
H君は、ちょっと変わった高校生だった。
今どき珍しく、携帯電話も持っておらず、自宅にはゲーム機もない。
そんな彼が夢中になっているのは、なんと「ラジオ」だった。
夜遅くまで起きてしていることといえば、友人とのLINEではなく、布団の中でラジオ番組に耳を傾けること。
その趣味に、学校の先生たちは「平成生まれなのに、まるで昭和の子どもみたいだな」と苦笑いするのだという。
※
ある夜のこと。
テスト期間中だった彼は、布団に仰向けに寝転びながら、イヤホンでお気に入りの深夜ラジオを聴いていた。
片手には教科書を持ち、ながら勉強のつもりだったようだ。
やがて目的の番組が終わり、「そろそろ寝るか」と思いながら、枕元にあるはずの照明のリモコンに手を伸ばした。
だが、いつもある場所にそれが見当たらない。
H君は小さくため息をつき、ごろりとうつ伏せに寝返ってリモコンを探そうとした。
そのとき――
彼の目に飛び込んできたのは、部屋の隅にうずくまる、見知らぬ「誰か」の姿だった。
※
そこにいたのは、背広を着た太った中年の男。
男は、膝を抱えてじっと座り込んでいた。
まるで、そこが自分の居場所であるかのように、静かに、しかし確かに。
一瞬、H君は「泥棒だ」と思い、心臓が跳ね上がる。
とっさに床に手をついて上体を起こした拍子に、手がリモコンに当たり、室内の明かりが消えてしまった。
しまった、と思った瞬間、彼は暗闇の中で男の姿を探した。
が、そこにはもう誰もいなかった。
※
「見間違い……?」
そう自分に言い聞かせて、震える手で再びリモコンを操作し、照明を点けた。
次の瞬間。
「うわっ! いるしっ!」
思わず声が漏れる。
部屋の隅には、さっきと同じ姿勢で、おっさんが戻ってきていた。
膝を抱え、まるで子どものような体勢で、じっとH君を見ているのだ。
H君は慌てて立ち上がろうとしたが、足元にあったリモコンを踏んでしまい、またしても照明が落ちた。
そして――男の姿も、また闇と共に消えた。
※
恐怖で震えながら、H君は部屋を飛び出し、隣の部屋で寝ていた兄の扉を乱暴に叩いた。
「なんだよ、うるさいな……」
不機嫌そうに扉を開けた兄に、H君はすがりついた。
「電気をつけると、おっさんが現れる……!」
自分でも何を言っているのか分からないまま、ただ必死に訴えたという。
「は? おっさんって……何の話だよ」
兄はあきれ顔で笑いながら、H君の部屋に入っていき、ためらうことなく照明をつけた。
※
部屋の中は、いつも通りだった。
ベッド、机、教科書、散らかったノート、そして布団の上に置かれたイヤホン。
おっさんの姿は、どこにもなかった。
H君は黙ったまま、部屋の隅を見つめ続けた。
何も言わずに、ただそこに視線を送り続けていた。
兄は「なんだよ、マジで怖いんだけど」と言いながら、苦笑いして戻っていった。
※
翌日、H君は私にこの体験を話してくれた。
「幽霊って、普通は電気を消したときに出るもんじゃないですか? でも、あのおっさんは、電気をつけたときだけ、いたんです。変ですよね……」
最後は困惑したように、苦い顔をして呟いた。
私はしばらく黙って考え込んだ。
「闇ではなく、光の中にだけ棲む存在――かもしれないね」
そう言うと、H君はさらに眉をひそめた。
彼は、もうあの部屋で一人眠るのが怖くなったと告白した。
もしかしたら今も、彼の部屋のどこか――
明るい光の中に、誰かが、ひっそりと膝を抱えて、待っているのかもしれない。