おじいちゃんの短歌

公開日: 心霊ちょっと良い話

手を繋ぐ(フリー写真)

高校の時、大好きなおじいちゃんが亡くなった。

幼い頃からずっと可愛がってくれて、いつも一緒に居てくれたおじいちゃんだった。

足を悪くし、中学の頃に入院してから数ヶ月、一度も家に帰ることが無いまま亡くなってしまった。

私は入院し始めの頃、毎日のようにお見舞いに行った。家族の誰よりも沢山顔を出した。

なのにある日、

「…誰だったかな…?」

と、私の顔を見たおじいちゃんが呟いた。

誰よりも沢山会いに来ていたはずなのに…。

私はその日から病室へ入れなくなった。また忘れられているのではないかと思うと怖かった。

高校に上がりバイトを始めた夏休みに、おじいちゃんは亡くなった。

誰にも看取られることなく、一人で静かに亡くなってしまった。

私は現実として受け止めていなかった。火葬場でも私一人笑って見送っていた。

母は私の気が狂ったと思ったらしい。それくらい異様なほどに現実感が無かった。

四十九日が近付いていたある夜、私は夢を見た。

普段はあまり夢の内容を覚えていないのだが、あの日の夢は今でも忘れられない。

「おぉ、元気そうだなぁ。良かった良かった」

おじいちゃんは生前愛用していた座椅子に座っていて、私は膝の上に座っていた。

「おじいちゃんひどいよ!私のこと誰だって言うんだもん。忘れちゃったんでしょ」

「忘れてないよ。寝ぼけてただけだよ、ごめんな」

おじいちゃんは私の頭をゆっくりと撫でてくれていた。

「おじいちゃんなぁ、おまえの前では、しっかりした頼もしいおじいちゃんでいたいんだよ。

だから、おじいちゃんが残した思い出は、おまえは見るだけにしといてくれな」

「は?」

そこで目が覚めた。普段より2時間も早い起床だった。

台所では母が朝食を作っていた。私を見るなり、玄関のダンボールを指差し泣き出した。

そこには、おじいちゃんが病室で書き溜めた短歌が本になっていた。

おじいちゃんが開いていた短歌教室の生徒さんが、お金を出し合って自費出版してくれたものだった。

そこには沢山の歌があった。

『結婚』『戦争』『息子』『孫』…章に分かれて書かれていた。

最後は『死』だった。

その歌の訳は、

『死ぬときは一人が良い。弱った最後の姿を見られたくはない』

それともう一句…。

『自分は万人に好かれる人間ではないけど、忘れられるのは怖い、死ぬのは怖い』

初めておじいちゃんは死んだのだと確信した。溜まっていた涙が溢れた。

母が後ろから、

「おじいちゃんの形見だからね。一冊持って行きなさい」

と声を掛けた。

私は泣きながら何度も読み返したが、結局受け取らなかった。

それがおじいちゃんの遺言だと思っていたから。

最後まで会いに行けなかった私へ、天国に上がる前に挨拶に来てくれたのだと、今でも信じている。

今でも私の中のおじいちゃんは優しくて頑固で、ちょっと見栄っ張りなままだよ、おじいちゃん。

関連記事

兄弟(フリー写真)

兄が進む道

私の兄は優秀な人間でしたが、引き篭もり癖がありました(引き篭もりという言葉が出来る前のことです)。 生真面目過ぎて世の中の不正が許せなかったり、自分が世界に理解してもらえないこと…

千羽鶴(フリー写真)

お見舞い

俺は中学と高校の時、寮に入っていた。その時の出来事。 その寮では夜に自習時間というのがあり、自習は自習棟という、宿泊棟とは別の建物で行われていた。 ある日、Tという後輩が自…

田舎の線路

駅での再会

私が駅構内の喫煙スペースでタバコを吸っていたときのことです。この駅は田舎のため、喫煙スペースはホームの端に設置されたただの灰皿があるだけの簡素なものでした。 その日、小綺麗な老…

夜のオフィス(フリー素材)

中小ソフトウェアハウス

中小ソフトウェアハウスに勤めていた友人Kの話です。 あるプロジェクトの納期がきつくデスマーチとなり、Kとその先輩は連日徹夜で作業していたそうです。 ところが、以前のプロジ…

雑炊

妻の愛

ようやく笑い飛ばせるようになったんで、俺の死んだ嫁さんの話でも書こうか。 嫁は交通事故で死んだ。 ドラマみたいな話なんだが、風邪で寝込んでいた俺が夜になって「みかんの缶詰食…

渓流(フリー写真)

川辺で会ったおじさん

小学5年生の頃、隣のクラスに関西からの転校生S君が来た。 ある日の昼休み、体育館の片隅でS君がクラスの野球部数名から小突かれたりして虐められているのを発見した。 俺は当時、…

古いキーボード

あの世からの最後のメール

この話は7年前の出来事です。 当時、インターネットはまだ普及しておらず、私はパソコン通信を利用していました。 クローズドの掲示板のような場所で仲良くなった人たちと、オフラ…

雪景色(フリー素材)

もどり雪

一月の終わり、山守りのハルさんは、山の見廻りを終えて山を下っていた。 左側の谷から、強烈な北風に舞い上がった粉雪が吹き付けてくる。 ちょっとした吹雪のような、『もどり雪』だ…

三宅太鼓(フリー写真)

三宅木遣り太鼓

八月初旬。 夜中に我が家の次男坊(15歳)がリビングでいきなり歌い出し、私も主人も長男(17歳)もびっくりして飛び起きました。 主人が「コラ!夜中だぞ!!」と言い、電気を点…

小島(フリー写真)

海女さんの心霊体験

私は23歳で、海女歴2年のあまちゃんです。 泳ぐのが好き、結構儲かる、という理由でこの仕事をしていますが、不思議な体験をした事があります。 ※ 海女になりたての頃、自分に付い…