お葬式

K5-64731

数年前、深夜の0時頃に、その頃付き合ってたSから電話が掛かってきた。

切羽詰まったような声と口調で、話の内容がいまいち理解出来ない。

外にいるみたいなので、取り敢えず家まで来いと言った。

Sはタクシーでやって来た。普段は滅多に使わないのに。

部屋に入ってもなかなか座らないで落ち着かない様子。

「ゆっくり話してみ」と促すと、Sは自分で煎れた茶を飲みながらこんなことを語った。

仕事を終え、飯を食べて、自分の部屋に帰り着いたのが23時30分頃だった。

焼き肉を食べたので、一刻も早く風呂に入りたかった。

玄関に荷物を置くと、電気も点けずに風呂のドアを開ける。

途端にモワッと煙りのようなものが顔に。スイッチを探る手が止まった。

湯船が黒い布で覆われている。その上に──白い花束、火の点いたロウソクが数本。

線香の煙と匂いが充満する中央に、額に入ったモノクロ写真。

ロウソクの灯りに浮かび上がる白い笑顔。

その目が背景と同じ黒に塗り潰されている。

数瞬の思考停止。

やがて足が震え始め、次々と頭を過る疑問。

『葬式? 誰がこんなことを? いつの間に? 何のために? どうやって?』

鍵は掛かっていたし、窓は…閉まってる。となると、これをやった人は今どこに─。

その時、押入の方から微かに聞こえてきた。

暗闇の中、「サラ…サラ…」と、紙を一枚ずつ落とすような音。

反射的に体が動き、気が付くとバッグを引っ掴んで外へ。

国道まで無我夢中で走って、そこから電話をした。

途切れがちで断片的な話だったが、Sの話を纏めると大体こんな感じだった。

「泥棒だったらどうしよう…。そう言えば、火事も心配だなぁ」

そこで、二人して彼女の部屋に行ってみることにした。用心のために鉛管を持って。

2階建てのアパートの2階。階段を上がって部屋の前に立つ。

音は聞こえないし何の気配もない。ドアを開く。

鼻をつく線香の匂い。電気を点け風呂へ。

風呂場は聞いた通りの光景だった。ただロウソクと線香の火は消えている。

遺影の目は墨のようなもので塗り潰されていた。粗雑で子供の塗り絵のようだった。

「わああああああああ!!」

背後で悲鳴が聞こえた。

風呂場を出ると、Sが開いた押入の前で口に手を当てて固まっている。

押入の上段から大量の髪の毛が床にこぼれ落ちていた。

半端な量ではない。床に落ちた髪だけで大人一人分どころではなかったと思う。

Sは惚けたように立ち尽くしていた。なぜか片足が円を描いている。

ちょっと洒落にならないということで、俺の携帯で110番した。

「あれ、髪の毛が落ちる音だったんだ…」

後ろでSが呟いていた。警察が来るまで何度も何度も。

部屋から無くなっていたものは何もなかった。

風呂場と押入以外の場所が荒らされた形跡もない。

そのせいか、警察は聴き取りしただけであっさり帰ってしまった。

指紋とかを調べるのかと思ったが、そんな事はしなかった。

ただ、風呂場に置かれていたもの一式と、大量の髪の毛はSのものではない事をしつこいくらい確認してから、全部持って行った。

翌日からSは俺の部屋に泊まるようになり、それから半月ほどで俺たちは別れた。

一緒にいる時間が増え、お互いの嫌な所が見えてきた、というのもあったかもしれない。

けれど、あの日以来、Sは明らかに変わってしまった。

不機嫌でふさぎ込みがちになり、一日に一度は突然泣き出してしまう。

仕事も休みがちになった。何を食べても味がしないと言って食事を抜く。

夜中に目が覚めると、Sはテーブルの前に座って鏡を見つめていることもあった。

別れてからのSのことは、同僚だった弟を通じて耳に入ってきた。

