マネキン工場

080320

幼い日、何てことなく通り過ぎた出来事。その記憶。

後になって当時の印象とはまた違う別の意味に気付き、ぞっとする。

そんなことがしばしばある。

例えば。

小学生の頃、通学に使っていた道は一面田圃の田舎道だった。

途中に寂れたマネキン工場があり、あとはそのずっと先に駄菓子屋が一軒。

人家は田圃の向こうに点在するのが見えるだけ。

マネキン工場は既に廃工場だったらしく、人が働いている姿を見た記憶が無い。

封鎖された敷地の隅にはバラバラになったマネキンの残骸が積んであり、それが金網越しに見える。その様は面白くもあり、不気味でもあった。

工場の敷地を幅が広い側溝が取り囲んでいて、酷い悪臭を放っている。

濁り、ヘドロ状になった水。無造作に捨てられた大量のゴミ。

ある日寄り道をして、いつもは行かない工場の裏手に回ってみた。

側溝の惨い有様は道路側をはるかに上回っている。

そこで、ゴミに混じって半身を浮かせた女性のマネキンを見つけた。

白く整ったその顔立ちは掃き溜めに鶴といった風情。

引き上げて友達連中が集まる溜まり場に持って行けばヒーローになれる、とは思ったが、水が余りに汚いし場所も遠いので諦めた。

他の奴がヒーローになったら嫌なので、この発見は誰にも教えずじまい。

それからしばらくは、その人形の様子を確認しに行くのが日課となった。

けれど、哀しいことに彼女が日に日に朽ちて行くのが分かる。

数日も経つと白い肌は薄汚れて変色し、見る影も無くなって来た。

やがて、豊かな頭髪は抜け落ちてまばらに。

艶を失った肌は黒くぼこぼこ。鼠に齧られたらしき痕すら見える。

諸行無常。最早すっかり興味を失った。

最後に見た時には、水面を覆い尽くすゴミに埋もれて、透明度ゼロの汚水に大部分が沈んでしまっていた。

かろうじて水面に覗いた部分も、水を吸って醜く膨らんでいる。

それはもう、ただのゴミだった。

けっこう日が過ぎてからもう一度見に行った。

けれど、もう彼女の姿はそこには無かった。

やがて小学校を卒業すると、その道を通ることすら無くなった。

高校3年の夏休み。気まぐれに思い出の場所を自転車で回った。

あの場所にも行った。景色は一変している。

田は潰されて住宅が立ち並び、工場跡は駐車場になっている。

マネキンのことを思い出し、感慨に耽る。

ふと気付いた。怖い考え。

プラスチックがあんな朽ち方をするだろうか?

既にグロ画像を多数目にしている自分。

そこで得た知識ゆえに嫌な考えを振り払えなくなった。

あれは人が腐敗して行く過程そのものだったのでは…?

本当の事はもう分からない。

ただ、懐かしい思い出だったものは、今では見知った人には話せない忌まわしい記憶になっている。

関連記事

川(フリー素材)

達人

これは父から聞いた話です。 父が子供の頃は、学校から帰ると直ぐさま川にサワガニ捕りに出掛けていたそうです。 その日も一人で川へサワガニ捕りに出かけました。季節は夏で、蒸し蒸…

コンセント

最初に気付いたのは散らかった部屋を、僕の彼女が片付けてくれた時だった。 僕は物を片付けるのが苦手で、一人暮らしをしている狭いアパートはごみ袋やら、色々な小物で埋め尽くされていて、…

龍神様の掛け軸

実家にある掛け軸の話。 いつ誰が買ってきたのかも定かでない、床の間に飾ってある龍神様の描かれた小ぶりの掛け軸。 聞けば祖母が嫁いできた頃には既にあったと言うから、既に70年…

ユーカリの木(フリー写真)

当世話

俺の実家のある地区では『当世話(とうぜわ)』と呼ばれるシステムがあり、それに当たった家は一年間、地区の管理を任される。 今年はその当世話がうちで、祭事に使う御社の掃除を夏に一度し…

爪を食べる女

最近あった喫茶店での話。 普通に時間を潰していたところ、隣のテーブルでなにやら物音。 カリカリカリという音。最初は特に気にもならなかったので本を読んでいたのですが、30分ほ…

祭祀(長編)

近所に家族ぐるみで懇意にしてもらってる神職の一家がある。 その一家は、ある神社の神職一家の分家にあたり、本家とは別の神社を代々受け継いでいる。 うちも住んでいる辺りではかな…

中身はミンチ

Nさんは、鋼材関係の専門の現場作業員だ。 会社勤めではないが、色々と資格を持っているおかげで、大手企業の下請けや手伝いをやっている。 人集めを任されることもあるが、そんな時…

一つの村が消えた話をする

俺はある山奥の村で生まれ育った。 人口は百人程度、村に学校は無かったから、町の小中学校まで通って行っていた。 村人の殆どは中年の大人や高齢の方で、一部の高校生や大学生の人達…

廃墟

廃屋の歯の謎

高校生の頃の話です。実家で犬を飼っていました。弟が拾ってきた雑種犬です。 その犬を2年ほど飼っていると、家族の一員のように感じるようになり、私も時々散歩に連れていました。 …

田舎の景色(フリー素材)

てっぐ様

これは俺の親戚のおばちゃんから聞いた話だ。 おばちゃんは多少霊感がある人らしく、近所では「伝説のおばちゃん」と言われていて、自分でもそう言っている。 俺はそのおばちゃんに昔…