小さな鍾乳洞

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少し昔……と言っても15年以上前の話になる。

俺の地元には小さな鍾乳洞がある。

田んぼと山しかないド田舎だったので、町としても鍾乳洞を利用して観光ビジネスを興そうとしたらしいのだが、町の資金繰りが悪化したとかで、開発半ばにして放置されてしまっていたのだ。

まあ、それは仕方ない。大人の事情とかいろいろあったのだろう。

そんな感じで放置されてしまった鍾乳洞であったが、その鍾乳洞はちょっと普通ではなかった。

鍾乳洞らしい入り組んだ道も勿論あるのだが、それより特筆すべきなのは、入口から10メートルくらい進んだ先にある広い空間だった。

25メートル四方はあるかという空間に天井の丸穴から温かな日差しが降り注ぎ、足元を流れる冷たい水はその光を反射して、まるでサファイアのように青くキラキラと輝いている。

奥に行けば水深も丁度1メートル位になっていたので、当時の俺達にとっては天然のプール兼秘密基地として利用させてもらっていたわけだ。

勿論、大人達からは鍾乳洞に入るなという事をきつく言い含められていたのだが、まだ幼い俺達はなぜ大人が鍾乳洞で遊ぶなと言っているのかを十分に理解している奴なんて居なかった。

