沈み木にあいた四つの穴

沈み木にあいた四つの穴

九十センチの水槽と、私の唯一の趣味

私は福井市内で電気工事の仕事をしている。

平成十年の夏の話だ。

当時、私は三十八で、独り暮らしだった。

幅九十センチほどの水槽で、淡水魚を飼っていた。

もう十年ほど続けていた、唯一の趣味だ。

仕事で疲れて帰った夜、その前に座るのが好きだった。

青い光の中を、小さな魚が音もなく行き交う。

水の流れる、かすかな音だけが部屋に満ちている。

その静けさが、ささくれた気持ちを鎮めてくれた。

私は遅番が多く、帰り着くのは深夜だった。

照明は、帰宅時刻に合わせてタイマーで点くようにしてある。

だから水槽は、私が帰るまで暗闇の中にいる。

そのことを、私は長いこと何とも思っていなかった。

ダム湖で拾った沈み木

その年の七月、私は車で山のほうへ出た。

大野からさらに奥へ入った、洞ヶ谷というダム湖だ。

水草を採れる場所があると、同僚に聞いていた。

湖はひどく静かだった。

岸辺には、流れ着いた木の枝がいくつも転がっている。

その中に、形のいい沈み木が一本あった。

水によくなじんだ、ほどよく黒ずんだ枝だ。

私はそれを水槽に入れようと思いついた。

拾い上げるとき、節のところに何か絡まっているのに気づいた。

はじめは、水草の根か、釣り糸の切れ端だと思った。

指でつまんで引っぱると、それは長い髪だった。

黒く、艶のある数本が、節にきつく巻きついていた。

湖は釣りもキャンプもできる場所だ。

私は深く考えず、その髪を抜いて、岸に捨てた。

枝を車に積むとき、もう一つ気づいたことがある。

枝の節のところに、小さな穴が、四つ、等間隔で空いていました。

虫食いにしては、並びが正しすぎた。

私は、古い杭か何かの流れついたものだろうと思った。

それきり、忘れた。

水草の場所を教えてくれたのは、職場の後輩だった。

翌週、私が枝の話をすると、後輩は妙な顔をした。

「木、持ってきたんすか」

水草の話はしたが、木の話はしていない、と後輩は言った。

「あそこ、木は拾わんほうがええって、地元の人が」

どういう意味かと訊いたが、後輩も又聞きだった。

そのときは、山の人の言うことだと思って笑った。

夜中の、ちゃぷ、という音

沈み木は煮沸してあくを抜き、水槽の中ほどに据えた。

魚たちは、新しい隠れ家を喜ぶように周りを泳ぎ回った。

枝を入れてからというもの、夜中にふと目が覚めることが増えた。

目を開けると、決まって水槽のほうから、ちゃぷ、と小さな音がする。

魚がはねたのだろうと、その時は思っていた。

音は、毎晩ではなかった。

雨の晩に多いことに、しばらくして気づいた。

降っていない晩は、何も聞こえない。

暗い部屋で、青白く光る水槽だけが、いつもこちらを見ているようだった。

水位だけが下がる

枝を入れて十日ほど経った晩のことだ。

残業で、いつもより遅く帰り着いた。

部屋はまだ真っ暗で、私は手探りで壁のスイッチを探した。

その時、暗闇の中でフィルターが嫌な音を立てた。

ガ、ガガガッ、と、空気を噛むような濁った音だ。

魚を飼う者なら分かるが、それは水位が下がったときの音だ。

フィルターが水を吸い込めず、空気を巻き込んでいる。

だが、おかしい。

前の日に、たっぷり水を足したばかりだった。

私は嫌な予感で、暗い床を手のひらで探った。

絨毯は乾いていた。

水のこぼれた様子はどこにもない。

翌朝も、その翌朝も、水位は同じところまで下がっていた。

足しても、朝には同じ高さに戻る。

ガラスの内側に、うっすらと白い線がついた。

いつも、そこで止まる。

下がった分の水が、どこへ行ったのかは分からない。

仕事柄、私はメモを取る癖がある。

水位が下がった日を、手帳につけていった。

七月の終わりから、八月の半ばまでで、十一日あった。

そのうち九日が、雨の日だった。

放流の日

八月の終わり、私は仕事で大野の変電設備に入った。

ついでに、洞ヶ谷ダムの管理事務所に寄った。

見学の名目で、貯水位の記録を見せてもらった。

職員は、慣れた様子で紙を出してくれた。

「雨のあとに落とすんですわ」

放流した日には、湖の水位が下がる。

私は、その日付を手帳と突き合わせた。

十一日、すべて一致していた。

湖の水が下がった日に、私の水槽の水も下がっている。

百キロ近く離れた、水道の水を張った水槽がだ。

私は職員に礼を言って、外へ出た。

湖面は、鏡のように静かだった。

事務所の職員に、私は世間話のふりで訊いてみた。

湖で木を拾う人はいるか、と。

職員は、少し笑って首を振った。

「地元の人は拾いませんね」

釣り客が枝を持ち帰ることはあるが、地元の年寄りは岸にも近づかないという。

「特に、水を落とす前の日は」

私が枝を拾ったのは、まさに放流の前日だった。

それは、あとで手帳を見て気づいた。

照明が点いた瞬間

