巡査が睨んだ先

巡査さん

これは、実際に起こった事件にまつわる話です。

今から15年前、私は10歳でした。

私の地元は山形県の中でも特に山あいの田舎で、ご近所さんは皆、顔見知りを超えて親戚のような存在でした。

本当に、大げさではなく、顔を見ればどこの誰かすぐに分かるような、そんな地域でした。

鍵をかける習慣すらない、のどかで平和な村でした。

そんなある日、村に衝撃が走りました。

突然、殺人事件が起きたのです。

第一発見者は隣に住むおじさんでした。

早朝、沢にわさびを採りに行ったところ、上流で人が倒れているのを見つけたそうです。

倒れていたのは、同じ地域で一人暮らしをしていたおばあちゃんでした。

そのおばあちゃんは、いつも乳母車を押して散歩していて、私が挨拶をするとにこやかに「天気がいいね~」と返してくれる、優しい印象の方でした。

私の記憶にある限りでも、あんな事件に巻き込まれるような人ではなかったと思います。

当時の私はまだ小学生でした。

テレビでしか見たことがなかった「殺人事件」という言葉が、こんなにも身近で起こるなんて――。

信じられない気持ちと、心の底から湧き上がる恐怖に、胸が締めつけられました。

田舎の村で起きた事件ということもあり、町中が蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。

巡査さんが一軒一軒、家々を回って聞き込みをしていましたが、しばらくの間、犯人は分からないままでした。

多くの大人たちは、「圏外から来た通りすがりの犯行だろう」と、まことしやかに噂していました。

そして、事件発生からおよそ3ヶ月が経った頃。

犯人が逮捕されました。

それが――あの、巡査さんだったのです。

理由は、借金の返済や土地の所有権を巡る口論の末。

その場にあったナイロンテープでおばあちゃんの首を絞め、沢に遺体を遺棄したというものでした。

でも、私は知っていました。

聞き込みに訪れたその巡査さんの顔が、なぜか睨んでいるおばあちゃんの顔と重なって見えたからです。

今思えば、あの瞬間、何かを感じ取っていたのかもしれません。

ここからは私の憶測も含まれます。

巡査さんは、確かにお金に困っていたと聞きました。

ただ、借金をしていたのは、そのおばあちゃんだけではなかったようです。

ギャンブル好きだったという話もあり、自宅の立て直し費、親の葬儀代、さらには借りていた田んぼの年貢など、様々なところから借金を重ねていたそうです。

地域の中でも、肩身の狭い立場にあったようです。

一方で、おばあちゃんは土地持ちでした。

彼女はその土地を、地域の人たちに無償で貸していたと聞いています。

ところが、事件当時、その土地を県外の業者に売却しようとしていたのだとか。

それによって困る人も、多くいたに違いありません。

お葬式の後、問題の土地は、元の借り手たちがそのまま使い続けているそうです。

「永久賃借権」と呼ばれる書類もあったとのこと。

事件を境に、土地の所有権が誰のものなのか、うやむやになったようにも思えました。

私は、18歳で上京してから、一度も実家に帰っていません。

なぜか――理由は、うまく言葉にはできません。

ただ、あの村に戻る勇気が、いまだに持てないのです。

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