俺達は毎日飽きることもなく鍾乳洞で遊び、家からこっそりお菓子を持ちこんだりして、半ば自分達の部屋のように利用していた。

彼と出会ったのは、そんな夏の日。

丁度、村の一大イベントである夏祭りが開催された日の事だった。

その日ばかりは、俺達も鍾乳洞で遊ぶ様な事はなく、夏祭りの開催地となる神社で大人達が準備しているのを横目に境内を走り回っていた。

彼は夏祭りの準備をしていた大人達の誰かに付いて来ていたようで、手持ち無沙汰気味に木陰の下に座り込んでいた。

彼は俺達が遊んでいるのをしばらく眺めた後、俺が鬼ごっこの鬼になった時に「俺も混ぜてくれない?」と話しかけて来た。

「別に良いけど、お前誰だ?」

田舎ではなかなか見ない垢ぬけた雰囲気を持った少年に、俺は少しだけ尻ごみしてしまった。

俺のそんな様子を見て彼は笑いながら、「俺は○○。夏休みで暇だったから、おじいちゃんの家に遊びに来たんだ」簡単に自己紹介をしてくれた。

初めは余所者である少年に対して少しだけ警戒心を持っていた俺達であったが、少年の語る都会の話は面白く、一緒に遊んでいるうちに俺達はすぐに打ち解けてしまった。

だから、まだしばらく村に滞在するという少年に対して「それじゃあ、今度俺達の秘密基地に案内してやるよ」と言ったのは決しておかしな事ではなかっただろう。

その日集まったのは同級生のA・B・C、そして俺と少年を含めた5人だった。

少年は俺達から鍾乳洞の話を聞くと、瞳を輝かせワクワクした様子で「早く行きたい!」と俺達の後に続いた。

狭い道を通り過ぎ、件の空間を見た少年は興奮した様子で声をあげた。

「うわー、すっげー!! ゲームみたいだ!!」

そんな風に歓声を上げた少年に対して俺達は少しだけ得意になった。

少年に奥に行けばプールみたいになっている事を伝えると、持ってきていた水着に着替えて青く光るプールに飛び込んで行った。

そこに俺達も混ざり、その時は学校のプールのように水を掛け合ったりしながら、時間を忘れてはしゃいだのだった。

しばらく皆で楽しく遊んだあと、小腹が空いてしまったので少年とCを残して家までおやつを取りに行く事となった。

一度家に戻り、全員が揃ったのはそれから20分程経った頃だったと思う。俺はお菓子と一緒にカルピスを水筒に詰めてA・Bと合流した。

そして、3人で一緒に件の鍾乳洞に戻ってみると、そこにいるはずのCと少年が消えてしまっていた。

初めはCと少年がふざけて隠れているものとばかり考えていた俺達は、岩の後ろや、奥に続く穴をのぞき込んだりもしたのだが二人の気配すら感じられない。

いよいよヤバいんじゃないかと俺達が焦りを覚え始めた頃に、先ほどまで俺達が泳いでいた湖面から細かい泡がブクブクと浮き上がってきていることに気付いた。

他の二人も俺の視線を追ってその泡に気付いたようで、無言でジッとその泡を見つめる。

皆無言のまましばらくその泡を見つめていると、徐々に泡は小さくなりやがて消えていった。

「(一体なんだったんだ?)」

他の二人とアイコンタクトを交わす。

すると、先ほど泡が吹き出していた場所から、サッカーボールのような半円の物体が音もなく浮かんできた。

一瞬凍りついた俺達だったが、すぐにそれがサッカーボールなどではなく子どもの頭だと分った。

それも、見覚えのあるあの長髪は間違いなく都会から来たあの少年だ。

A「おい、○○君!大丈夫か!?」

B「Cが居ないんだ!何か知らないか?」

俺「取りあえずこっちに来いよ!」

そんな風に俺達はその少年らしきモノに向かって話しかけるが、水に浮かんだその頭はなかなか俺達の方を見ようとしない。

そこで業を煮やしたAが「おい、お前無視すんなよ!」と声をあげて、水面に浮かんだ頭に向かって小さな石を投げた。

「ちょっと待て!」

「お前何してんだよ!!」

石を投げる直前に、俺とBがAを諌めたが、Aを止める事は出来ず、石は真っ直ぐにソレに向かい小さな音を立てて水面に落ちた。

幸い、その石が彼の頭に当たる事はなかったのだが、かなり近くに落ちたせいで跳ねた水が掛かってしまった。

B「危ないだろ!」

俺「当たったらどうすんだよ!?」

俺達がAに詰め寄ると、Aは憮然とした様子で「だって……」とか呟いていた。

そんなAから目を離し、ふと水面の方を見やると、そこにあったはずの頭がいつの間にか消えている。

「ちょっと……!」

俺が叫び出そうとした瞬間、奥に続く細い鍾乳洞の通路から「ガボ…ガボ……」と濡れた長靴を履いたまま歩くような音が洞窟の壁に反響しながら聞こえて来た。

それは小さな音だったので、言い合いをしているAとBはまだ気付いていない。

どういうわけか音の聞こえる奥の暗い穴から目が離せず、無意識にじりじりと後退する。

そこにきてようやくAとBも俺のただならぬ様子に気付いたようで、まるで抱き合うようにして音のする方へと顔を向けた。

奥に続く道からはなおも「ガボ…ガボ……」という不気味な音が定期的に続き、徐々に近づいてきているのか音も比例して大きくなってきた。

叫び声をあげて逃げ出したい気持ちも多分にあったが、なんとなく大きな音をあげるのはマズイような気がしてままならない。

そして気がつくと、俺達三人は水際に追い込まれてしまっていた。

「ガボ…ガボ……」という音はなおも近づいてくる。と、その時水にぬれた岩に足を取られてBが尻もちをついた。

それでハッと我に返った俺達は誰ともなしに「早く逃げろ!!」と叫び、不気味な音がする奥の穴とは反対の、出口に繋がる穴へと全力で駆けだした。

わき目もふらず無我夢中で走り、出口まであと少し。

そこで俺達は三度目の衝撃を受ける事となった。

「おおぉぉぉおおおおぉお!!」

地の底から響くような唸り声が出入り口付近から聞こえて来たのだ。

退路を断たれ奥に戻ろうにも、もうあんな不気味な場所に戻ろうとは思えなかった。

俺は足が竦み、腰も砕けて、力なくその場に座り込んでしまった。

「(もう駄目だ……!)」

本能的に恐怖から逃れようとしてか、俺はギュッと目を瞑った。

程なくして、頭を岩で殴られたような衝撃が走る。

目の奥で星が光り、「幽霊に殴られた!!……幽霊って人を殴れるんだなあ」と恐怖からおかしなことを考えていると、何故か居なくなっていたはずのCの声が聞こえた。

C「おい!大丈夫か!?」

俺AB「え?」

恐る恐る顔を上げると、心配そうな顔をしたCと鬼のような形相をしたB父とC父が仁王立ちしていた。

三人はポカンとしている俺達を放って、三人で話し始めた。

C父「こぉの、糞ガキ共が!!此処にはあれ程近づくなと言っていただろうが!!!」

B父「C!ここで遊んでいたのはコイツらだけか!?」

C「いや……まだ、都会から来た○○君が」

C父「ああ?!○○だと!?何処の子だ!!」

C「えっと、確か……○○さん家の孫だとか」

Cから話を聞いた父親たちは怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせると、「○○のじいさんは少し前に入院したはずだから、今は誰もあの家にいないはずなんだがなあ」と呟いた。

絶句する俺達。じゃあ俺達が遊んでいたのは一体誰だったというのだろうか。

B父「取りあえず、俺達でちょっと様子見てきてやるから、お前達は家に帰って待ってろ」

そんな疑問に答えを出す間もなく、B父に促されるまま俺達は各々の自宅へと帰らされた。

自宅に戻ってからはなにをする気力もなく、クーラーのきいた御座敷でごろごろと横になっていた。

父が帰って来たのは日が沈んだ頃。血相を変えて部屋に飛び込んできた父親は俺を見つけるなり、「この、馬鹿野郎!!」と言って俺を殴り飛ばした。

普段は温厚な父に殴られたことに俺は驚き、痛みもどこかに吹き飛んでしまった。

茫然と父を見上げていると、父はため息をついて静かに語り出した。

「あそこはな、昔からあまり良くない場所だって言われていたんだよ。

人が消えたとか、ケガをするって話が多くてな。開発の話が来た時も村としては反対したんだ。

でも、町は強引に開発をしようとした。それで着工されたわけだが、案の定事故が多発して、開発も途中で放り投げてしまった。

お前達と一緒に遊んでいた子がどういう子なのかは父さん達には分らないが、もうあの鍾乳洞に行くのはやめておきなさい。これ以上父さん達を心配させないでくれ」

真剣な父親の様子に、俺はなんとなく申し訳ない気持ちになってしまい、もう二度とあの鍾乳洞には近づかない事を約束した。

それはA・B・Cも同様だったようで、あの出来事から俺達はあの鍾乳洞の話をする事は無くなった。

居なくなってしまった少年についても、やはり誰かがおじいさんの家で生活をしていた様子は無く、俺達の集団心理に伴う幻覚だったのではないか、と言う事で決着がついた。

成人してからはもう時効だろうと思い、酒の入る席でそれとなく聞いてみたのだが、天然の水牢として利用されていたとか、戦時中は防空壕だったとか、色々な逸話が残されているようだったが、最早どれが正しくてどれが誤りなのかは分らなかった。

なんにしても、俺は二度とあの鍾乳洞に近づくつもりはない。あの「ガボ…ガボ……」という音を聞くのはごめんだし、あの少年が今でも当時の姿のままで俺達を待っているような気がしてならないのだ。

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