
ある日、男はふと、かつて訪れた小さな村のことを思い出した。
それは数年前、一人旅の途中で立ち寄った、小さな旅館のある村だった。
静かで穏やかで、そしてなによりも、心のこもったもてなしが印象的だった。
なぜか急に、その村にもう一度行ってみたくなった。
※
男は連休を利用して、一人で車を走らせた。
自分の記憶力には自信がある。
当時の道順もしっかりと覚えていたし、確かに、途中にはその村へと続く案内看板もあったはずだ。
※
やがて目的地に近づいた頃、「あれ?」と男は首をかしげた。
以前は「この先◯km」と書かれていたはずの看板が、別の文字になっていたのだ。
そこには、こう記されていた。
「巨頭オ」
まるで外国人が手慣れない筆致で殴り書きしたような、不自然な文字だった。
※
胸の奥に、嫌な予感が走った。
けれど、男は引き返さなかった。
そのまま車を進め、村の入口へと到着した。
※
かつての面影は、そこにはなかった。
村はすでに廃村と化し、家々の建物には雑草や蔦が絡みつき、自然に飲まれつつあった。
「おかしいな……こんなはずじゃなかった」
男はそう思いながらも、車を停め、外に出ようとした。
※
そのときだった。
20メートルほど先の、朽ちた廃屋の影から──
異様なものが、ぬうっと姿を現した。
※
それは明らかに人間だった。
だが、異常に頭が大きかった。
異形の存在は、両手をぴったりと足の側面に添え、ぎこちなくも整然と、頭をぐらぐらと左右に揺らしながら、こちらに向かってきた。
そして──
その後ろからも、同じ姿の者たちが、次々に現れた。
※
男は、凍りついた。
瞬間、恐怖が全身を駆け巡り、我に返ると同時にアクセルを踏み込んだ。
車をバックさせ、泥を跳ね上げながら、国道まで一気に走り抜けた。
※
逃げ帰ったあと、男は地図を開いて確認した。
かつて訪れたあの村と、今回行った場所は──地図上では確かに同じ場所だった。
※
だが男は、もう二度と、あの道をたどろうとは思わなかった。
あのとき確かに見た、巨大な頭部の者たち。
あれは夢でも幻でもない。
そして今も男の記憶の片隅で、あの不気味な名前が、焼きついたまま離れないでいる。
「巨頭オ」──あれはいったい、何だったのか。