猛スピードで

6a00d8341c019953ef019b02041032970b

俺にはちょっと変な趣味があった。

その趣味って言うのが、夜中になると家の屋上に出て、そこから双眼鏡で自分の住んでいる街を観察すること。

いつもとは違う静まり返った街を観察するのは楽しい。

遠くに見える大きな給水タンクのシルエットとか、酔っ払いを乗せて坂道を登っていくタクシーとか、 ぽつんと佇むまぶしい自動販売機なんかを見ていると、妙に興奮してくる。

俺の家の西側には長い坂道があって、それがまっすぐ俺の家の方に向って下ってくる。

だから屋上から西側に目をやれば、その坂道の全体を正面から視界に納めることができるようになってるわけね。

その坂道の脇に設置されてる自動販売機を双眼鏡で見ながら、「あ、大きな蛾が飛んでるな~」なんて思っていたら。

坂道の一番上のほうから、物凄い勢いで下ってくる奴がいた。

「なんだ?」と思って双眼鏡で見てみたら、全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、満面の笑みを浮かべながらこっちに手を振りつつ、猛スピードで走ってくる。

あきらかにこっちの存在に気付いているし。俺と目も合いっぱなし。

あっけに取られて呆然と眺めていたけど、なんだか凄くヤバイことになりそうな気がして、急いで階段を下りて家の中に逃げ込んだ。

ドアを閉めて、鍵をかけて「なんだよあれ!」って怯えていたら、ズダダダダダダッって屋上への階段を上る音が。

俺がさっきまでいた屋上。

「まじかよ」って心の中でつぶやきながら、声を潜めて物音を立てないように、リビングの真中でアイロン(武器)を両手で握って構えてた。

しばらくしたら、今度は階段をズダダダダッって下りる音。

もう、バカになりそうなくらいガタガタ震えていたら、ドアをダンダンダンダンダンダン!!って叩いて、チャイムをピンポンピンポン!ピポポン!ピポン!!と気が狂ったように鳴らしてくる。

「ウッ、ンーッ!ウッ、ンーッ!」って感じの奴のうめき声も聴こえていた。

…日が昇るまでアイロンを構えて硬直していた。

あいつはいったい何者だったんだ。もう二度と、夜中に双眼鏡なんか覗かない。

関連記事

シャッター(フリー写真)

未解決の行方不明者事件

この話は、ある探偵事務所のY氏から聞いた、未解決の行方不明者事件についてのものです。 消えた男性は、長距離トラック運転手でした。 男性はある日、青森へと向かう高速道路をト…

祭祀(長編)

近所に家族ぐるみで懇意にしてもらってる神職の一家がある。 その一家は、ある神社の神職一家の分家にあたり、本家とは別の神社を代々受け継いでいる。 うちも住んでいる辺りではかな…

山(フリー写真)

山の掟

親父から聞いた話。 今から30年程前、親父はまだ自分で炭を焼いていた。 山の中に作った炭窯でクヌギやスギの炭を焼く。 焼きに掛かると足かけ4日にもなる作業の間、釜の側…

神秘的な山道

おまつり

俺の生まれ育った村は、田舎の中でも超田舎。もう随分前に市町村統合でただの一地区に成り下がってしまった。 これは、まだその故郷が○○村だった時の話。俺が小学6年生の夏のことだった。…

峠の道

道連れ

夏のある日、二組のカップルが海水浴に出かけました。 仮にA君、A君の彼女、B君、B君の彼女とします。 A君はバイクを持っていたので一人で乗り、B君は車を持っていたので残りの…

踏切(フリー素材)

留守電に残された声

偶にニュースで取り上げられる、『携帯電話に夢中で、踏切を気付かずに越えて電車に轢かれてしまう』という事故があるじゃないですか。 巻き込まれた本人もさる事ながら、電話の相手も大変で…

神社の生活

これは5年程前から始まる話です。 当時、私は浮浪者でした。東京の中央公園で縄張り争いに敗れて、危うく殺されかけ追放された後、各地を転々とし、最後に近畿地方のとある山中の神社の廃墟…

公園の違和感

夜遅くの帰り道、公園の横を通った。遠くから歩きながら公園の方を見ると、なんか違和感がある。 近づいていくと、違和感の正体が分かった。電信柱の長さが違う。一方の電信柱の上に、髪が長…

ここにいたあ

13日に田舎の墓参りに行ってきた。 毎年恒例で、俺は東京で一人暮らしして初めての里帰りだった寺には一族郎党が集まり、仲の良い従兄弟のDも来ていた。 お経も終わり墓参りも終わ…

アパート(フリー写真)

住人の目

一昨年まで住んでいたアパートの話。 引っ越しをしようと決め、物件探しをしている時、 「ちょっとした縁で安く出来るから」 と、そのアパートを不動産会社から紹介された。 …