融合体
公開日: 巣くうものシリーズ | 死ぬ程洒落にならない怖い話
以前、井戸の底のミニハウスと、学生時代の女友達Bに棲みついているモノの話を書いた者です。
……8月に物凄いことがあったので、以下にまとめました。フェイク込みなので辻褄が怪しいところもありますが…。
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以下はこれまでの状況説明になります。
・「視える人」な女友達Aが言うには、Bの身体を出入りしている何か=普通の霊と違うモノが居る(寄生虫のようなモノらしい)。
・B本人は気付いていないが、霊的なものは大抵それを避けるから、Bは心霊体験が出来ない。
・取り敢えず当時のAが知る限り、ソレはBを守っていた。
・でもAが感じる気配では、とても善意の守護ではない。と言うか悪い感じらしい。
・強力な霊とBの何かが戦う時には、B本人は爆睡する(Aの推測)。
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最初の井戸の話の時に書いた、大学時代の仲間内の男子C。こいつから連絡があった。
Bが最近、時間が出来たのか懐かしくなったのか知らないが、昔の友人にちょこちょこ連絡していて、Cも電話で話したそうだ。
……んで。
Bと話して昔の井戸の一件を思い出し、職場でネタにして喋ったそうです。
そしたら職場の女の子に呼び出され、その子の知人の男(20代後半、俺らと同年代)に会ったと。
そいつの用件を纏めると、
「ヤバいものに憑かれている知人が居る。坊さんも神主も霊能者もダメだった。そのBさんの力を借りたい。連絡を取って欲しい。詳しく教えて欲しい」
Cは井戸の一件しか知らない。つまりBの「ソレ」に守られた記憶しかないので気軽に請け合い、ついでに他にもよく知っている奴が居ると俺とAを推薦したそうです。
※
俺とAは話し合って、二人連れ立ってCとその男(Hとします)に会った。
指輪の件、白い着物の件、B宅の件を一通り説明し、Bに憑いているモノはB当人にも他の人間にも制御できず、また悪霊や呪いの類は「はね返す」だけで祓ってくれない、周囲に被害が出るからやめておけと告げた。
どうやらHも「視える人」らしく、AがB(幼少時 with 白い着物)の写真を見せたら、即座に表情が固まった。
「………凄いね、これ。この子マジ生きてるの? 今も? こっちのナニ、山神様とか?
こんなんに狙われても大丈夫なワケ? これなら、本気でいけるかも」
Hは本気になったようで、俺らがやめろと言うのには取り合わず、しきりにBに憑いている「アレ」について尋ねてきました。
Aは躊躇いつつも、他の「視える人」の意見を聞いてみたかったようで、更にざっと説明をしていた。
視えない俺にはよく解らない感覚的な言葉が多く、
「硬さは? こう、バキンていきそうな」
「そうじゃないし、寒いとかスレてる(ずれてる?)とかもなくて。
ただこう、ぞわっとするだけで、そこにあるのに何で? みたいな変な印象の」
「え、本当に? じゃあザリザリ擦ってるみたいな感じはある?」
「それもないです。するんとして、侵食もしないしできないし」
こんな感じの意味不明なやり取りの末に、Hは
「……俺も全く見当が付かない」
と首を捻っていました。
その後はもう一度、「本当に止めた方がいい」と俺とAから念押ししてお開きにしました。
※
……数日後の土曜日にAから電話がありました。
Bが「これからCと会うから来ないか」と言ってきたそうです。
『出る』家があるから、良かったらAと俺にも声を掛けて来いとCに言われ、Aに電話をよこしたと。
たまげて家を出てAと合流し、Bに指定された待ち合わせ場所に行くと、そこにはHが車で待っていました。
Hはニヤニヤしながら、
「悪いね。BとCは後から来るから、乗ってくれよ」
と言い、車中で説明をしました。
……こいつ、Cに頼んでBに連絡を取り約束したそうです。
「『知り合いの家が出るから来ない?』と言ったら二つ返事だった。
いいご主人だね、『昔の友達と肝試し? いいよ、羽を伸ばして来い』と言って、子供の面倒を見てくれてるって。
あまり時間がないから急がないと」
※
Hの目的地は高級住宅街の塀に囲まれた大きな豪邸でしたが、車が停まった時には俺の横のAは硬直して真っ青でした。
