深夜の訪問者と、残されたメッセージ

おじいさん

会社の同僚が亡くなってから、およそ一年が経ちました。

同僚と言っても、彼は五十歳を過ぎた大先輩でした。

昨年三月、小さな胃癌が見つかり、「早めに取ってしまおう」ということで、四月初旬に腫瘍の摘出手術が行われました。

術後の経過は順調で、手術から五日目には私もお見舞いに行き、面会をしました。

面会は三日目から許可されており、会社の後輩の中には三日目に訪れた者もいました。

今となって思えば、三日目に会った人から聞いた「元気そうだった」という報告と、五日目に私が見た彼の様子には、明らかな違和感がありました。

私が訪ねたその日は、病室の白いカーテン越しに柔らかな光が差していたのに、彼の顔色はその光を吸い込むように沈んで見えました。

術後八日目の深夜。

消灯後の静まり返った病棟で、巡回中の看護師が、彼がベッドから落ちているのを発見しました。

床に転がる姿、モニターのアラーム音…。その時すでに心肺停止の状態で、午前二時過ぎ、家族の希望により心臓マッサージが終了。彼は還らぬ人となりました。

死因は、医療ミスによる心臓麻痺。病院側も正式に過失を認め、遺族に謝罪しました。

生前、彼には本当に可愛がってもらいました。

私は独身ですが、当時付き合っていた彼女と、彼のご家族とも、同僚以上の親しい関係を築いていました。

だからでしょうか。昨年十一月頃、不思議な出来事が起こりました。

ある夜、外は風もなく、しんと静まり返っていました。

部屋の空気は冷え、寝返りを打った瞬間、布団がずるりと床に落ちました。

半分眠ったまま上半身を起こし、布団を引き上げ、そのままベッドに倒れ込みます。

そのとき、わずかに開いた瞼の隙間から「何か」が視界に入りました。

そこに――彼が立っていたのです。私の腰の横、腕一本分もない距離に。

あまりの驚きに、喉の奥から反射的に悲鳴が漏れました。

「うぁああっ!…なんだ、〇〇さんか!」

親しい人だったとはいえ、やはり恐怖は拭えません。

暗闇の中、彼は音もなく立っている。

私は目を閉じ、お経を唱え、亡くなった親族の名を呼び、助けを求めました。

恐る恐る薄目を開けると、まだそこにいます。

姿勢は大きく前傾し、まるでスキージャンプの助走姿。

色は淡く、白いポロシャツとベージュのスラックス。

闇の中で輪郭がぼやけ、輪郭の向こう側が少し透けて見えました。

顔は…わかりません。灰色の面影だけがそこにありました。

「何か伝えたいことがあるのでは」と考え、勇気を出して目を大きく開けました。

心の中で「奥さんに伝えるよ。どうしたの?」と何度も呼びかけます。

しかし返事はありません。

時間だけが、やけに長く感じられました。

やがて――足元から静かに溶けるように消えていきました。

慌てて電気をつけると、部屋には誰もいません。

ただ、空気の中に白い煙のようなものが漂っていました。

その煙は蛍光灯の光を淡く反射しながら揺れ、やがて一分ほどで消えました。

彼は何を伝えたかったのでしょうか。

あのときの空気は、重く、暗く、無念に満ちていました。

肌の上を冷気が這い、胸の奥まで哀しみが染み込んでくる――そんな感覚でした。

この出来事は、まだ遺族には話していません。

彼が使っていた会社のPCには、思い出の動画や写真が残っていました。

消去される前に私が保存し、CDに焼いてあります。

もしかすると、それを渡せていないことが、この出来事の理由なのかもしれません。

〇〇さん、近いうちに必ずお渡しします。

ただ…あの恐いオーラは、もう少し控えめにしてくださいね。

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