
本当の話です。というより、今も続いている話です。
私はこれまで、幽霊どころか、不思議なことひとつ体験したことのない人間でした。
それが、この夏から、おかしなことばかり続いています。
始まりは、夫が熱にうなされながら歌った、たまずさの歌でした。
誰かに聞いてほしくて、ここに書き込みます。
長くなりますが、読んでいただけたらうれしいです。
先に、少しだけ私たちのことを書いておきます。
夫とは、三年前に結婚しました。
夫の実家は、四百年以上続く古い家です。
建物は何度か建て替えているのでそれほど古くありませんが、家の建っている土地も、周りの山林も、ずっと昔から同じ一族のものだと聞いています。
夫はその家の長男で、ほかに男の兄弟はいません。
夫の父も、その父も、一人息子だったそうです。
お盆に親戚が集まっても、座敷の上座に座る男の人は、いつも数えるほどしかいませんでした。
女の人ばかりが、台所と座敷のあいだを忙しく行き来していました。
私はそれを、古い家とはそういうものなのだろう、と思って見ていました。
結婚式は、夫の実家の座敷で挙げました。
式の前の晩、夫の祖母が、私を奥の間に呼びました。
祖母は、小さな桐の箱から、一通の手紙を取り出しました。
奥の間は、昼間でも薄暗い部屋でした。
床の間に掛け軸が一幅あって、その前に、古い鏡台が一つ置かれていました。
紅白の細い紙縒りで、固く結ばれた手紙でした。
「これは、この家に嫁に来た人が持つものです」
「結び目は、ほどかずに持っていなさい。中は読まんでいい」
祖母は、それだけ言って、手紙を私の手に載せました。
私はお礼を言って受け取り、今の家に持ち帰りました。
帰りの車の中で、夫に「おばあちゃん、何くれたの」と聞かれました。
「お守りみたいなもの」
私はそう答えて、それ以上は話しませんでした。
結び目は、蝶のような形に、何重にも固く結ばれていました。
表書きも裏書きもなく、紙は古びて、端がうっすらと茶色くなっていました。
何代も前から、同じ手紙を受け渡してきたのかもしれない、と思いました。
それから三年、その手紙は、寝室の鏡台の引き出しの宝石箱の中に、入れたままになっていました。
祖母は、去年の春に亡くなりました。
手紙のことは、夫にも話していませんでした。
話すほどのことでもない、と思っていたのです。
今思えば、あのとき話しておけばよかったのかもしれません。
あの歌と、あの手紙がつながっているのかどうか、私にはまだわかりません。
けれど、たまずさの歌を耳にしてから、私はずっとあの結び目のことを考えています。
三十九度の夜の寝室
今年の七月の終わりの土曜日のことです。
夫と二人で、隣の県の花火大会に出かけていました。
夜に帰ってくるなり、夫が「頭が痛い、寒い」と言い出しました。
熱を測ると、最初は微熱でした。
早めに寝かせたのですが、三時間ほどで、三十九度を超えてしまいました。
夫は市販の風邪薬が体に合わないので、夜間の救急相談に電話をかけました。
言われるままに、夜中の二時に、救急外来へ連れて行きました。
幸い、ただの夏風邪だろうという診断でした。
薬をもらって帰ると、夫は薬が効いたのか、すぐにぐっすり眠りました。
もう、窓の外が白みはじめていました。
さすがに同じベッドでは眠れず、私はリビングのソファで少しうとうとしました。
どれくらい経ったでしょうか。
夫に呼ばれたような気がして、はっと目が覚めました。
声は、たしかに寝室から聞こえていました。
急いで行ってみると、夫が、仰向けのまま大きな声で歌っていました。
熱はまだ下がりきっていないはずです。
眠っているのに、何かに急かされるように、一生懸命に歌っているのです。
その様子は、とにかく異様でした。
部屋の中は、エアコンが効いているのに、妙に蒸し暑く感じられました。
カーテンの隙間から入る夜明けの光が、夫の喉のあたりを青白く照らしていました。
私はぎょっとして、寝室の入口で立ちすくんでしまいました。
夫はふだんからひどい音痴なので、どんな節なのかはよくわかりません。
それでも、言葉だけは聞き取れました。
「すみのはに……とうとうと……おかざりを……すべらかす……」
ほかにも何か言っていましたが、聞き取れませんでした。
全身が、一気に冷えていくような感覚がありました。
それは歌というより、何かを読み上げているような節回しでした。
同じ言葉を、少しずつ順番を変えて、何度も繰り返していました。
熱で頭がおかしくなったのかと思い、私はとっさに、まだ氷の残っている水枕を夫の頭の下から引き抜きました。
