顔も知らぬ相手が現れた日

オンラインゲーム

一年前の出来事。
友人に誘われ、私はあるMMO(オンラインゲーム)を始めた。

それまでネットゲームどころか、オンラインでのチャット経験もなかった私は、偶然にも大規模ギルドに拾われ、そこで古参プレイヤーたちからプレイや会話のマナーを教わった。

キャラクターは順調に成長し、いつも楽しくプレイできた。
初心者だったこともあり、私はギルド内で可愛がられていたと思う。

その中に、Aという古参メンバーがいた。
Aは長年プレイを続け、ギルド内でもトップクラスのレベルを誇り、滅多に手に入らないレア装備をいくつも持っていた。
誰もが一目置く存在だった。

Aは、特に私を気にかけてくれていたようで、頻繁にレベル上げを手伝ってくれ、使わなくなった装備も惜しみなく譲ってくれた。

ギルドの仲は良く、リアルでの知り合い同士も多かった。
ゲームをしながらスカイプで会話をしたり、メールアドレスを交換するのも珍しくなかった。

メンバーの多くは関東や関西に住んでおり、北海道の私はオフ会に参加したことはなかったが、そのやり取りに違和感を持つことはなかった。

私もAを含む数名とは、性別や職業など簡単な素性やメールアドレスを教え合っていた。
今思えば、携帯番号や詳しい住所まで伝えなかったのは、幸いだった。

Aは関西在住の大学生だった。
次第に、ゲームにログインしている間、常にAが絡んでくるようになった。

ギルドでの狩りはもちろん、私が一人で遊んでいる時も、Aから耳打ち(一対一のチャット)が飛んでくる。

「○○ハケーン(´・ω・)」 「今何してるの? 一人なら行ってもいい?(´・ω・)」
「もしかして誰かと一緒?(´・ω・`)」

どのメッセージにも、必ず(´・ω・`)という顔文字が付いていた。

ある日、別の友人と忙しい狩場にいたため、耳打ちに返信できず、そのままにしていた。
すると1分も経たないうちに、画面全体に見える通常チャットで「(´・ω・`)」と送られた。

遠くの狩場にいるはずのAが、すぐ近くに来ていたのだ。
仕方なく狩りを中断し、返事が遅れたことを謝ると、Aはこう返した。

「いいよ、○○は僕といるよりも他の人といるほうが楽しいんだよね(´・ω・`)」

そしてログアウト。
私は唖然とし、一緒にいた友人はドン引きしていた。
その時から、Aの私への異常な執着を感じ始めた。

ログインすると、すぐにAから「(´・ω・`)」が届くようになった。
ゲームには友達登録機能があり、相手がログインすると場所まで特定できる。
Aはそれを使い、私の行動を常に監視していた。

怖くなった私は、ゲームにログインすることを控えるようになった。

すると今度は、毎日のように携帯にメールが届く。

「どうして最近ログインしないの?(´・ω・)」 「○○がいないとさみしいよ(´・ω・)」
「もしかして僕のこと嫌いになったの? 僕はこんなに好きなのに(´・ω・`)」

最初はかわしていたが、時間を問わず届くメールに、ついに限界を迎えた。
ある日、思い切ってこう送った。

「私はゲームではみんなと楽しく遊びたいし、Aだけに特別な感情はない。
真夜中のメールも迷惑になるから控えてほしい」

すると返ってきたのは、やはり「(´・ω・`)」。
もううんざりだった。
それからAとのやり取りはなくなり、私もほとんどログインしなくなった。

ログインしなくなって3週間ほど経った頃、仲の良いギルドメンバーからメールが届いた。

「最近見ないけど忙しいのかな? みんな寂しがってるよ。
そうそう、Aも大学辞めたとかで全然いないんだよねー」

Aが大学を辞めたと聞き、嫌な予感がよぎったが、その時は深く考えなかった。

私は当時、資格系スクールの講師をしており、無料体験授業を担当していた。
授業の最後には、感想や講師の印象、氏名や住所を入力するアンケートをお願いしていた。

その日もアンケート結果を確認していると、手が止まった。

【授業の感想】
(´・ω・`)

【講師の印象】
(´・ω・`)

【氏名】
Aのキャラ名

【住所】
関西

全身の毛が逆立った。
受講者の中に、Aがいたのだ。

Aがまだ普通だった頃、「北海道の駅前にある資格学校で働いている」と話したことがあった。
その情報だけを頼りに、Aは私の職場を突き止めたのだ。

恐ろしくなり、仕事を早退して自宅には戻らず、200キロ離れた実家へ避難した。

後日、仲の良いメンバーに事情を話し、ゲームから引退した。
その後、Aが北海道で仕事を探していると聞き、すぐに携帯を変え、結婚を機に道外へ移った。

顔も知らないゲーム仲間が、そこまで現実に踏み込んでくるとは思わなかった。
アンケートで「(´・ω・`)」を見た瞬間の恐怖は、今でも鮮明に覚えている。

そして私は、もう二度とネットゲームをしないと決めた。

関連記事

子供の手(フリー写真)

帰って来た子供

町の外れに、ある夫婦が住んでいました。 その夫婦にはまだ幼い子供が居ました。 ※ ある日の事です。 外で遊んでいた子供が、泣きながら家に帰って来ました。 母親が心…

九尾の狐

日本には狐の怪談が沢山残っている。その中で最も有名なのは「九尾の狐」ではないだろうか。 「九尾の狐」で有名なのは「白面金毛九尾の狐」三国随一の大妖怪と言われる程の実力。 古…

東京五輪

ナレーションの声

小学5年生の頃、アメリカでワールドカップが開催された。 だからという訳ではないけど、幼馴染のNとよく近所の公園でサッカーをしていた。 ある日、「たまには別の公園でやろう」と…

アパート(フリー写真)

花魁の絵

大学時代の友人の話。 彼は大学に合格した後、上京して一人暮らしをするために、近くに良い物件はないかと探していました。 ところが条件が良い物件はどこも契約済みで、大学よりか…

きょうこさん

異界の名を呼ばれた日 ― きょうこさん

「これまで、いろんな霊体験をしてきたって言ってたけど、命の危険を感じるような、洒落にならないくらい怖い体験って、ある?」 ある日、ふとした会話の流れで、以前付き合っていた“霊感…

中古のナビ

8年くらい前の体験を書いてみるよ。 中古車屋で店長をやってるダチがいるんだけど、そいつから中古のナビを安く買ったんだ。 ちゃんと名の知れたメーカーの、後付けでダッシュボード…

山道(フリー写真)

出会った時間

これは以前働いていた会社の人の体験談です。 会社の仕事が一段落つき、何の話からか怖い体験の暴露大会になった時に聞いたSさんの話です。 ※ Sさんは、遠く離れた所に住む友人の家…

山根ェ

大学時代、サークルの友人と2人で深夜のドライブをしていた。 思いつきで隣の市のラーメン屋に遠出して、その帰り道にくねくねと蛇のようにうねる山道を通った。 昼間は何度か通った…

隙間見た?

子供の頃に姉が、 「縁側のとこの廊下、壁に行き当たるでしょ。あそこ、昔は部屋があったんだよ。 人に貸してたんだけど、その人が自殺したから埋めたの。 今はもう剥げてきて…

教室(フリー素材)

消えた同級生

小学2年生の時の話。 俺はその日、学校帰りに同じクラスのS君と遊んでいた。 そのS君とは特別仲が良い訳ではなかったけど、何回かは彼の家にも遊びに行ったし、俺の家に招いたこと…