形見の箪笥
高校時代の英語教師に聞いた話。
解り易い授業と淡々としたユーモアが売りで、あまり生徒と馴れ合う事は無いけれど、なかなか人気のある先生でした。
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昔、奥さんが死んだ時(話の枕がこれだったので、そんな事実が初耳だった我々はその時点で相当ビビリ気味だったのですが)、彼はよく不思議な幻を見たそうです。
それは、もう使う人の無い奥さん用の箪笥の引き出しが開き、そこから奥さんが頭半分を出して、ベッドに寝ている先生を見ているというものでした。
彼は『ああ、家族の死で私は精神的に不安定になっているのだな』と病院へ行き、精神科などに相談し薬などを出してもらいました。
そしてなるべく疲れないよう、ストレスを溜めないようにしてみましたが、奥さんは相変わらず夜になると箪笥の引き出しから姿を現し、微妙なポージングで彼を見ていたそうです。
精神的なものでないのなら、現実に起こっている事だと判断した先生。
ある時、その箪笥の引き出しに体を入れ、全身でガタガタ揺すりながら、長い時間をかけて引き出しを閉めてしまったそうです。
そこで長いこと待っていると、「あら」とか何とか、奥さんの声がしたそうです。
思えばリアクションを用意していた訳ではない先生(「冷静なつもりが、やはり動揺していたんですね」とか言っていました)。
困っていると、奥さんが「あなたは太っているから、ここじゃ無理よ」などと言います。
先生もそうだなあと思い、また引き出しをガタガタ揺すって出たそうです。
ちなみにその箪笥はまだ先生の家にあり、疲れた時などに、奥さんが登場しているのが寝入りばな見えるとの事でした。
※
先生はこの話の締めに、
「私は大丈夫だったけれど、気弱な人だったら『引き出しに入ったまま死んでも良い』と思ってしまうかもしれない居心地の良さでした」
と、淡々と語っていました……。
まだ箪笥をお持ちという事が自分的にほんのり。