
九十センチの水槽と、私の唯一の趣味
私は福井市内で電気工事の仕事をしている。
平成十年の夏の話だ。
当時、私は三十八で、独り暮らしだった。
幅九十センチほどの水槽で、淡水魚を飼っていた。
もう十年ほど続けていた、唯一の趣味だ。
仕事で疲れて帰った夜、その前に座るのが好きだった。
青い光の中を、小さな魚が音もなく行き交う。
水の流れる、かすかな音だけが部屋に満ちている。
その静けさが、ささくれた気持ちを鎮めてくれた。
※
私は遅番が多く、帰り着くのは深夜だった。
照明は、帰宅時刻に合わせてタイマーで点くようにしてある。
だから水槽は、私が帰るまで暗闇の中にいる。
そのことを、私は長いこと何とも思っていなかった。
ダム湖で拾った沈み木
その年の七月、私は車で山のほうへ出た。
大野からさらに奥へ入った、洞ヶ谷というダム湖だ。
水草を採れる場所があると、同僚に聞いていた。
湖はひどく静かだった。
岸辺には、流れ着いた木の枝がいくつも転がっている。
その中に、形のいい沈み木が一本あった。
水によくなじんだ、ほどよく黒ずんだ枝だ。
私はそれを水槽に入れようと思いついた。
※
拾い上げるとき、節のところに何か絡まっているのに気づいた。
はじめは、水草の根か、釣り糸の切れ端だと思った。
指でつまんで引っぱると、それは長い髪だった。
黒く、艶のある数本が、節にきつく巻きついていた。
湖は釣りもキャンプもできる場所だ。
私は深く考えず、その髪を抜いて、岸に捨てた。
※
枝を車に積むとき、もう一つ気づいたことがある。
枝の節のところに、小さな穴が、四つ、等間隔で空いていました。
虫食いにしては、並びが正しすぎた。
私は、古い杭か何かの流れついたものだろうと思った。
それきり、忘れた。
※
水草の場所を教えてくれたのは、職場の後輩だった。
翌週、私が枝の話をすると、後輩は妙な顔をした。
「木、持ってきたんすか」
水草の話はしたが、木の話はしていない、と後輩は言った。
「あそこ、木は拾わんほうがええって、地元の人が」
どういう意味かと訊いたが、後輩も又聞きだった。
そのときは、山の人の言うことだと思って笑った。
夜中の、ちゃぷ、という音
沈み木は煮沸してあくを抜き、水槽の中ほどに据えた。
魚たちは、新しい隠れ家を喜ぶように周りを泳ぎ回った。
枝を入れてからというもの、夜中にふと目が覚めることが増えた。
目を開けると、決まって水槽のほうから、ちゃぷ、と小さな音がする。
魚がはねたのだろうと、その時は思っていた。
※
音は、毎晩ではなかった。
雨の晩に多いことに、しばらくして気づいた。
降っていない晩は、何も聞こえない。
暗い部屋で、青白く光る水槽だけが、いつもこちらを見ているようだった。
水位だけが下がる
枝を入れて十日ほど経った晩のことだ。
残業で、いつもより遅く帰り着いた。
部屋はまだ真っ暗で、私は手探りで壁のスイッチを探した。
その時、暗闇の中でフィルターが嫌な音を立てた。
ガ、ガガガッ、と、空気を噛むような濁った音だ。
※
魚を飼う者なら分かるが、それは水位が下がったときの音だ。
フィルターが水を吸い込めず、空気を巻き込んでいる。
だが、おかしい。
前の日に、たっぷり水を足したばかりだった。
私は嫌な予感で、暗い床を手のひらで探った。
絨毯は乾いていた。
水のこぼれた様子はどこにもない。
※
翌朝も、その翌朝も、水位は同じところまで下がっていた。
足しても、朝には同じ高さに戻る。
ガラスの内側に、うっすらと白い線がついた。
いつも、そこで止まる。
下がった分の水が、どこへ行ったのかは分からない。
※
仕事柄、私はメモを取る癖がある。
水位が下がった日を、手帳につけていった。
七月の終わりから、八月の半ばまでで、十一日あった。
そのうち九日が、雨の日だった。
放流の日
八月の終わり、私は仕事で大野の変電設備に入った。
ついでに、洞ヶ谷ダムの管理事務所に寄った。
見学の名目で、貯水位の記録を見せてもらった。
職員は、慣れた様子で紙を出してくれた。
「雨のあとに落とすんですわ」
放流した日には、湖の水位が下がる。
※
私は、その日付を手帳と突き合わせた。
十一日、すべて一致していた。
湖の水が下がった日に、私の水槽の水も下がっている。
百キロ近く離れた、水道の水を張った水槽がだ。
私は職員に礼を言って、外へ出た。
湖面は、鏡のように静かだった。
※
事務所の職員に、私は世間話のふりで訊いてみた。
湖で木を拾う人はいるか、と。
職員は、少し笑って首を振った。
「地元の人は拾いませんね」
釣り客が枝を持ち帰ることはあるが、地元の年寄りは岸にも近づかないという。
「特に、水を落とす前の日は」
私が枝を拾ったのは、まさに放流の前日だった。
それは、あとで手帳を見て気づいた。
照明が点いた瞬間