九月の頭の晩、私は日付が変わる頃に部屋へ帰った。

玄関で靴を脱いでいると、またフィルターが空気を噛んだ。

床を探っているちょうどそのとき、タイマーが作動した。

かちり、という音とともに、水槽の照明が点いた。

暗闇の中に、水槽だけが青白く浮かび上がる。

私は中腰のまま、顔だけを上げた。

水の中に、髪があった。

水草のようにゆらいでいるのではない。

底から水面まで、人の背丈ぶんの髪が、まっすぐ立っていた。

顔は、なかった。

手も、体もない。

ただ、髪だけがそこにあった。

九十センチの水槽に、それが収まっているのがおかしい。

それなのに、収まっていた。

私が拾ってきた沈み木の、すぐそばだった。

フィルターが、また音を立てた。

髪の一房が、吸い込み口に引かれていく。

水流に押されて、髪が、真ん中から左右に分かれはじめた。

分け目が、開いていく。

その奥を見てはいけない、と全身が言った。

理屈ではない。

首が、勝手に別のほうを向いた。

私は視線を合わせないまま、後ずさりに部屋を出た。

鞄を肩にかけたまま、靴を履かずに外へ出た。

大通りまで出て、一度だけ自分の部屋の窓を見上げた。

照明が点いたままなので、カーテンが青白く光っている。

そのカーテンの端が、内側から、ぐにゃりと盛り上がっていた。

私は、それ以上見ないことにした。

朝になって戻ると

その晩は、終夜営業の店で朝まで過ごした。

明るい店内にいても、あの分け目のことが頭から離れない。

見間違いだ、疲れているのだと、何度も言い聞かせた。

けれど、フィルターの音だけは、はっきりと耳に残っていた。

朝になって、私は意を決して部屋に戻った。

玄関を開け放したまま、テレビの音を大きくした。

いつでも出られるように、靴も履いたままだった。

思いきって、水槽のある部屋の襖を開けた。

水槽は、何事もなかったように動いていた。

魚たちは、いつものように沈み木の周りを泳いでいる。

水位も、きちんと元通りだった。

髪は、どこにもなかった。

私は、しばらくその場に立っていた。

その日のうちに、私は魚を近くの店に引き取ってもらった。

沈み木も、袋を二重にして固く縛り、外へ出した。

収集車が来るまでの間、その袋から目を離せなかった。

風もないのに、袋の口が、かさり、と一度だけ動いた気がした。

そのあと、私は水槽を念入りに洗った。

濾過槽のふたを開けると、中から髪がどっと出てきた。

黒く、長い髪が、何十本も絡み合っていた。

私はそれをすべて捨てた。

これで終わりだと、自分に言い聞かせた。

その頃、隣の部屋の人に、廊下で声をかけられた。

「夜中、水入れてます?」

雨の晩に、壁の向こうから水を落とす音がするのだという。

私の部屋の水槽は、循環しているだけで、水を落とす音はしない。

私は、そうですね、とだけ答えた。

それ以上は、話さなかった。

隣の人は、その年の暮れに引っ越していった。

髪納めという言葉

終わりではなかった。

翌年の梅雨、濾過槽を開けると、また髪が入っていた。

魚はもう一匹もいない。

水道の水しか入れていない濾過槽にだ。

私は、洞ヶ谷のことを調べはじめた。

市立の図書館に、ダムで水没した集落の郷土誌があった。

洞ヶ谷には、昭和三十年代まで十七戸の集落があったという。

ダムができる前、そこには深い淵があった。

集落では、その淵に髪を納める習わしがあった。

髪納め、と書いてあった。

嫁ぐ娘、遠くへ出る者、長く床についた者。

その者の髪を一房切って、淵の上の棚に掛ける。

棚から落ちた髪は、水が持っていく。

持っていってもらえば、その者の身が軽くなるのだそうだ。

郷土誌には、決まりも書かれていた。

水に上げた髪は、二度と拾ってはいけない。

上げた髪は、いつか一本ずつ返ってくる。

返しに来るのは、上げた者ではない。

返すときは、湖ではなく、落ちる水のところへ返す。

私は、そこで手が止まった。

郷土誌には、白黒の写真が一枚だけ載っていた。

淵の上に、木の棚が組んである。

柱は四本。

柱の一本ずつに、鉤が四つ打ってある。

掛かっている髪は、写真では黒い筋にしか見えない。

撮影は昭和二十九年と書かれていた。

ダムができたのは、その七年後だ。

司書に頼んで、集落の移転の資料も出してもらった。

十七戸のうち、十四戸が大野の市街へ移っている。

残りの三戸は、県外へ出たとある。

「このへんの資料、たまに借りにくる方いますよ」

司書はそう言って、貸出票を見せてくれた。

同じ名前が、十年おきに三回並んでいた。

浅井、と読めた。

四つの穴

郷土誌の編纂に関わったという人が、まだ市内にいた。

浅井さんという、八十近い人だった。

私は、沈み木の話をした。

四つの穴のことを言うと、浅井さんは湯呑みを置いた。

「それは流木やない」

浅井さんは、そう言った。

「棚の柱です」

四つの穴は、髪を掛ける鉤を打った跡だという。

