
二ヶ月ほど前、私は奇妙な体験をしました。
もしかすると夢だったのかもしれませんが、ぜひ聞いてください。
※
その朝、私が目を覚ましたのは午前10時でした。
「もう10時か……」
大学の授業は9時半から始まっていましたが、私は普段から少し遅れて登校していたため、それほど慌てることはありませんでした。
ちなみに、自宅から大学までは徒歩3分ほどの距離です。
私は前日の夕食の残り物を朝食にし、ゆっくりと支度を整えてから出発しました。
大学に到着したのは10時24分。ところが、構内には人の姿がまったくありませんでした。
「みんなちゃんと授業に出ていて偉いな」
そう思いながら、私は教室に向かいました。
※
教室に到着し、中に入ってみると、そこにも誰一人いませんでした。
「もしかして教室を間違えたのかな?」
そう思い、持っていた紙で教室の番号を確認しましたが、間違いなくその教室で講義が行われているはずでした。
首をかしげながら教室を出ようとした瞬間、ポケットの中の携帯が鳴りました。
ここからが、この話のもっとも不可解な部分です。
発信者の表示が、「NO BODY」と英字で表示されていたのです。
もちろん、私はそんな名前を登録した覚えはありません。
登録されていなければ、こんな表示が出るはずがない。
そう不審に思いながらも、私はなぜかその電話に出てしまいました。
「はい、もしも……」
すると、すぐさま低く怒気を含んだ声が返ってきました。
「お前、何でここに居るんだ!!」
驚いた私は返します。
「あなた、誰ですか?」
「そんなことはどうでもいい!!どうやってここに入って来た!!」
「は? 何を言ってるんですか?」
「外を見てみろ!!」
「……いたずら電話はやめてください」
そう言って、私は電話を切りました。
※
しかし、不気味な感覚が残ったままだった私は、教室のベランダに出てみることにしました。
そのベランダは2階にあり、大学の校庭を見下ろすことができます。
視線を下ろしたそのとき、校庭の中央にひとりの男が立っているのが見えました。
男は、電話らしきものを耳に当てていました。
その姿に、胸騒ぎを覚えた私は、じっと男の顔を見つめました。
すると、彼はゆっくりとこちらに顔を向けてきたのです。
その目が合った瞬間、私ははっきりと「ヤバい」と感じました。
男は、こちらを見据えながらポケットに手を差し込みました。
私は何が起きるのかわからないまま、本能的に危機を感じ、教室のベランダから走って逃げ出しました。
その瞬間、身体がまるで空間に引き伸ばされるような、不思議な感覚に襲われたのです。
「な……何だ、これは!?」
次の瞬間、私は目を覚ましました。
※
そこは、見慣れた自分の部屋。
時計を見ると、ちょうど午前8時を指していました。
「なんて不思議な夢を見たんだ……」
そう思いながら、私は大学へ行く準備を始めました。
ところが、ふとした異変に気づきました。
冷蔵庫を開けると、昨晩食べ残したはずの夕食が無くなっていたのです。
しかし、台所の流し台には、その料理を盛った皿だけがきれいに置かれていました。
私は、しばし言葉を失いました。
※
今でも、あの体験が夢だったのか現実だったのかはわかりません。
けれど、私はあの時に現れた男を「時の番人」だったのではないかと考えています。
彼の声も顔も思い出せないのに、なぜか「おっさんだった」という感覚だけが、妙に鮮明に残っているのです。
それが何を意味するのか、今となっては誰にもわかりません。