
俺の姉は、昔から“運が良い”と評される人間だ。
宝くじを買えば、ほぼ毎回のように当たりが出る。とは言っても、夢のような3億円といった大当たりではない。大抵は3,000円。あまりに頻繁なので、もはや何度当たったのか覚えていない。高額当選としては、10万円が3回ほどあった。
その時は大騒ぎで、松阪牛や本マグロの大トロなんかを買ってきたもんだから、俺もよく覚えている。最近では「当たりすぎて怖い」とか言って、10枚ではなく3枚ずつの購入にしているらしい。
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半年ほど前のことだ。
姉が会社帰りに飲んで、ママチャリに乗って帰宅途中、転倒して半泣きで戻ってきた。「自転車直して」と頼まれたので見てみると、前輪が変形していて素人にはどうにもならない状態だった。仕方なく「店で直してもらえ」と言い放つと、姉は翌土曜日に近所の自転車店へと向かった。
その夜、帰宅すると玄関脇に電動自転車が置かれていた。買い替えたのかと思っていると、夕飯の席で姉がにこにこしながら語り出した。
自転車店で修理を頼もうと店員に相談していたところ、予想以上に修理代が高く、新車と迷っていたらしい。その時、偶然おばあさんが自転車を押して店にやってきた。
話を聞けば、高齢者住宅に入ることになり、もう自転車には乗れないから処分したいとのこと。店員は「中古の販売はしていないので、2,500円で処分します」と説明した。
その場で姉は「私が引き取ってもいいですか」とおばあさんに声をかけ、自分の自転車を処分して、その電動自転車をもらって帰ってきたという。
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姉はなぜか「悪運を避け、良運だけを拾う」ような妙な星の下に生まれているようで、転んでもケガはしない。ちょっとしたことでも、結果的に得をする。
そして先週の土曜日、姉のそんな“運の良さ”の理由が少しだけわかったような気がした。
その日は北海道に住む父方の伯父夫婦が、定年退職を記念して我が家を訪ねてきた。家で二泊し、来週から各地を旅行する予定とのこと。
伯父の家は父の実家であり、俺も姉も子どもの頃、何度も夏休みに遊びに行ったことがある。しかし、伯父夫婦が我が家に来たのは初めてに近い。記憶を辿ると、どうやら俺が2歳、姉が4歳の時の新築祝い以来らしい。
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和室を客間として使ってもらうため、掃除と準備を兼ねて案内した。その時、伯母が神棚をじっと見つめていた。福島出身で霊感が強い伯母は、しばらく無言で神棚を眺めたあと、突然笑い出して「皆にちょっと教えたいことがあるから、集まって」と言う。
皆が集まると、伯母は語り始めた。
「この神棚にはね、タヌキちゃんがいるのよ。正確に言えば、タヌキの絵に宿った存在が憑いてるの。悪いものじゃないから安心して。ただ、面白いことにね、この子、神様の真似をして一生懸命“良いこと”をしてるのよ」
皆がぽかんとしている中、伯母は続けた。
「本来なら、こういうことをしたら神様が怒るんだけど、このタヌキちゃんは純粋なの。神棚にあげられて毎日手を合わせられているうちに、自分が神様だと思い込んでるのね。必死で頑張って、神様になろうとしてる。可愛いもんよ」
伯母の話を受けて、姉が「あっ」と声を上げた。
踏み台を取り出し、神棚の裏を探り始めると、1枚の画用紙のような紙を取り出してきた。姉が小学一年の頃に描いた絵で、大切に隠していたものらしい。
姉は当時、落書き魔のようにあちこちに絵を描いていたが、母に怒られて全て捨てられてしまった。その中で、どうしても気に入っていた1枚だけをこっそり神棚の裏に隠したのだという。
みんなしてその絵を覗き込むと、何とも言えない謎の動物が描かれていた。
「狸?」「猫?」「犬?」「狐?」「ピカソ風?」と、意見はさまざま。
姉はムスッとしながら「たしか馬」と答えた。
その曖昧さが、かえって“タヌキの勘違い”にリアリティを与える。
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伯母は「これは立派に“化けた”証拠。せっかくだからちゃんと扱ってあげて」と言い、絵を写真立てに入れて神棚の端に飾ることになった。
「昔からお姉ちゃんの周りに何か居るのは知ってたけど、まさかこんな形で残ってるとは思わなかったわ。お姉ちゃん、あんたも毎日拝みなさいよ。タヌキちゃん、頑張ってるんだから」
伯母はそう言って、またケラケラと笑っていた。
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姉の“強運”の源が、実は神棚のタヌキだったとは。
多少の福をもたらしてくれるが、宝くじで大金が当たるほどの力はまだ無い。だが、心優しきタヌキの修行が百年続けば、いずれ立派な守り神になるのかもしれない。
ちなみに、そんな姉は現在29歳。
身長164cm、蠍座のO型。男運に関しては神棚の加護も及ばぬようで、いまだ独身。もしこの話に興味があって、良縁をお探しの方がいれば──もれなく“頑張り屋のタヌキ”がついてきますよ。