指輪

指輪(フリー素材)

以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。

実は学生時代の話はもう一つあり、それについて最近判ったことがあったので投稿します。

この話は井戸の一件同様、俺の実体験が入ります。

以下はこれまでの状況説明になります。

・「視える人」な女友達Aが言うには、Bの身体を出入りしている何か=普通の霊と違うモノが居る(寄生虫のようなモノらしい)。

・B本人は気付いていないが、霊的なものは大抵それを避けるから、Bは心霊体験が出来ない。

・取り敢えず当時のAが知る限り、ソレはBを守っていた。

・でもAが感じる気配では、とても善意の守護ではない。と言うか悪い感じらしい。

・強力な霊とBの何かが戦う時には、B本人は爆睡する(Aの推測)。

Bの学生時代の元彼Eの話は前に書いた。Eは俺らの遊び仲間ではなかったので、井戸の一件には絡んでいない。

Bとは卒業直前に就職のことで行き違い、別れたと聞いている。

ひょっとしたら今も、Bを出入りしてるモノの存在は知らないかもしれない。

学生時代、Eから貰った指輪をBが仲間内で披露していたことがあった。

金銀組み合わせの指輪で、仲間内の女子が言うには結構良い物らしかったが、Aが凄く微妙な様子だった。

井戸の一件の後だったので、俺は後でこっそり「あの指輪、何かある?」とAに聞きました。

「……うん……まずいかも。でも、どうしよう。○○(俺)君、お祓いできる人とか知らないよね?」

俺はAの他に本物の「視える人」は一人も知らなかったのでそう告げると、Aは閉口した様子だった。

Aは視える人だが、経験則で危ないものを避けてきただけで、霊能者などの知り合いはいないらしいです。

「……それに、Bも貸してくれないよね……お祓いとかする所にB本人を連れて行ったら、まずBのアレと揉めるかもしれないし……」

かと言って、指輪が霊的に危ないなどと言ったら、Bのことだからそれこそ面白がって肌身離さず持ち歩くのが俺にも想像できた。

「……ま、Bはアレがいるから大丈夫なんじゃん?」

と俺は言ったが、Aは複雑な顔で

「ん……ていうか……ちょっとね……」

と言い、それで会話は終わりました。

次の日、大学内でAが事故って怪我をした。捨ててあった何かのガラスでサックリ切ったらしい。

大学の保健管理センターへ運ばれたAは、その時一緒に居た同じ科の奴に「自分の荷物は最寄の講義室に置いておいて。後で取りに行くから」と言ったらしい。

事故の後、俺はそいつと出会して少し話した。

「財布や貴重品はさすがに放置じゃまずくないか?」ということになり、俺が預かっておくことにした。

講義室に行くと誰も居らず、Aの鞄がぽんと椅子の上に置いてあった。

見覚えはあったが他の奴の物だったらまずいし、失礼して中を開け、何か氏名の判るものを確認しようとした。

そしたら…。

財布の入ったポケットの中に、小さなビニール袋に入った指輪が見えた。

前日、Bがみんなに披露していたのとそっくりの指輪が。

『え、何で? これBの指輪か? どうしてAが?』と思った。

でも単に同じ物を買ったのかもしれないし、ひょっとしたらAが思い切って無断拝借してお祓いに持ち込むつもりだったのかもしれない。

俺はとにかく財布の中の免許証を確認して鞄を持ち、部屋を出ようとしたら後ろから「にゃー」という声がした。

振り向いたら、窓枠のところに灰色っぽい猫が居た。

「にゃあ」ともう一度鳴いた猫がひょいっと窓から外へ下り、それから少し経って気が付いた。

『……さっき居なかったよな? 猫。それでここ、4階だよな? 外に木の枝とかあったっけ?』

慌てて鞄を置き窓に駆け寄って見ると、窓の外には何も無い。

木の枝が張り出してもいないし、建物の外側のどこにも猫は居ないし、もちろん落ちて死んでいたりもしない。

『……4階程度なら飛び降りて逃げられるものなのか?』と思いつつ戻ってAの鞄を手に持ち、仰天した。

さっきまで無かった派手な裂き傷が鞄に付いていた。

駄目押しにもう一度、足元で「にゃー」という声がするに至り、ようやく俺はAがしきりに気にしていた例の指輪が俺の持っている鞄の中にあるんだ…という事実に気が付いた。

「………」

ゾクッと背筋が寒くなったところへ、また「にゃー」という声。更に「ガリッ」という音が続いた。

見下ろすと、俺の靴紐が結び目のところで何箇所か裂けていた。もちろん猫は居ない。

「にゃー。にゃー。にゃー」

かなりの至近距離に聞こえるその声は、何だか段々と嫌な感じになってきていた。

冷や汗を掻き始めた俺の周りをうろうろしていた鳴き声に、ぼそっと暗い感じの人間の声が重なった。

『……なんか、死んじゃえ。死ねばいいのに』

エコーを掛けたような変な声だった。

「……!」

硬直した俺は咄嗟に携帯電話を出し、速攻で電話を掛けた。

「プルル、プルル」と呼び出し音が鳴る間も、足元で見えない猫が鳴いていた。

