誰もいない都市

時空のおっさん

それは、私が高校生だった夏の日の出来事です。

大学受験もまだ意識し始めたばかりの頃。

友人と遊んだ帰り、自宅に戻った私は、いつものように自分の部屋でベッドに寝転び、伸びをしながらくつろいでいました。

その瞬間です。

私は、目を閉じていた状態から、ふと目を開けました。

……何かが、おかしい。

部屋の中は変わらないのに、窓の外に広がる景色が、まるで別の世界のようだったのです。

そこには、見覚えのない住宅街が広がっていました。

それも、どこか現実味に欠ける――まるで夢の中のような、不思議な風景。

急いで階下に降りましたが、そこにいるはずの家族は誰一人いませんでした。

テレビをつけてみても、放送はされておらず、何色かのカラーバーが無音で映っているだけ。

夢を見ているのかと、頬を抓っても、痛みがあるばかりで何も変わりません。

父の趣味で家にはいくつもの時計が飾られていましたが、すべてがバラバラの時間を指しており、その針の動きもまちまちで不規則でした。

……これは、ただ事ではない。

そう思った私は、外に出て状況を確かめることにしました。

外に出ると、やはりそこはまったく知らない町でした。

見たことのない家々、聞いたことのない通りの名前。

そして、信じられないことに、誰一人、人がいないのです。

けれども、その不気味な町を歩くうちに、なぜか“懐かしさ”のような感覚が湧いてきました。

見たこともないはずの風景なのに、どこかで見たことがあるような――そんな矛盾した感情が、胸の奥からじわじわと湧き出てきたのです。

そしてふと、私は考え始めました。

宇宙とは何なのか。人間の存在とは何なのか。

仏教では、宇宙には始まりも終わりもなく、因果によって無限に循環するとされています。

すべての存在には理由があり、結果がある。

人間の中に宇宙があり、宇宙の中にもまた人間がある。

そんな感覚が、妙に腑に落ちていくような気がしていました。

歩くこと約30分。

私はようやく、大きな駅にたどり着きました。

けれど、そこにもやはり人の気配は一切なく、まるで時間が止まっているかのように、太陽の位置も動かないままでした。

胸に広がるのは、どうしようもない寂しさと不安。

泣き出したい気持ちを抱えながら、私は駅の中へと足を踏み入れました。

不思議なことに、駅には電車が止まっていました。

無人で、静かに扉を開けて、私の乗車を待っているように思えました。

もう、どうすれば良いか分からず、私はその電車に乗り込みました。

走り出した車内の窓からは、やはりあの見知らぬ景色が流れていきます。

どこかで見たような気がするのに、どこだか思い出せない。

デジャヴのような、夢のような、そんな時間が淡々と流れていきました。

そして、電車を降りたその時。

私は、一人の人物を目にしました。

ロングコートを着た中年の男が、ホームの向こう側に背を向けて立っていたのです。

その姿を見た瞬間、突然、耳に“キーン”という耳鳴りが走りました。

そして、男がゆっくりと振り返ったその刹那――

私の意識は、闇の中に吸い込まれるようにして消えていきました。

次に気づいたとき、私はベッドの上にいました。

夢だったのか……そう思って体を起こすと、目に飛び込んできたのは、再びあの“見知らぬ景色”でした。

また……戻ってきてしまったのです。

その後、私は同じような体験を三度繰り返しました。

誰もいない町を歩き、無人の電車に乗り、そして、必ず最後には“あの男”に出会い、意識が途絶える。

そのサイクルを、四度目の邂逅まで続けました。

そして、四度目の邂逅のあと――

私は、目を覚ましました。

そこは、自宅ではありませんでした。

自宅から7キロほど離れた、見覚えのある道路のど真ん中に立っていたのです。

ポケットの中の携帯を確認すると、あの時自室に戻ってから、約1時間半が経過していました。

後日、私が“帰ってきた”あの道を、何度か訪れてみました。

けれども、特に異変はなく、あの日のような体験が再び起こることはありませんでした。

今思えば、あの男は何者だったのか。

通称「時空のおっさん」と呼ばれる存在なのか、私がどこか別の層に迷い込んだのか。

顔ははっきり覚えていません。

けれど、耳鳴りとともに訪れる“意識の断絶”だけは、今も鮮明に記憶に残っています。

そして、あの誰もいない都市。

私が確かに歩いた道、乗った電車、感じた風と音――

すべてが、夢にしてはあまりにも、リアルすぎたのです。

関連記事

神奈川県某駅の駅ビル

小学校入るくらいまでの体験。 神奈川県某駅の駅ビルで、階段やエスカレータなど使わずに、3Fから4Fにワープした。駅との連絡口が3Fで、決まったルートを歩くと4Fに着いてる。 …

巻き戻った時間

記憶から消えない記憶

子供というのは、混乱すると訳の分からない行動をとってしまうものだ。 これは、幼い頃の自分に起きた、今でも信じがたい不思議な出来事である。 ※ 当時は5月の節句。 …

夜の山(フリー写真)

山でしてはいけないこと

学生時代に京都の愛宕山方面でキャンプをした時の話をします。 夏の終わり頃に仲の良い友人二人と、二泊三日のキャンプへ行きました。 人里離れた山奥、地主の許可なしでは入れない…

夜の工場

深夜の国道と消えた時間

昔、私は某電機機器メーカーの工場で派遣社員として働いていたことがありました。 三交代制の勤務で、その週は準夜勤、つまり17時から深夜0時30分までのシフトに入っていました。 …

石段の向こう

今年のゴールデンウィークの不思議な体験を書かせてもらいます。 私の家にはスーザン(仮名)という、サンディエゴからの留学生が滞在していました。 母が婚前に英語の教師をした影響…

繋ぎ目

中学生の頃の夏の話。 そろそろ夏休みという時期の朝、食事を終えてやっとこ登校しようと、玄関に向かったんだ。 スニーカーのつま先を土間でとんとんと調整しながら引き戸の玄関をガ…

お寺

綺麗な飾りの下

父が友人の家に遊びに行くと言うので、私は一緒に付いて行きました。 私は小学二年生でした。父の友人というのはお寺の住職さんでした。 父達が話している間、退屈になった私は、人…

登山(フリー素材)

謎の救助隊

登山サークルに所属していた3人の男性が、冬休みを利用してある山に登ることを決めました。 彼らのレベルではまだ早いと言われましたが、若さにかまけて無理やり登山を決行することにしまし…

北アルプス(フリー写真)

呼ぶ声

先日、私と登山仲間の先輩とが、北アルプス穂高連峰での山行中に経験した話です。 その日は、穂高連峰の北に位置する槍ヶ岳から稜線を伝って奥穂高岳へ抜ける縦走ルートを計画していました。…

幼児期の記憶

今15才になる娘がまだ幼児だった頃の話。 旦那がいる時は、娘は普通に「お母さん」と私を呼ぶのだが、2人きりのときは私の下の名前を呼び、いかにも内緒話をする、といった口調で …