回転する毛の塊

中学生の頃、家が近いということもあり、毎日のように学校から一緒に帰る友人がいた。
私は女で、その友人も同じく女の子。名前はユキ。小さな頃からの幼馴染だった。
中学校から自宅までは、およそ徒歩で30分ほどの距離。
通学路にはいくつかのルートがあり、「今日はこっちの道を歩こう」「今日はあっちにしよう」と、帰り道のバリエーションを楽しむのが私たちの日課だった。
その日も、放課後の部活動を終えた私たちは、いつものように2人で帰路についていた。
季節は秋。時刻はまだ夕方と呼べる時間帯だったはずなのに、空はどこか青く沈み始めていた。
太陽が沈んだ直後の、空気に青みが混じるような、あの幻想的な時間帯――いわゆる「逢魔が刻」だった。
※
その日、私たちは幾つもある帰り道の中から、墓地のそばを通る道を選んだ。
特別なことではなかった。むしろ日常の一部だったし、私たちのお気に入りのコースの一つでもあった。
道の左手には、斜面に沿って階段状に並ぶ墓石がずらりと並んでいる。
右手には、地元でも有名な進学校の長い石垣が続いていた。
緑の木々が立ち並び、静かで落ち着いた雰囲気が広がる、そんな場所だった。
不気味さを感じたことなど一度もなかったし、少なくとも私は、そこが墓地沿いだという意識すらせずにいた。
その道は、およそ100メートルほど墓地に沿って伸びている。
アスファルトで整備された綺麗な道路を、私とユキは他愛ない話をしながら、のんびり歩いていた。
※
その時だった。
10メートルほど先の道路の真ん中に、黒くて小さな何かが見えた。
周囲はすでに薄暗く、はっきりとは見えなかったが、私は反射的に「あ、猫がいる!」と声を上げた。
地面の上で、まるで黒猫のようにふわふわと動いているそれを見て、私は猫だと信じて疑わなかった。
「おいでー」と舌を鳴らしながら、しゃがもうと腰をかがめたその瞬間――
ユキが突然後ずさりを始め、「ねえ、それ…猫じゃないよ」と不安げに声を発した。
「え? 猫でしょ?」と私はそのまま近づき、目の前まで寄って、ようやく気づいた。
それは――猫ではなかった。
※
それは、“毛の塊”だった。
しかも、ただの毛の集まりではない。
中心を軸に、無数の長い毛が凄まじい勢いで回転していた。
回転する毛の流れ同士が激しくうねり、絡み合いながら渦を巻くように運動していた。
まるで意思を持っているかのように、ふわふわと地面からわずかに浮かび、こちらへと漂ってきた。
私は思わず「うわっ!」と叫び、回転する毛の塊をジャンプして飛び越えた。
すでにユキは私より早く走り出しており、私も「なにあれ!?なにあれ!?なにあれ!?」と叫びながら彼女の後を追った。
しばらく走って振り返ると、その“毛の塊”は、ふらふらとした動きのまま、道の向こうへと離れていっていた。
※
動きがあまりにも遅くて、少し安心した私は、興奮気味に「ねえ、もう一回見に行ってみようよ」とユキに声をかけた。
だが、ユキは若干引き気味に、「やめなよ…もう帰ろう」と低く言って、私の提案を拒否した。
結局、その奇妙な存在が何だったのか分からないまま、月日は過ぎた。
※
それから10年が経ち、私は書店員として働いていた。
ある日、雑誌コーナーの整理をしていた時、ふと目に入ったのは、読みかけのまま開きっぱなしになっていた1冊のティーン向け雑誌だった。
思わず「うおっ」と声を漏らした。
その雑誌には、“夏の妖怪特集”というコーナーがあり、水木しげる氏による妖怪イラストと解説が載っていた。
そして、そこに――
あの時見た、“回転する毛の塊”が、イラストになって紹介されていたのだ。
私は仕事中であることも忘れ、雑誌を手に取って夢中で読んだ。
※
妖怪の名前は――残念ながら忘れてしまった。
だが、水木先生による短い解説文だけは、今でもはっきり覚えている。
「墓場に出る、死んだ女の髪が妖怪化したもの。地面に近いあたりをふわふわと飛んで移動する。墓場の掃除人などの足元からとりつき、とりついた者の気分を悪くさせたりする」
……非常に、地味な存在である。
※
その日の夜、私はすぐにユキに電話して報告した。
ユキもまた、「地味だなあ…」と苦笑しながらも、懐かしそうに笑っていた。
今でも、ユキとはたまに会う。会うたびに、あの時見た不思議な“毛の塊”の話になる。
あれ以来、何度か一人で夕暮れ時に、あの墓地沿いの道へ行ってみた。
しかし、あの“毛の妖怪”には、再び出会うことはなかった。
きっと――妖怪というのは、本当にいるのだと思う。
でも、ああいうものは、純粋な心でなければ見えないようにできているのかもしれない。
きっと、心が少しずつ大人になってしまった私には、もう見えないのだろう。