
俺は、じいちゃんのことが大好きだった。
初孫だったこともあって、じいちゃんはとても可愛がってくれた。
おねだりが得意じゃなかった俺にも、いろいろな物を買ってくれたし、虫採りや泳ぎを教えてくれた。
デパート、遊園地、どこにでも連れて行ってくれた。
近くに大きな運動公園ができると聞けば、「完成したら一緒に行こうな」と言いながら、まだ更地の状態のその場所にも連れて行ってくれた。
※
けれど、その運動公園が完成しても、じいちゃんが俺を連れて行ってくれることはなかった。
小学四年のある夏、じいちゃんは突然この世を去った。
完璧主義で我慢強かったじいちゃんは、身体の不調を誰にも言わず、倒れた時にはもう手遅れだった。
俺は、あんなにかっこよくて、何でもできたじいちゃんが死ぬはずがないと思っていた。
だから、葬式の時も実感が湧かなくて、へらへら笑いながら寺までの道に迷ったりもしていた。
けれど、家に帰って一人になった瞬間、糸が切れたように大泣きした。
※
それから、じいちゃんのいない日々が始まった。
忙しくて自分のことでいっぱいいっぱいになりながらも、ふとした瞬間にじいちゃんのことを思い出して、胸が詰まる。
ある日、お盆の時期に家族とじいちゃんの話をした。
話しながら、俺は葬式以来の大泣きをしてしまった。
剣道を始めたこと、絵のコンクールで入賞したこと、中学、高校と無事に進学したこと――全部じいちゃんに報告したかった。
全部、じいちゃんに喜んでほしかった。
その気持ちが溢れて、泣いた。
※
泣き疲れて眠ったその夜、夢を見た。
俺はいつも、夢では見覚えのある場所にいることが多いのに、その日は違った。
美術館のような、白く静かな空間。
ぼんやり立っていた俺の前に、遠くから誰かが歩いてきた。
それが、じいちゃんだった。
※
夢の中では、俺もじいちゃんが死んでいることをちゃんと知っていた。
じいちゃんも、もうこの世にいないことを自覚しているようだった。
「○○!」(俺の名前)
厳格だったじいちゃんが、俺にだけ見せてくれる柔らかい笑顔で呼んでくれた。
涙がこぼれそうだったけど、ぐっと堪えて、駆け寄った。
「元気か?」
「うん」
そんな、たわいもない会話を交わしながら、二人で歩いた。
確か、手を繋いでいたような気がする。
※
気がつくと、俺たちは水族館のような場所にいた。
ガラスのトンネルの中、色とりどりの魚が泳ぐ不思議な空間。
俺はその美しい世界に目を輝かせ、じいちゃんは優しい眼差しで俺の様子を見ていた。
夢中になって魚を追いかけているうちに、ふとじいちゃんの方を振り返ると――そこに、もうじいちゃんはいなかった。
必死で探した。涙があふれた。
でも、時間切れだった。
夢から覚めるというより、何かに引き戻されるような感覚で現実に戻された。
気づくと、頬に涙がつたっていた。
※
その時は、「不思議な夢だったな」くらいにしか思っていなかった。
けれど、次の年の盆、再びあの白い空間に俺はいた。
その瞬間にようやく、俺は気づいた。
これは夢じゃない。じいちゃんが、夢を通して逢いに来てくれているんだと。
※
その時も、じいちゃんと二人でずっと白い空間を歩いた。
今度は絶対に離れまいと、じいちゃんの手をしっかり握っていた。
ずっと視線もそらさなかった。
またいなくなってしまうのが怖かったから。
だけど、やっぱり時間切れは来る。
夢の終わりが近づいたとき、俺はじいちゃんと固く握手して、笑って言った。
「また逢いに来てね」
じいちゃんは何か言ってくれたけれど、内容は思い出せない。
ただ、頷いてくれたことは覚えている。
眩しい光に包まれて、俺は目を閉じた。
目を開けた時、そこにはもうじいちゃんの姿はなかった。
でも、俺は自分の意思で、現実に戻ってきた。
※
それからも毎年、盆の時期になると、じいちゃんは俺に逢いに来てくれる。
誰に何と言われようと、あれは「夢」なんかじゃない。
じいちゃんは、本当に来てくれている。
実は、母方の家系には霊感が強い人が多い。
母の母、つまりばあちゃんと、長男であるおじちゃんも、盆には必ずじいちゃんに逢っているという。
夜、目を開けたらじいちゃんが立っていて、何か一言だけ告げてから消えるのだと。
だから、うちでは誰も疑わない。みんなが信じている。
※
それともうひとつ。
なぜ、最初に水族館だったのか――その理由もあとから分かった。
じいちゃんが亡くなったあと、親戚のいる大阪に、大きな水族館ができたんだ。
俺は「じいちゃんと一緒に行きたかったな」と思っていた。
きっとその気持ちを、じいちゃんは知っていたんだ。
だから、夢の中で連れて行ってくれたんだと思う。
俺のためだけに用意してくれた、じいちゃんとの「ふたりだけの水族館」。
もう少し、あの時の景色をよく見ておけば良かった。
でも、またきっと逢える。盆になれば――また、夢で逢える。