靴や鞄がカリカリ音を立て、ちらっと見下ろすと床にも何だか傷が増えてきているような気がした。

ガリッと衝撃があり、足首に痛みが走ったのと同時くらいに電話が繋がった。

「はーい、もしもしー?」

「Bか!? あのさ、俺だけど、えっと、Aのこと聞いた?」

有難いことに、Bは学内に居た。

急いでAの怪我の件を説明し、荷物を預かってくれと頼むとBは快諾した。

電話を切った俺は、Aの鞄を持ちダッシュでBとの待ち合わせた場所へ向かった。

エンドレスに足元から聞こえる猫の鳴き声に混ざって、ボソボソと『死んじゃえ』とか『死ねばいい』などと呟く女の声がし続けた。

建物を出た辺りで、しゅっと足の間を通り抜けるような感触がした。

それで足がもつれて思い切り転び、停めてあった自転車に突っ込んだ。

「うわー、○○君!? 大丈夫?」

待ち合わせをしていた自販機のところから、大声でそう言いながらBが駆け寄って来た。

「○○君、手!それに足も血が出てんじゃん!」

Bがそう騒ぎながらも俺に手を貸し荷物を持ってくれた。

気が付いたら猫の声も変な女の声もしなくなっていた。

ただ後で確認するとやはり足の傷は自転車の金具で切ったのではなく、爪で引っ掻かれた傷だった。

Aの怪我もそれほど酷くはなく、Aの鞄の中にあった指輪は、AがBから借りたものでした。

「同じようなものがどうしても欲しいから、お店で見せて『こう言うのが欲しい』と伝えるのに見本にしたい」と言って借りたそうで。

ただ、俺が鞄をBに預けた話をすると、Aは「……あ、そう」と言ったきりで、猫と女の声についても何も説明してくれなかった。

……今になって俺がこの話を思い出したのは、最近AがB宅を訪問した時の件があったからでした。

Bの部屋の話、白い衣装と神社の一件の話を聞き、

「Bの中に居るモノは、Bを守るだけで、悪霊退治をする訳ではない。

周囲の人がとばっちりを受けても祟られても、Bが無事なら何もしてくれない」

ということを知り、急に気になったのがこの一件だった。

俺はこの後、Bと指輪の話をしたことがある。

Bはその時、Aから返却されたその指輪を嵌めていた。

「Aが同じようなのを欲しがってたけど、見つからなかったんだよね。

あれ、Eが親戚の子に選んで買って来てもらったんだって」

そして…、Eに指輪を選んでくれたその女の子が、Eの在学中に亡くなっているんだ。

Eが葬儀に出たと言っていたのは、確かこの一件の少し後だった。

当時は、俺が女の声を聞いた時には生きていた訳だから無関係だと思っていた。

あの一件は、Bの手元に指輪が戻り、Bには何も起こらなかったことで片付いたつもりでいた。

でも今考えてみるとどうしても気になるので、先日改めてAに聞いてみた。

Aは物凄く迷っていたが、やはり黙っているのがしんどかったようで、しつこく聞いたら最後には話してくれた。

クロだった。

「……その親戚の子、Eが好きだったんだと思うよ。

どこで呪いの方法を見つけたのか知らないけど、実際に猫を殺して本格的に呪いをかけるくらい、Bが憎かったんじゃないかな」

俺が聞いたのは、やはりその子の声らしかった。

Eから指輪を貰う女に対して、『死んじゃえ』と呟いて猫を殺した時の声なのだろう…と俺は思った。

そしてAが心配していたのは、Bが呪われることではなかった。

Bの中に居るモノの性質をかなり正確に把握していたAは、実際に動物を殺して形式を整えて行われた呪いの「見返り」を気にしていたのだ。

「……私も○○君も大怪我じゃなかったでしょ? 呪い自体には、人を殺すような力は無かったんだと思う。だけど…。

Bにはアレが居たから。

Bをターゲットに真っ直ぐ飛ばされたものをアレが真っ直ぐ打ち返した時に、加速が付いちゃったんだと思う……」

Aは、それ以外は何も言わなかった。

多分、当時のAは指輪をどこか霊能者のところへ持ち込み、呪いを外してもらおうと考えていたのだと思う。

正直、Aと話してから少し気持ちの整理が付かず混乱している。

俺がBを呼んでAの鞄を渡さなかったら、Eの親戚の子は死ななかったのだろうか。

BにAの鞄を預けたと言った時にAが取り戻そうとしなかったのは、もう間に合わないと思ったのか、怪我して怖くなったのか、俺には分からない。

いずれにせよ、もう何年も前の話だ。

Bは何も悪くないのだろう。普通に彼氏から貰った指輪を喜んでいただけで。

少し大雑把だけど良い子で、同じ物を探すのに貸してと言ったAに快く指輪を貸し出してくれるような子だった訳で。

でも、俺が悪いのだとも思いたくない。

Aも俺も巻き込まれただけじゃないか…という気持ちが消えない。

同時に、猫を殺して呪いをかけた女の子には確かにゾッとするけど、相手がBでなかったら死人は出なかった話なのだと思わずにいられない。

Aが複雑な顔で「何もできないんだよね」と繰り返す気持ちが、初めてまともに解った気がした。

吐き出させてもらってすまない。

以上です。

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