すると夫は、ふっと歌うのをやめ、すうすうと寝息を立てはじめました。
私は意味もなく水枕の水を替えたり、夫の顔を濡れタオルで拭いたりしました。
それから、特に変わった様子もないので、ソファに戻りました。
その日曜日のうちに、熱はだいぶ下がりました。
少し元気になった夫に、私は笑いながら言いました。
「夜中に、大きい声で歌ってたよ。すごく怖かった」
「え、マジで。全然覚えてない。何の歌?」
「知らない変な歌。熱で頭おかしくなったかと思った」
「たぶん頭は大丈夫だと思う」
そんなやりとりをして、その日はもう夫が歌うこともなく、私の怖さも薄れていきました。
風呂場のたまずさの歌
月曜日、夫は仕事を休みました。
一日中、布団の中でスマートフォンの動画を見て、ときどき笑っていました。
その笑い声を聞いて、私はようやく胸をなで下ろしました。
火曜日の朝には、夫はすっかり元気になっていました。
朝食の前に、夫はベランダでたばこを吸っていました。
うちは、家の中は禁煙なのです。
私は台所で、味噌汁の鍋をかき混ぜていました。
窓を開けていたので、ベランダの夫の独り言が聞こえてきました。
「……これが……で、……ねだやしだな……」
私は、また、ぎょっとしました。
ねだやし。
頭の中で、とっさに「根絶やし」という字に変わりました。
ベランダから戻ってきた夫に、私は聞きました。
「今、根絶やしって言ったよね。何のこと?」
夫は、心の底から驚いた顔をしました。
「は? 根絶やし? 何それ」
「言ってたじゃない。そんな怖い言葉、使わないでよ」
「いや、言ってないよ。聞き間違いじゃない?」
夫はきょとんとしていました。
嘘をついているようには、見えませんでした。
夫は昔から、ごまかすときには必ず耳をかく癖があるのです。
その朝、夫の手は、ずっとお箸を握ったままでした。
それ以上は問い詰められず、朝ごはんを食べて、二人とも仕事に出かけました。
八月に入って、夫の友だちのAさんが、泊まりがけで遊びに来ました。
Aさんは夫の大学時代からの友人で、結婚してからも何度も泊まりに来てくれている人です。
その晩、Aさんがお風呂に入っているときのことでした。
私は、閉まった脱衣所のドアの前を通りかかりました。
そこで、また心臓が止まるかと思いました。
Aさんが、お風呂の中で歌っていたのです。
「とうとうと……おかざりを……すべらかす……たまずさが……とけぬうち……すみのはに……」
何かの地方のわらべ歌だろうか、と混乱した頭で考えました。
でも、夫とAさんの実家は、遠く離れた別の県です。
お葬式でお坊さんが読むお経のような、平たい節でした。
夫が歌っていたのと、同じ歌だと思いました。
膝が、がくがくと震えました。
一度だけなら、熱のせいで済ませられます。
でも、別の人の口から、同じたまずさの歌が出てきたのです。
それも、夫が歌ったときには聞き取れなかった言葉まで、はっきりと。
リビングでテレビを見ていた夫に、私は小声で言いました。
「ねえ、Aさんが、この前あなたが歌ってたのと同じの歌ってる」
夫は「何の歌だよ」と笑いながら、脱衣所のドアの前まで来てくれました。
けれど、そのときにはもう、シャワーの音しか聞こえませんでした。
お風呂から上がったAさんに、私は頼みました。
「さっきお風呂で歌ってた歌、もう一回歌ってみて」
「え? 俺、何か歌ってた?」
Aさんは、本当にわからないという顔をしていました。
「まあ気にすんなよ。飲もう飲もう」
その夜、私は寝室のドアに鍵をかけて眠りました。
隣の部屋から、Aさんのいびきが朝まで聞こえていました。
その音に、なぜか少しだけ救われました。
二人に明るくそう言われて、その晩は三人でお酒を飲み、どうにかやり過ごしました。
スーパーのレジの列
それから三日後のことです。
私は仕事帰りに、いつも駅前のスーパーに寄ります。
その日も、夕方の混んだレジの列に並んでいました。
私の前には、三人ほど並んでいました。
すぐ前にいたおじさんが、「あっ、あれ忘れた」と言って、私の顔を見ました。
「ごめんね、すぐそこのやつ忘れたから、カゴ置いてっていい?」
列から抜けずに、買い忘れたものを取ってきたい、ということのようでした。
後ろにも人が並んでいたので、私は苦笑いでごまかしました。
おじさんはカゴを置いて列を離れ、しばらくして、青のりの小袋を一つ持って戻ってきました。
後ろの人も何も言わなかったので、そのままにしておきました。
会計を済ませて、袋に品物を詰めていると、右の肩をぽんと叩かれました。