等間隔なのは、掛ける本数が決まっていたからだ。

棚はダムの底に沈んだが、柱は腐って浮くことがある。

私が持ち帰ったのは、木ではなく、髪を掛けておく場所でした。

浅井さんは、もう一つ教えてくれた。

集落には、返し手という役があった。

返ってきた髪を集めて、落ちる水のところへ返す役だ。

代々、一軒の家が受け持っていた。

「移転してから、その家は絶えとります」

それきり、返し手はいないのだという。

私は、自分の水槽の水位の話をした。

浅井さんは、しばらく黙っていた。

「上がる日に、返しに来るんです」

雨が続けば、湖の水が上がる。

上がれば、放流する。

落ちる水があるところに、返しに来るのだと言った。

私の水槽は、ただ落ちる水を持っていただけだ。

浅井さんの家は、大野の市街にあった。

移転してきた十四戸のうちの一軒だという。

床の間に、古い写真が伏せて置いてあった。

私は、それについては訊かなかった。

浅井さんは、茶を出しながら昔の話をした。

子どもの頃、棚に近づくと必ず叱られたそうだ。

「掛けてあるもんを、数えたらいかんと言われました」

数えると、足りないことに気づいてしまうからだという。

私は、返し手の家の名を訊いた。

浅井さんは、湯呑みを両手で持ったまま、言わなかった。

代わりに、こう言った。

「返し手は、自分で名乗るもんやないんです」

役は、譲られるのではなく、いつのまにか回ってくる。

気づいたときには、もう受け取っている。

私は、自分の濾過槽のことを思った。

目張りをしても

その年から、私は濾過槽を目張りするようになった。

接着剤で塞ぎ、テープを二重に巻いた。

それでも、次に開けたときには髪があった。

数本のこともあれば、束のこともある。

本数を数えるようになって、分かったことがある。

雨の多い年ほど、多い。

少ない年は、二、三本で済む。

雨量と本数が、きれいに合ってしまう。

合ってしまうことが、私には怖い。

水槽を手放そうとも考えた。

実際、一度は物置にしまった。

そうしたら、風呂の排水口に来るようになった。

落ちる水のあるところなら、どこでもいいのだろう。

私は水槽を出して、また台所の隅に置いた。

私の家が、いま、髪の掛かる場所になっています。

髪は、毎年少しずつ違う。

最初の何年かは、長く、艶があった。

近ごろのものは、短い。

肩に届かないくらいの長さだ。

白いものが混じっていた年もある。

納めた者の年月が、そのまま進んでいるようだった。

そう考えるのは、私の勝手な理屈だ。

ただ、ほかに説明のしようがない。

あの晩のことで、もう一つ思い出したことがある。

照明が点く直前、私は床を手で探っていた。

絨毯は乾いていた。

ただ、水槽の台の脚のところだけが、冷たかった。

濡れてはいない。

冷たいだけだ。

湖の水は、夏でも足が痛くなるほど冷たい。

あの冷たさに、私は覚えがあった。

枝を拾った日、私は膝まで湖に入っている。

水草を採るためだ。

そのとき、足首に何かが触れた。

藻だと思って、足で払った。

払ったあと、水面に黒い筋が広がった。

私は、それを見なかったことにして岸へ上がった。

今になって、あれを思い出す。

浅井さんに、そのことも話した。

浅井さんは、少し困った顔をした。

「先に、触られとりますね」

枝を拾ったから来たのではない、ということらしい。

順番が逆なのだ。

触られたから、掛ける場所が手元に来た。

私が選んだつもりの枝は、選ばれていたのだろうか。

訊いたが、浅井さんは答えなかった。

返し方は、教わっていない

沈んだ村の話は、この土地にいくつもある。

沈んだ村の渡し場のような話を読むたび、私は水位の記録を思い出す。

沈める側の話もある。

沈む村の溜池に沈めたものは、私にはよそごとに読めなかった。

どこも、返し方までは書いていない。

梅雨になると、私は濾過槽を開ける。

髪を集めて、和紙に包む。

それを持って、市内の川の堰まで歩く。

水が落ちているところで、包みを開いて、流す。

浅井さんに教わったわけではない。

郷土誌の一行を、自分なりに真似ているだけだ。

合っているのかどうかは、分からない。

浅井さんは、数年前に施設へ入られた。

返し手のことを、もっと聞いておけばよかったと思う。

あの家がなぜ絶えたのかも、訊いていない。

訊かなくてよかったのかもしれない。

今も、あの分け目の奥は見ていない。

見なかったから、私はこうしていられるのだと思っている。

あのとき首を勝手に背けさせた何かに、私は感謝すらしている。

ただ、一つだけ気になっていることがある。

拾った髪を、私はあの日、岸に捨てた。

湖には、返していない。

今年の梅雨も、私は堰まで歩く。

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