4人程…

時空

時空トンネル

数年前、子供の頃に不思議だった出来事が繋がった話です。 5才くらいの記憶で、その頃はよく畑仕事に兄と付いて行っていたんです。 畑から数十メートル離れた場所に、大きな岩が何個…

廃墟

廃屋の歯の謎

高校生の頃の話です。実家で犬を飼っていました。弟が拾ってきた雑種犬です。 その犬を2年ほど飼っていると、家族の一員のように感じるようになり、私も時々散歩に連れていました。 …

眼鏡

眼鏡の思い出

祖父が生前、私たち家族には常に厳しい人でありながら、時折見せる優しさとともに存在感を放っていました。 彼が亡くなった後、家族として彼を失った悲しみが心の隅に深く残っていました。…