イツキのアトリエ

私は毎朝、家を出る前に、自分の部屋の物の位置を紙に写す。

机の上、鴨居、窓辺。

どこに何が置いてあるかを、簡単な線で描くだけだ。

三十年、一日も欠かしていない。

この癖の理由を、私は家族にも話していない。

昭和五十四年の春から、私は下北の巡回図書車に乗っていた。

移動図書館というやつだ。

改造した箱型のトラックの中に棚を組んで、集落を回る。

運転と貸出を、二人一組でやる。

私は町の図書室に採用された二十歳の新人で、相方は矢作さんという五十過ぎの人だった。

就いた初日に、矢作さんに言われたことは一つだけだった。

「棚は、入れた位置に返せ」

「詰めたらいけませんか」

「詰めるな。抜けたところは抜けたままにしとけ」

図書館らしくない教え方だと思った。

ふつうは背を揃えて詰めるものだ。

それを言うと、矢作さんは前を向いたまま答えた。

「うちの車の棚は、集落が覚えとる」

意味がわからなかったので、私は笑ってごまかした。

巡回の道は、東の海沿いから山を越えて、西の入り江まで六つの集落を回る。

舗装は途中で終わり、あとは砂利と土だ。

雨の日は、車の中で本が湿った匂いになる。

晴れた日は、開けた後ろの扉から潮の匂いが入ってくる。

集落に着くと、まず後ろの扉を開けて、踏み台を下ろす。

それだけで、どこからか人が出てくる。

子どもが先に来て、そのあと年寄りが来る。

働き手は昼にはいない。

だから利用者は、たいてい子どもと年寄りだった。

貸出は手書きだ。

本の後ろのポケットに入れたカードを抜いて、日付と名前を書く。

矢作さんは、そのカードを木の箱に立てて並べた。

箱は集落ごとに分かれていた。

子どもは、たいてい同じ本を借りる。

一年のあいだに、同じ図鑑を九回借りた子がいた。

「また、それか」

「これがええ」

「もう全部覚えたやろ」

「覚えたけん、ええんや」

矢作さんは、その子のカードだけ、箱の手前に立てていた。

年寄りは、本より私たちの顔を見に来る。

何も借りずに、踏み台のところで三十分ほど喋って帰る人もいた。

「本は、目が痛いすけ」

「じゃあ、何をしに来たんですか」

「車を見に」

それで通ってしまうのが、この仕事のいいところだった。

矢作さんの弁当は、いつも同じだった。

塩鮭と、白い飯と、たくあん三枚。

三枚から増えも減りもしない。

訊いたら、四十年同じだと言った。

矢作さんには、もう一つ癖があった。

集落に着くと、扉を開ける前に、棚の背の並びを紙に写すのだ。

帳面ではなく、二つ折りの小さな紙に、鉛筆で。

棚は五段で、一段に四十冊ほど入る。

それを全部、線と略号で写す。

三分ほどで終わるが、毎回やる。

私はそれを、几帳面な人の癖だと思っていた。

「矢作さん、それ、毎回いりますか」

「いる」

「なんのために」

「並びが変わっとったら、その集落では扉を開けん」

それだけ言って、矢作さんは紙を胸のポケットに入れた。

開けない日が、あるらしかった。

私が乗ってからの三ヶ月では、一度もなかった。

矢作さんは、車の中ではほとんど喋らない。

喋らないぶん、手が細かい。

棚に一冊入れるたびに、指で背を撫でて位置を確かめる。

その撫で方が、猫を触るときの手つきに似ていた。

「本、好きなんですね」

「好かん」

「好きじゃないんですか」

「並びが好きなんや」

六月の終わり、山側の集落で、私はその一冊を見つけた。

三段目の右端に、背表紙のないものが挟まっていた。

引き出してみると、市販のスケッチブックだった。

厚い画用紙の帳で、表紙は薄い水色。

角がすり切れて、綿のようになっていた。

貸出のポケットもカードもない。

分類の番号も貼っていない。

当然、図書室のものではなかった。

表紙の右下に、鉛筆で二文字だけ書いてあった。

「イツキ」

名前らしかった。

私はそれを、誰かの忘れ物だと思った。

開いたのは、その日の帰りの車の中だ。

矢作さんが運転していて、私は助手席で膝に載せた。

一枚目は、部屋の絵だった。

鉛筆と、色の薄い絵の具で描かれている。

畳の部屋で、奥に茶箪笥、その上に薬の袋と、竹の耳掻きが描いてあった。

上手かった。

上手いというより、正確だった。

人は描かれていない。

二枚目も部屋の絵だった。

三枚目も、四枚目も。

どれも人がいない室内で、それぞれ違う家だった。

私はそこで、手が止まった。

三枚目の絵に、見覚えがあった。

その日の午前に立ち寄った家の、居間だった。

その家は、集落でいちばん奥の、須藤さんの家だ。

矢作さんが返却の遅れた本を取りに行き、私も一緒に上がらせてもらった。

だから座敷の様子を覚えていた。

柱に貼った古い暦、その下の丸い鏡、鏡の横に掛けた麦わら帽子。

絵には、その三つが同じ位置に描かれていた。

