夜釣り

夜釣り(フリー写真)

俺が大学1年生の時の話。

何もない田舎の大学に通う俺と大学の友人は、夜釣りに行くことを趣味にしていた。

大学は、大きな漁港を持つ日本海側の地方都市に立地し、釣りの場所には困らなかった。

その晩はメバルを釣ろうと思い、友人Kと漁港に出掛けた。

そして、漁港の入り口付近のテトラポットの間を狙って釣りをしていた。

夜の漁港はとても静かだ。朝が早い漁師は、暗くなる前に漁港から姿を消してしまう。

波がテトラポットにぶつかって砕ける音だけが、規則的に聞こえてくる。

釣りに集中し、ルアーの動きを追っていた俺は、隣から突然誰かに覗き込まれ、かなり驚いた。

小柄で痩せた老人が、俺の横にいきなり現れたのだ。

いや、もしかしたら、暫く前から居たのかもしれない。俺が気付かなかっただけか?

それにしても、この老人の態度は少し無礼だ。

俺がそう思ってぶぜんとしたが、老人は終始笑顔のままだ。

漁港に設置された街灯の明かりが深い影を作り出しながら、老人の顔を照らす。

沈黙の緊張に耐えかねた俺は、

「散歩ですか?」

と尋ねた。

老人は答えない。しかし笑顔のままだ。

俺は少し不気味になってきた。

もしかしてこのお爺さん、正気ではないのでは…。

今度は老人を無視して、足元にルアーを落とし込んで釣りを続けた。

暫くすると、老人はどこかへ行ったようだった。

※

1時間後、別の場所でスズキを釣っていたKと合流した。

Kにこの話をすると、

「そういうのって、海の昔話だと、話したら駄目なんだよな。

言葉を掴まえられて、魂を取られて、海の底に引き摺り込まれるってやつだよ。

俺の田舎だと『海ジジイ』という妖怪が居たよ」

と言う。

少し怖くなったが、そんなもの居る訳ないのは解っているので、そのままKの隣で釣りを続けた。

※

暫くすると、今度は黒塗りの乗用車が俺たちに近付いて来た。

この車は、さっきのお爺さんよりおかしかった。

この時間に、漁港に乗用車が来ることなんてまずない。

いや、あるとしたら、ヤンキーか走り屋くらいだろうが、俺とKに近付いて来る車は、どう見てもその手の車には見えない。

何よりその車は、明らかに俺たちを目掛け進んで来る。

「おい、やばくね?」

「何かまずいよな」

俺とKは、ほぼ同じ不安を感じていたのだろう。

二人とも急いでリールを巻き、地面に置いていた道具を手に持ち、車から遠ざかる方向へと歩き出した。

車のスピードが少し上がったように感じた。

それは錯覚ではなかった。

次の瞬間、車はすーっと加速すると、俺とKを目掛けて突っ込んで来た。

15メートル程あった距離が一気に縮まる。

車にぶつかる寸前、Kは車を避けて右側に飛んだ。

俺は船を係留するロープに足を取られ、車より一瞬速く海に落ちていた。

頭から海に落ちた俺はパニックになり、自分の横に車が落ちたことも気付かなかった。

岸からKが、

「○○!○○!大丈夫か!」

と叫んでくれたことで少しだけ落ち着き、自分の横で、後部のボンネットだけが見えている車が浮かんでいたのを覚えている。

※

その後、俺はKが投げてくれたロープで助けられ、警察を呼んだ。

俺たちに突っ込んで来た車は、次の日に引き上げられ、車の中からは二人の遺体が見つかった。

一人は、釣りをしていた時に俺の顔を覗き込んできた老人だった。

もう一人は、その老人の妻だった。

しかし、この妻の死因は水死ではなかった。

妻の遺体はかなり腐敗しており、警察の話だと、死後2ヶ月は経っているとのことだった。

つまりあの老人は、助手席に腐敗した妻の遺体を乗せて、あの岸壁から海に飛び込んだのだ。

俺とKを道連れにしようとして。

何故あの老人は、俺とKを道連れにしようとしたのか?

死ぬつもりで海に来たのか?

何よりあの老人は、何故あんなことをする前に笑っていたのか?

俺は今でも怖くなる。

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