「悪いね。大丈夫だよ、俺ら部外者だし。出入りしても手ェ出さなければね」
Hに促されてしぶしぶ降りたAはその豪邸を見上げ、引き攣った顔でHを見ました。
「……本気で?」
「まあね。……ここの家の奥さんが、俺の母親の幼馴染。息子が完全にイカれちゃってんだよ」
「何言ってんの? その人が助かったって、周り中に散って広がるだけじゃ」
「俺も考えたし。……出られないところに押し込めてやり合ってもらえばいいんだろ? 勝敗つくまで、徹底的にさ」
二人が言い合っている間にドアが開き、中から中年のおばさんが出て来て俺らを招き入れました。
※
「……どうぞ」と通された部屋に居る男を見て、思わず硬直しました。
壁を向いて立った横顔は白目を剥いて天井を見上げ、唇の端が少しだけ上がってニヤついているようだった。
そしてどこか壊れたような形相でブツブツ何か呟き続けていて、上手く言えないけどその目つきが本気で怖い。
「実はコレがウチに出る悪霊です」と言われたら信じたと思う。
俺もドン引きしたけど、Aはもう真っ青でした。
「……元はどこに?」
Aが聞くと、Hは少し疲れたような余裕の無い顔で笑って、「そこが一番まずいんだよね。……解んないんだよ、気が付いたら拾っちゃってて」
後で二人に聞いたら、そこの家の息子(Iとします)に憑いていたのは、何だか複数の人霊が怨念をツナギにして融合したようなものだそうでした。
様子から言って、長いこと生き物ではなくモノに憑いていたと解る状態で、本体というか依代というか、それがIに憑く前に居たものがあるはず。
それが除霊する際の手掛かりになるらしいのですが、どこで取り憑かれたのか判らないためにその手掛かりが無く、霊能者に無理だと言われたそうです。
Hの答えを聞いたAは、更に怯えたような顔をしていました。
「……この人、大丈夫なの? 何かヤっちゃったとかないの?」
「……あー。寸前まで行ったことはある、かな。今は取り敢えず、ちょい前に来てくれた人が体にヨケ(?)つけて抑えてるから」
※
そんな感じの怖い会話の途中で、外から車の音がしました。
CがBを乗せて来たのですが、案の定というか怖いことにというか、Bは車中で既に熟睡していました。
HがCからBを引き取り、抱えて奥の部屋へ連れ込み、床に寝かせて毛布を掛けました。
後からIをそこの家の奥さんが連れて来て、熟睡中のBと空ろな目のIを残し、俺らは部屋を出ました。
……考えてみりゃ、眠っている既婚女性とおかしな男を一つ部屋に入れるなど、とんでもない話です。
何故かその時は、Hの全く躊躇いの無いテキパキした態度と、Bは何があっても無事という考えが当然のこととして頭の中にあったため、唯々諾々と従ってしまいました。
※
ドアを閉めると、Hがドアに背を付けて廊下に胡坐をかいて座りました。
Aが俺にしがみつき、奥さんが足早に引っ込んでから暫く経った頃…。
部屋の中から、凄まじい破壊音が響き渡りました。
壁か柱がぶっ壊されているんじゃないかという程の轟音に混ざり、「ガシャン」「パリン」というガラスか茶碗が割れるような音。
俺はギョッとしましたし、Hは揺れるドアに背中を押し付けて座り込んだまま動きませんでした。
CもHから何か聞かされていたのか、落ち着かない様子ながらあまり慌てた様子もありませんでした。
※
それからどれくらい時間が経ったのか分かりませんが、誰も動かずに待ち続けて、ようやく中の音が小さくまばらになってきた時…。
すぐ内側から誰かが揺すっているようにドアがガタガタッと揺れ、鋭い、焦りまくって切迫した男の声が聞こえました。
「おい、助けてくれ!!お願いだ、助けて!開けてくれ、早く!早く!!ここを開けてくれえええっ!!」
Aが顔を上げてHに向き直り、
「ねえ、もういいんじゃない? 開けて出してあげようよ」
ここで俺もハッとして、「おい、さっきの人(I)、正気に返ったんじゃないか?」と言葉を添えましたが、Hはぎっと俺たちを睨み付けて「まだ」と言いました。
※
それから更に時間が過ぎ、中から全く音がしなくなった頃、やっとHは立ち上がりドアを開けました。
……中は、HがBを寝かせIを入れて出た時と全く変わりありませんでした。
壊れた物も動かされた物もなく、ただBが部屋の真ん中で大の字になって寝ているだけ。
あの破壊音を立てたと推測できるものの痕跡一つありませんでした。