日に日におかしくなるSを、家族は病院へ連れて行ったらしい。

検査の結果、癌が見つかった。

発見時にはすでに手遅れで、一月と経たずSはこの世を去ってしまった。

一応、葬儀には出席した。

段の上の方には、ニッコリと笑うSの遺影があった。

鮮やかなカラー写真は、風呂場で見た遺影の陰鬱とは似ても似つかない。

遺体の顔も拝んだ。思いの外ふくよかで肌も綺麗だった。

ただ、それは『葬儀屋の修復テク』のせいだと後で聞かされた。

「姉ちゃんゲッソリ痩せてたのに、綿詰めて化粧したら、元気そうに見えるんだもんな」

説明しながら、弟はちょっと涙声になった。

「カツラも着けてもらってさ、薬の副作用で、髪の毛ごっそりと抜けちまってたのに…」

警察が来るまで呟いていたSの言葉が耳に蘇って、少し震えた。

結局ね、意識的にせよ無意識にせよ、Sが自分で全てをやったというのが、一番筋が通る仮説だと思うんですよ。

自分が癌であることを知っていて、全ての意匠をそれに見立てて演出した。

ただ、それを行うことによって、誰に何を伝えようとしたのか?

それを考ようとすると、感情が昂って冷静に考えられないんですよ、俺には。

自分で自分の思考にストップをかけているんでしょうね、きっと。

普通の子に戻れた日

小さい頃、私は知的障碍を持っていると思われていました。 言葉や文字に対する遅れは見られませんでしたが、コミュニケーション能力が欠けているとしか思えない様子だったそうです。 …

公衆電話(フリー写真)

鳴り続ける公衆電話

小学生の時、先生が話してくれた不思議な体験。 先生は大学時代、陸上の長距離選手だった。 東北から上京し下宿生活を送っていたのだが、大学のグラウンドと下宿が離れていたため、町…

日本人形(フリー画像)

ばあちゃんの人形

母から聞いた本当にあった話。肉親の話だから嘘ではないと思う。 母の昔の記憶だから、多少曖昧なところはあるかもしれないけど。 ※ 母がまだ子供の頃、遊んで家に帰って来たら居間の…

猿(フリー素材)

えんべさん

帰省した時、祖母に『コトリバコ』のような呪わしい因習話は無いかと聞いたところ、残念ながら無かったんだけど、伯父さんがそれ系の話を知っていたので書きます。 ※ 1980年代、伯父さん…

縁側(フリー写真)

田舎にワープ

自分でも今だに信じられない話。俺が小学二年生の夏の話。 弟と兄弟喧嘩をした時、両親は理由も聞かず、長男だからという理由で俺だけを叱った。 正座させられた俺に、両親の後ろに回…

首刈り地蔵

小学生の頃、両親が離婚し俺は母親に引き取られ、母の実家へ引っ越すことになった。 母の実家は東北地方のある町でかなり寂れている。家もまばらで町にお店は小さいスーパーが一軒、コンビニ…

雪(フリー写真)

片道の足跡

北海道は札幌に有名な心霊スポットの滝がある。 夏場などは、夜中なのに必ずと言って良いほど駐車場に車が数台停めてあって、若い声がきゃーきゃー言っているような有名な場所。 ※ 当…

ハンバーグ

私が中学生の時の事です。 母がスーパーで手作りハンバーグを買ってきました。 真空パックに入った調理済みのものではなく、そこのスーパーの肉屋さんでひき肉をこねて成形し、後は焼…

山道(フリー素材)

上位の存在

厳密に言うと、この話は俺が「洒落にならない程怖い」と思った体験ではない。 俺の嫁が「洒落にならない程怖い」と思ったであろう話である。 俺の嫁は俗に言う視える人で、俺は全くの…

イエンガミ

先日亡くなった友人(暗子)が実は生きていて、暗子を助けようとしていた友人(陽子)が行方不明になった…という出来事がありました。 心霊系の話ではないし、かなり長くなります。そして最…