振り向くと、さっきのおじさんでした。
「さっきはありがとね」
「いえ……」
おじさんは、私の耳元に口を寄せて、こう言いました。
「すぐには来ないよ。たまずさがとけぬうちは、ねだやしにはならないからね」
そして、もう一度、肩をぽんと叩きました。
私は、冷水を浴びせられたように固まってしまいました。
なぜ、この人が、あの歌の言葉を知っているのか。
なぜ、夫の独り言まで知っているのか。
頭の中で、同じ問いがぐるぐると回っていました。
おじさんは、さっさと荷物を持って、入口のほうへ歩いていきました。
自動ドアを出たところで、ガラス越しに、その姿がふっと消えました。
私は自分の買い物袋を置いたまま、小走りで入口まで行きました。
駐輪場にも、歩道にも、おじさんの姿はありませんでした。
私は目が悪いのですが、コンタクトをしているので、見間違えるほどではありません。
あの人は、たしかにガラスの向こうで消えました。
幽霊というのは、スーパーで青のりを買うものなのでしょうか。
家に帰ってから、私は歌の言葉を一つずつ検索しました。
たまずさ、は「玉梓」と書き、昔の言葉で「手紙」のことだそうです。
すべらかす、は、垂らす、流す、という意味だと書いてあるページもありました。
すみのは、が何なのかは、どこにも見つかりませんでした。
その字を見た瞬間、鏡台の引き出しの宝石箱のことが頭に浮かびました。
けれど、私は引き出しを開けられませんでした。
開けて何かを確かめてしまうのが、怖かったのです。
代わりに、私は夫の母に電話をかけました。
歌の言葉を一つずつ読み上げて、聞いたことがないか、と尋ねました。
電話の向こうが、しんと静かになりました。
「その歌、誰から聞いたの」
義母の声は、いつもより低く、硬いものでした。
私が答えるより先に、電話は切れていました。
かけ直しても、義母は出ませんでした。
古い屋敷をめぐる話を、かみ屋敷という題で読んだのは、その晩のことです。
盆の実家の白い着物
その週末から、お盆休みでした。
私たちは、夫の実家へお墓参りに行きました。
お墓参りをしたその晩、そのまま実家に泊まりました。
夜中に、何かの気配で目が覚めると、夫が布団の上に正座していました。
時計を見ると、朝の四時でした。
障子の向こうの廊下は、まだ真っ暗でした。
遠くで、一番鶏にはまだ早い、何かの鳥が一声だけ鳴きました。
「どうしたの」
「なあ……前に、俺が根絶やしって言ったって、言ってたよな」
「言ったけど……何なの」
「見た。さっき。白い着物を何枚も重ねた、髪の長い女の人」
夫は、廊下のほうを見たまま言いました。
「髪も着物も長くて、畳の上を引きずってた。真っ青で、痩せてて」
「夢で?」
「夢かもしれない。でも、根絶やし、って言われた気がする」
私は、気が遠くなりそうでした。
「俺、その人を見るの、二回目なんだ。小学生のとき、一回だけ。そのときは、廊下を渡っていっただけだった」
根絶やし。
夫は、この家のたった一人の男の子です。
怖い話が大嫌いな夫が、こんな話をするのは初めてでした。
私は、夫の手を強く握ることしかできませんでした。
翌朝、義母は何事もなかったように朝食の支度をしていました。
電話のことを、私は口にできませんでした。
帰り際、義母は私の手を取って、一言だけ言いました。
「あの手紙、大事にしてね」
私は、手紙のことを義母に話した覚えはありませんでした。
住まいに残る違和感を描いた話を、左右が逆だった例の物件という題で読んだことがあります。
帰りの電車の中で、私はずっとその話を思い出していました。
それからしばらくは、何も起きませんでした。
けれど、昨日の夜中、正確には今朝の三時ごろ、夫がまた眠ったまま大きな声で歌い出しました。
「すみのはに……とうとうと……おかざりを……」
私は飛び起きて、夫を揺さぶって起こしました。
夫は寝ぼけた顔で、歌っていたと聞くと、力なく笑いました。
「俺、どうかなっちゃうのかなあ」
私は、泣いてしまいました。
夫が仕事に出たあと、私は会社を休みました。
掃除も洗濯も、手につきませんでした。
リビングのソファに座ったまま、昼まで鏡台のほうを見ていました。
それから、鏡台の引き出しを開けました。
宝石箱の蓋を、そっと持ち上げました。
箱の中の結び文は、結び目が半分ほどほどけていました。
三年間、一度も触っていません。
夫も、この箱のことは知りません。
今、この箱は、私の膝の上にあります。
どなたか、この歌の意味がわかる方はいらっしゃいませんか。