イトウ
高校から現在にかけて、俺の周りをウロチョロする謎の同級生がいる。
高一の時に言われたのが一番最初。夏休み明け直後の日だったのだが、いきなりクラスの奴に
「イトウって知ってる?」
と言われた。
「イトウ? 知らないなぁ」
「何言ってるんだよ。お前と同級生だろ? 地元の友達だろ?」
「いや、知らんし」
※
数日後…。
「やっぱりイトウって知ってるだろ? アイツ、お前と仲良かったらしいぞ」
「だから知らないって…」
「しらばっくれるなよ!」
「はぁ? そんな奴いないっつぅの!」
それでケンカになった。そいつは俺に薄情だと言う。
俺は知らない奴を知っている奴だと言われて、何か癪に障ったので切れた。
まあ、若い頃だから血の気は多いとして、それでもクラスの奴は異常に切れた。
家に帰り、卒業アルバムを小学校の頃から調べたけど、やはりイトウなんていなかった。
結局それ以降そいつとは話すことは無くなり、転校して行った。
変な蟠りが残ったけど、俺は暫くイトウの名を忘れていた。
※
それから学年が変わって高二になった頃、またイトウの名を耳にすることになる。
今度は部活が一緒だった隣のクラスの奴に、
「なぁ、イトウって知ってる? お前と同じ中学なんだろ?」
「いや知らないって…」
「だってさ、お前と同じ部活で、三年間一緒だったって言ってたよ」
「はぁ? ちょっとどういう知り合いなのか詳しく教えてくれよ」
久々にその名前を聞いて嫌なことを思い出したけど、正体が知りたかったので詳しく聞いてみた。
「女だよ、背の低いさ…。友達の友達なんだよね。こないだそいつとカラオケ行ってさ、何かノリのいい奴」
「いや…知らない…女なら尚更知らない…」
「マジ…? 連れて来てやるよ。本当にイトウ、お前のこと詳しいから…」
俺はそれを聞いて怖くなったよ。本当にどれだけ記憶を辿っても知らない奴なんだから。
割とよく聞く苗字だけど、イトウなんて同級生は一人もいない。
※
それから数日が経った頃。
「お前に会わせようとしたイトウさ…いなくなったらしい」
「え? なんで?」
「わからん。突然家を捨てて、夜逃げみたいな感じだったって…」
「…」
※
その後、イトウは意外なところで現れる。
地元の友達が、
「なぁ、イトウって同級生いたっけ?」
「いない!お前も知ってるかって言われるの?」
「お前もか!!」
それで俺らの地元のグループで話題になった。
イトウとかいうおかしな奴が、俺らの知り合いだと言う。
この現象は俺だけではなく周辺の友達にも波及して、他にも三人同じ体験をした奴がいた。
それも三人とも違う高校で、全く別々の友達から聞いたという話だった。
「怖いな…マジ、イトウって誰だよ?」
「俺が聞きてぇよ!!」
同窓会でそのことをみんなに聞いたが、誰も知らなかった。
ただ連絡がつかない奴の中で、イトウという苗字になった奴はいたかもしれないが、それも確認できた訳じゃなかった。
※
それから半年程が過ぎ、今度は幼馴染の従姉妹が
「ねぇ、イトウって知ってる?」
ゾッとした。いつものイトウの話だったよ。
背の低い女で、俺と同じ部活。仲の良い友達だったイトウ。
従姉妹は俺のことをよく知っている。
「イトウなんて…いないよね…?」
「いない…」
※
それから数年間、イトウは姿を消す。
イトウのことは頭の片隅くらいにしか残らない存在になっていた。
大学卒業間近、バイト先で
「なぁ、イトウって知ってる?」
その場に倒れそうになったよ。
「背の低い女で、俺と部活が同じの?」
「そうそう(笑)。やっぱり知り合いなんだ」
「今も連絡取ってるの?」
「ああ、高校の時の部活の知り合いで…」
こいつは俺と同い年なので、もし高校の時の知り合いであるなら、イトウはその頃行方不明だったはずなんだけど…。
「今さ!そいつと連絡つかない?」
「ああ、つくよ!イトウもさ、今度飲みたいって言ってたし、ちょうどいいよ」
携帯電話の先からイトウの声が聞こえる。
「もしもしぃ」
「今さ、…うんうん」
微かにだけどイトウの声が聞こえる。
実在する人物なんだ!
「悪い…イトウさ、何か具合悪いからって電話切られた…」
「そうか…じゃあまた今度頼むよ」
次こそはイトウと話す。
※
次にバイト行った時、イトウの知り合いだという奴の態度が急変した。
俺が何を話しかけても無視。
軽い虐めみたいな感じの雰囲気になっていた。
なぜかバイト先の奴からハブられる俺。
その日の帰りに店長からクビを言い渡された。
文句は言ったが、「悪いが暫く来ないでくれ」の一点張り。
気が付いたらそのバイト先は潰れていた。
結局、イトウとの接点は無くなった。
※
最初に俺にイトウの話を振ったクラスの奴もいなくなり、次の部活の奴もその後、退学になった。
三人の同級生とも疎遠になった。三人とも良い噂を聞かなかった。今はどうしているか完全に判らない。
従姉妹もその後、精神的に病んで今は話せる状態じゃない。
結局、イトウのことに関しては判らず仕舞いだったのかな…。
なんて思っていたら、先週彼女が
「イトウって知ってる?」
まだイトウは俺の周りをウロチョロしているのかもしれない。