そして部屋の隅にうずくまって震えていたIに、Hが駆け寄りました。
「おい、I。俺、分かるか」
「あ……H? H!!」
目が焦点を結ぶと、Iは取り乱した様子で、しかし初対面の時より遥かにまともな様子でHに掴み掛かりました。
「H、化け物が居たんだ!本当だ、俺に化け物が、襲い掛かってきて俺を殺して」
「……ほいほい」
幾らか安心した様子でHがポンポンとIの肩を叩いて宥めた。
その時、俺の横に居たAがふらりと傾いたのが視界に映った。
慌てて受け止めた俺に、Hが
「あ、ごめん。リビングに連れてったげて。ココは辛いでしょ」
と言った。
Cと一緒にAを運んで廊下を戻りながら、やっと気が付いた。
さっきHと喋っていたIの声。
破壊音が止む前に部屋の中から聞こえた声とは、全然違う声でした。
※
……その後、Aが目を覚まして動けるようになり、眠り込んでいるBをA宅へ移した上でB夫を呼び、AがBを引き渡しました。
変に疑われると嫌なので、俺もHもCも、男は全員席を外しました。
B夫は怪しむ様子もなく爆睡している妻を引き取って行きました。
「あ、またですか? すみません。ひょっとしたら知ってるかもしれませんけど、睡眠障害とか言うんですかね。
突然パタンと寝ちゃって目が覚めないことがあって。
これの母親から、小さい頃はよくあったって聞きましたけど、結婚してからは年に一回も無いし、病院で検査しても異常は無いし。
本人は覚えてないけどガスだの何だの危ないものは必ず寝る前に止めてるし、子供と居る間は起きないし、倒れるとかじゃないから問題ないんで、俺は気にしてないんです。
面倒をかけてすみません。連絡ありがとうございました」
※
A曰く。
「……ガスとか火とかは絶対に大丈夫だと思う。Bが止めなくても、必ずアレが何とかするから。
でも赤ちゃんが居ると無いってのは意外。Bが子供できてから、危ない場所に行ったり危ないものを買ったりしなくなってきたのかな」
H曰く。
「さすがに赤ん坊を放置して熟睡は、Bさんの潜在意識が拒むんじゃね?
アレ、Bさんの意識とカンペキ無関係って訳じゃないと思うよ。
無意識の部分とかに食い込んでないと、寝かすのはないと思うし。
Bさんでなきゃいけない理由があるんだろーねー。
赤ん坊を預けるとか家族が一緒とかでないとフルで戦えないなんて不便な状況、ただの間借りならショバ替えしてるよ」
※
あの時、部屋の中から聞こえた声についても「視える人」な二人に聞いてみた。
こちらは二人とも完全一致。
『融合していた人霊の内の一体が、消滅の危機に瀕して自我を取り戻した』
だそうです。
あの部屋は事前にHが使えるツテもコネも知識も全部使って、頼めるだけの人に頼んで、何重にも霊的に閉鎖していたのだとか。
その檻の中で、Bに憑いているアレとIに憑いていたモノとが…。
互いに在るだけで互いを削り合う至近距離に置かれることになり、形容し難い激烈なバトルが繰り広げられたようです。
結果は、またしてもBのアレの勝ちでした。
「……助けてくれ、開けてくれ」と叫んでいたのは、逃げ場のない檻の中でBのアレと戦いながら、二度目の死の恐怖を味わっていた誰かの霊だったと。
衝撃でした。
生身でなく声帯を持たないとは信じられないほど声はリアルでした。
そしてAが倒れたのは、霊的に比喩的に「血染めの惨殺現場」を見たためでした。
その霊たちがどうなったのかという質問には二人とも答えてくれなかったし、俺も考えたくありません。
Bのアレはお祓いだの浄霊だのしてくれる存在ではないと既に知っているので。
※
話は概ねこれで終わりです。
Bは次の日の朝に目を覚まし、鼻歌と共に朝食と夫の弁当を作ったそうです。
Iは精神科へ通院しているそうですが、以前と違って会話ができ、治療効果がきちんと出ることにI母は大変喜んでいたそうです。
ついでにCは、Hから何を聞かされたか知りませんが、もうあまりBとは連絡を取りたくないようなことを言っていました。
※
最後に、その「融合した複数の人霊」これが一番、この話の嫌なところですが…。
「恐らく半世紀以上は前のもの(百年は経っていない)」で、「全員、両手の爪が剥がされてた」そうでした。
それ以上はAもHも説明してくれませんでしたし、俺も聞きたくないと思っています。
どこでどんな目に遭った誰だとしても、それが判れば気分が悪くなるだけでしょうから。
以上です。