四角い校舎、もう一人の「師匠」

Moon

中学三年の冬、雨が降る放課後のことです。
私は、あだ名を「師匠」と呼ばれていた女友達と、人気のない廊下でふざけ半分の鬼ごっこを始めました。
私たちの校舎は中庭を囲む回廊型で、各階に東西二つの階段がありました。

最初の鬼は師匠でした。
「いくよ、追いかけるからね」と声が飛び、私たちは二階の回廊をぐるぐる回りました。
距離は常に十数メートルほど開いたままで、私は息を切らしながらも振り返る余裕がありました。
やがて私は、まとめて逃げ切ろうと、西階段を駆け上がり四階の自分の教室へ逃げ込む作戦に切り替えました。

三階に差し掛かったところで、私は何気なく後ろを振り返りました。
そこにいた師匠は、いつの間にかすぐ背後まで迫っていました。
うつむき加減で、頭から突っ込むような不自然な姿勢で、無言のまま走っていました。
さっきまでの笑い声も掛け声もなく、足音だけが濡れた廊下に吸い込まれていきました。

その瞬間、階段は急に長く、薄暗く感じられ、校舎全体の音がすっと消えました。
私は胸のざわめきを押し殺し、四階まで一気に駆け上がりました。
背後の気配は階段の踊り場で確かに曲がり、私の真後ろに付いてきていました。
私は廊下を右に折れ、教室の引き戸を開けて飛び込みました。

最前列の席に、師匠が座っていました。
顔を上げた彼女は、私を見てきょとんとしました。
慌てて背後を振り返ると、追ってきたはずの足音も気配も跡形もありませんでした。

「どうやって先回りしたの」と詰め寄ると、師匠は少し考えてから首を振りました。
「あなたが階段を上がり始めたとき、私は追いかけるのをやめて東階段からそのまま戻ってきたの。
三分くらい前にね」と、淡々と答えました。
彼女の机には、さっき配られた連絡プリントが置かれており、近くの友人も「今来たばかりだよ」と証言しました。

では、あの階段で私の背後にいたのは誰だったのか。
思い出そうとすると、雨音が遠のき、空気が重く沈んだあの奇妙な静けさだけが、はっきり蘇ります。
その日以来、私は校舎で鬼ごっこをするのをやめました。
回廊の角を曲がるたびに、無言で迫る「もう一人の師匠」が、今も背中を探している気がするからです。

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