九月の頭の晩、私は日付が変わる頃に部屋へ帰った。
玄関で靴を脱いでいると、またフィルターが空気を噛んだ。
床を探っているちょうどそのとき、タイマーが作動した。
かちり、という音とともに、水槽の照明が点いた。
※
暗闇の中に、水槽だけが青白く浮かび上がる。
私は中腰のまま、顔だけを上げた。
水の中に、髪があった。
水草のようにゆらいでいるのではない。
底から水面まで、人の背丈ぶんの髪が、まっすぐ立っていた。
※
顔は、なかった。
手も、体もない。
ただ、髪だけがそこにあった。
九十センチの水槽に、それが収まっているのがおかしい。
それなのに、収まっていた。
私が拾ってきた沈み木の、すぐそばだった。
※
フィルターが、また音を立てた。
髪の一房が、吸い込み口に引かれていく。
水流に押されて、髪が、真ん中から左右に分かれはじめた。
分け目が、開いていく。
その奥を見てはいけない、と全身が言った。
理屈ではない。
首が、勝手に別のほうを向いた。
※
私は視線を合わせないまま、後ずさりに部屋を出た。
鞄を肩にかけたまま、靴を履かずに外へ出た。
大通りまで出て、一度だけ自分の部屋の窓を見上げた。
照明が点いたままなので、カーテンが青白く光っている。
そのカーテンの端が、内側から、ぐにゃりと盛り上がっていた。
私は、それ以上見ないことにした。
朝になって戻ると
その晩は、終夜営業の店で朝まで過ごした。
明るい店内にいても、あの分け目のことが頭から離れない。
見間違いだ、疲れているのだと、何度も言い聞かせた。
けれど、フィルターの音だけは、はっきりと耳に残っていた。
※
朝になって、私は意を決して部屋に戻った。
玄関を開け放したまま、テレビの音を大きくした。
いつでも出られるように、靴も履いたままだった。
思いきって、水槽のある部屋の襖を開けた。
※
水槽は、何事もなかったように動いていた。
魚たちは、いつものように沈み木の周りを泳いでいる。
水位も、きちんと元通りだった。
髪は、どこにもなかった。
私は、しばらくその場に立っていた。
※
その日のうちに、私は魚を近くの店に引き取ってもらった。
沈み木も、袋を二重にして固く縛り、外へ出した。
収集車が来るまでの間、その袋から目を離せなかった。
風もないのに、袋の口が、かさり、と一度だけ動いた気がした。
※
そのあと、私は水槽を念入りに洗った。
濾過槽のふたを開けると、中から髪がどっと出てきた。
黒く、長い髪が、何十本も絡み合っていた。
私はそれをすべて捨てた。
これで終わりだと、自分に言い聞かせた。
※
その頃、隣の部屋の人に、廊下で声をかけられた。
「夜中、水入れてます?」
雨の晩に、壁の向こうから水を落とす音がするのだという。
私の部屋の水槽は、循環しているだけで、水を落とす音はしない。
私は、そうですね、とだけ答えた。
それ以上は、話さなかった。
隣の人は、その年の暮れに引っ越していった。
髪納めという言葉
終わりではなかった。
翌年の梅雨、濾過槽を開けると、また髪が入っていた。
魚はもう一匹もいない。
水道の水しか入れていない濾過槽にだ。
※
私は、洞ヶ谷のことを調べはじめた。
市立の図書館に、ダムで水没した集落の郷土誌があった。
洞ヶ谷には、昭和三十年代まで十七戸の集落があったという。
ダムができる前、そこには深い淵があった。
集落では、その淵に髪を納める習わしがあった。
髪納め、と書いてあった。
※
嫁ぐ娘、遠くへ出る者、長く床についた者。
その者の髪を一房切って、淵の上の棚に掛ける。
棚から落ちた髪は、水が持っていく。
持っていってもらえば、その者の身が軽くなるのだそうだ。
※
郷土誌には、決まりも書かれていた。
水に上げた髪は、二度と拾ってはいけない。
上げた髪は、いつか一本ずつ返ってくる。
返しに来るのは、上げた者ではない。
返すときは、湖ではなく、落ちる水のところへ返す。
私は、そこで手が止まった。
※
郷土誌には、白黒の写真が一枚だけ載っていた。
淵の上に、木の棚が組んである。
柱は四本。
柱の一本ずつに、鉤が四つ打ってある。
掛かっている髪は、写真では黒い筋にしか見えない。
撮影は昭和二十九年と書かれていた。
ダムができたのは、その七年後だ。
※
司書に頼んで、集落の移転の資料も出してもらった。
十七戸のうち、十四戸が大野の市街へ移っている。
残りの三戸は、県外へ出たとある。
「このへんの資料、たまに借りにくる方いますよ」
司書はそう言って、貸出票を見せてくれた。
同じ名前が、十年おきに三回並んでいた。
浅井、と読めた。
四つの穴
郷土誌の編纂に関わったという人が、まだ市内にいた。
浅井さんという、八十近い人だった。
私は、沈み木の話をした。
四つの穴のことを言うと、浅井さんは湯呑みを置いた。
※
「それは流木やない」
