黒く塗り潰された家
昔、今とは別の仕事をしていた時の事。
その日はいつも居る支店とは違う支店エリアでの営業で、渡された地図を片手に歩きながら、飛び込み営業の仕事だった。
目的のエリアに着いて『さて行くか』と歩き始めて暫くすると、地図では黒く塗り潰されていた一軒の近くで足が止まった。
「…あれ? 誰か居る…?」
そこは古びた一軒家で、カーテンで中は判らないはずなのに、何故か『居る』と確信。
「こんにちわー!」
玄関前で何回か呼んでみたが返事が無い。
出て来ないか…とちょっと引き返したその瞬間、
「何か御用ですか?」
と、その家の中から声がした。
家の中からお婆さんの声がしたので慌てて戻って話を始めたが、何故か玄関は開かないまま話は続く。
自分「玄関、開けてもらえませんか?」
婆「…私じゃ開けられないんです。力が弱いもので。
…ところであなた、私と話してて不思議に思わないんですか? 怖くないですか?」
自分「別に何も…?」
自分「お一人で住んでらっしゃるんですか?」
婆「いえ、住んでるって訳じゃないです」
自分「え? 通ってるとか…?」
婆「そうじゃなくて…。
前はお爺さんが一緒に居たんですけど、ずっと前に遠くに行ってしまって。
私もそこに行きたいんですけど、自分ではどうしようもなくて…」
自分「じゃあこれ外から…? その閉めた人に言って来ましょうか?」
婆「近くに居る○○さんなはずですけど…いいんですか?」
自分「だって行きたいんですよね?」
婆「…はい。一人はもう…。じゃあ、すみませんが…」
※
それで、その言われた家に行ったら、主人から話し出す前に開口一番言われた。
「今、あの家に行った? あそこには誰も居ないはずだが、誰か居たかい?」
それでさっきのお婆さんとの遣り取りを話した。
おじさんは緊張した面持ちで聞いていた。
そして、
「解った。後でちゃんと開けておくから。
ところであんた、幽霊とか見えるのかい?」
自分「いえ、全然。見たことないです(笑)」
おじさん「今まで一度も? ふーん…。変わった力だね」
※
取り敢えずお昼だったので、支店に帰ってからの報告でその話をしたら、
「ついにやっちまったか!」
とみんな大騒ぎ。
ちなみに自分がこのお婆さんが幽霊だったと知ったのは、10年近く経ってからの事だった…。