文中でのやり取り
公開日: 怖い話
数年前、古本屋で体験した話。
本を売りたいという友人に付き合って大きな古本屋へ行った。
神保町などにある古書店ではなく、漫画や写真集などがとにかく沢山置いているチェーン店。
友人は山盛りの漫画本を持ち込んでいて、会計まで暫くかかるとのことだった。
古本屋は利用したことがなかったから物珍しく、広い店内を一人であちこち見て回っていた。
※
オカルトの面白い本がないかなと思い、超常現象と分類されている棚を眺めていた時、背表紙が棚の奥向きになっていて題名の判らない本を見つけ、手に取ってみた。
確か『落語を楽しもう』というタイトルだったと思う。
文字が大きくてイラストが多かったから、小学生向けだったのだろうと思う。
載っているのは『じゅげむ』や『饅頭こわい』などの有名どころばかりだったが、添えられている挿絵が面白かったのでペラペラ捲っていた。
『地獄のそうべえ』のところで、余白に『こわい』と走り書きがあった。
地獄のそうべえというのは、主人公のそうべえが同じく地獄行きになった歯医者・医者・山伏とで、鬼に食べられそうになったら歯を引っこ抜いたりと、生前の職を活かして切り抜ける話だ。
コメディだが、子供心に地獄の業火や鬼達のイラストがとても怖かったのを覚えている。
走り書きを見た時も、前の持ち主だった子供がそういう思いをしたのだろうと思い微笑ましくなった。
次のページの余白にまた文字が書いてあった。
『困っています。よろしくお願いします』
赤いペンで書かれていて、文中の『じごく』に丸がしてあった。
その下に掠れた黒い文字で『リョウカイ』、すぐ下に『オワリ』、その下に赤ペンで『有難うございます』。
『何だこれ?』と思いながらページを捲る。
するとまた『お願いします』と書いてあり、文中に丸。
そしてその下には『リョウカイ』『オワリ』、赤文字で『感謝致します。お世話になりました』と書いてある。
そんなやり取りは幾つもあった。
赤い文字は、薄かったり蛍光だったり達筆だったりミミズだったり様々だったが、『リョウカイ』『オワリ』の文字だけは、いつも黒文字で掠れていてカクカクしていた。
『頼みます』『リョウカイ』『オワリ』『有難うございます』
『どうか宜しくお願いします』『リョウカイ』『オワリ』『どうも有難うございました』
幾つかそんな書き込みを見た後、物語が終わる辺りに紙が一枚挟まっているのを見つけた。
拡大したのか、黄みが強い荒い画質で、学ランを着てぎこちなさそうな表情をした少年が写っていた。
その下に少年の名前だろうと思われる写植。
本の余白には『お願いします』と走り書きがあり、文中の『じごく』に丸がしてある。
その下には何も書かれていなかった。
※
友人から「会計が終わった」と携帯へ電話が入った。
本は元のところへ戻しておいた。