浅井さんは、そう言った。
「棚の柱です」
四つの穴は、髪を掛ける鉤を打った跡だという。
等間隔なのは、掛ける本数が決まっていたからだ。
棚はダムの底に沈んだが、柱は腐って浮くことがある。
私が持ち帰ったのは、木ではなく、髪を掛けておく場所でした。
※
浅井さんは、もう一つ教えてくれた。
集落には、返し手という役があった。
返ってきた髪を集めて、落ちる水のところへ返す役だ。
代々、一軒の家が受け持っていた。
「移転してから、その家は絶えとります」
それきり、返し手はいないのだという。
※
私は、自分の水槽の水位の話をした。
浅井さんは、しばらく黙っていた。
「上がる日に、返しに来るんです」
雨が続けば、湖の水が上がる。
上がれば、放流する。
落ちる水があるところに、返しに来るのだと言った。
私の水槽は、ただ落ちる水を持っていただけだ。
※
浅井さんの家は、大野の市街にあった。
移転してきた十四戸のうちの一軒だという。
床の間に、古い写真が伏せて置いてあった。
私は、それについては訊かなかった。
浅井さんは、茶を出しながら昔の話をした。
子どもの頃、棚に近づくと必ず叱られたそうだ。
「掛けてあるもんを、数えたらいかんと言われました」
数えると、足りないことに気づいてしまうからだという。
※
私は、返し手の家の名を訊いた。
浅井さんは、湯呑みを両手で持ったまま、言わなかった。
代わりに、こう言った。
「返し手は、自分で名乗るもんやないんです」
役は、譲られるのではなく、いつのまにか回ってくる。
気づいたときには、もう受け取っている。
私は、自分の濾過槽のことを思った。
目張りをしても
その年から、私は濾過槽を目張りするようになった。
接着剤で塞ぎ、テープを二重に巻いた。
それでも、次に開けたときには髪があった。
数本のこともあれば、束のこともある。
※
本数を数えるようになって、分かったことがある。
雨の多い年ほど、多い。
少ない年は、二、三本で済む。
雨量と本数が、きれいに合ってしまう。
合ってしまうことが、私には怖い。
※
水槽を手放そうとも考えた。
実際、一度は物置にしまった。
そうしたら、風呂の排水口に来るようになった。
落ちる水のあるところなら、どこでもいいのだろう。
私は水槽を出して、また台所の隅に置いた。
私の家が、いま、髪の掛かる場所になっています。
※
髪は、毎年少しずつ違う。
最初の何年かは、長く、艶があった。
近ごろのものは、短い。
肩に届かないくらいの長さだ。
白いものが混じっていた年もある。
納めた者の年月が、そのまま進んでいるようだった。
そう考えるのは、私の勝手な理屈だ。
ただ、ほかに説明のしようがない。
※
あの晩のことで、もう一つ思い出したことがある。
照明が点く直前、私は床を手で探っていた。
絨毯は乾いていた。
ただ、水槽の台の脚のところだけが、冷たかった。
濡れてはいない。
冷たいだけだ。
湖の水は、夏でも足が痛くなるほど冷たい。
あの冷たさに、私は覚えがあった。
※
枝を拾った日、私は膝まで湖に入っている。
水草を採るためだ。
そのとき、足首に何かが触れた。
藻だと思って、足で払った。
払ったあと、水面に黒い筋が広がった。
私は、それを見なかったことにして岸へ上がった。
今になって、あれを思い出す。
※
浅井さんに、そのことも話した。
浅井さんは、少し困った顔をした。
「先に、触られとりますね」
枝を拾ったから来たのではない、ということらしい。
順番が逆なのだ。
触られたから、掛ける場所が手元に来た。
私が選んだつもりの枝は、選ばれていたのだろうか。
訊いたが、浅井さんは答えなかった。
返し方は、教わっていない
沈んだ村の話は、この土地にいくつもある。
沈んだ村の渡し場のような話を読むたび、私は水位の記録を思い出す。
沈める側の話もある。
沈む村の溜池に沈めたものは、私にはよそごとに読めなかった。
どこも、返し方までは書いていない。
※
梅雨になると、私は濾過槽を開ける。
髪を集めて、和紙に包む。
それを持って、市内の川の堰まで歩く。
水が落ちているところで、包みを開いて、流す。
浅井さんに教わったわけではない。
郷土誌の一行を、自分なりに真似ているだけだ。
合っているのかどうかは、分からない。
※
浅井さんは、数年前に施設へ入られた。
返し手のことを、もっと聞いておけばよかったと思う。
あの家がなぜ絶えたのかも、訊いていない。
訊かなくてよかったのかもしれない。
※
今も、あの分け目の奥は見ていない。
見なかったから、私はこうしていられるのだと思っている。
あのとき首を勝手に背けさせた何かに、私は感謝すらしている。
ただ、一つだけ気になっていることがある。
拾った髪を、私はあの日、岸に捨てた。
湖には、返していない。
今年の梅雨も、私は堰まで歩く。