座敷の隅に、丸い柱時計も描かれていた。

針は、十時二十分を指していた。

私はその数字を、しばらく見ていた。

あの日、私たちがその集落にいたのは、十時から十一時のあいだだ。

須藤さんの家に上がったのは、たしか十時二十分ごろだった。

つまり絵の中の時刻は、私たちが家に上がっていた時刻だった。

家の人は、そのとき土間にいた。

座敷には、誰もいなかった。

帽子の紐の垂れ方まで同じだった。

「矢作さん」

「なんだ」

「これ、須藤さんの家です」

矢作さんは、少し間を置いてから訊いた。

「棚に、あったんか」

「三段目の右です」

車が、砂利の上で少し速度を落とした。

「入れた位置に、戻したか」

「まだ、持ってます」

「今日は、それでええ」

矢作さんはそれ以上、何も言わなかった。

次の巡回の日、私は須藤さんに、遠回しに訊いてみた。

部屋の絵を描きに来た人がいないか、というふうに。

須藤さんは、七十を過ぎたおばあさんだ。

「絵描き?」

「はい。座敷を写した絵です」

「そんな人、来とらんよ」

それから、須藤さんは思い出したように言った。

「あんた、うちの座敷、いつ見た」

「先の巡回のときです」

「そんならわかるやろ。鏡は、割れとる」

座敷を見せてもらった。

丸い鏡は、右下に大きく罅が入っていた。

「先月、孫がぶつけたんよ」

私は、スケッチブックの絵を思い出した。

絵の鏡には、罅がなかった。

帰りの車で、私はもう一度その絵を見た。

何度見ても、鏡は割れていない。

それだけなら、去年か、その前に描かれたと考えればいい。

だが、柱に貼った暦の月が、その月のものだった。

六月。

暦の下に、赤い丸が二つ描き込まれている。

次の巡回で、私はその暦をこっそり確かめた。

赤い丸は、二つあった。

須藤さんの、通院の日だった。

それだけなら、古い絵だったという話で済む。

済まなくなったのは、その次の巡回でだった。

車の棚から、あのスケッチブックを取り出して、私はもう一度開いた。

開いて、数えた。

絵が、一枚増えていた。

増えた最後の絵は、海沿いの家だった。

三和土に長靴が二足、片方だけ倒れている。

その家に、私は前の週に行っている。

倒れた長靴も、見た覚えがあった。

つまり、絵は、こちらの巡回の順に増えていた。

回った家が、あとから描き足されている。

念のため、私は絵の枚数を控えるようにした。

帳面の隅に、日付と枚数を書く。

六月二十七日、十四枚。

七月四日、十五枚。

七月十一日、十六枚。

一週に一枚ずつ増えた。

巡回は週に一度だ。

増えた絵の家は、毎回、その週に立ち寄った家だった。

それから起きたことを、順に書く。

一つめは、匂いだった。

スケッチブックを挟んだ棚の周りだけ、鉛筆の匂いがした。

削りたての、木と黒鉛の匂いだ。

車には鉛筆削りを置いていない。

二つめは、湿りだった。

最後の絵の、絵の具の部分だけが、いつも乾いていなかった。

指を当てると、わずかに色が移る。

雨の日でも、晴れた日でも同じだった。

三つめは、助手席だった。

朝、車に乗ると、助手席の座面が、人ひとり分沈んでいた。

沈みが戻るのに、しばらくかかる。

矢作さんは、それを見ても何も言わなかった。

見ないようにしていた、というほうが近い。

四つめは、車の中の温度だった。

八月の巡回で、車内の温度計だけが、十度を指していた。

棚の本は熱いのに、温度計は冬の数字だった。

叩くと、針は動かなかった。

六つめは、絵の具だった。

最後の絵の、乾いていない部分の色を、私は一度だけ紙に取った。

薄い青だった。

町の文具屋に持っていって、訊いてみた。

「この色、いまも売ってますか」

店の主人は、老眼鏡を上げて紙を見た。

「これは、粉のやつやな」

「粉」

「戦のころまでの絵の具や。水で溶いて使う」

「いまは、売ってないんですか」

「三十年、仕入れとらん」

私は礼を言って、その紙を持って帰った。

帰り道で、紙の色は乾いていた。

翌朝、鞄から出したら、また湿っていた。

五つめは、並びだった。

九月の、東の集落に着いたときだ。

矢作さんが紙を出して、棚を照らし合わせた。

そして、扉を開けずに運転席に戻った。

「今日は、開けん」

「なんでですか」

「並びが、変わっとる」

私も見た。

確かに変わっていた。

冊数は同じだ。

位置だけが、入れ替わっていた。

車を出してから、矢作さんが初めて説明をした。

「昭和二十年代に、集落を回っとった人がおる」

「本を?」

「本やない。留守の家を、見て回るのが仕事や」

聞けば、当時は町の役場から人が出て、空き家や留守の家の様子を控えて回っていたのだという。

どこに何があるか、傷んでいないか、そういうことを紙に書いて出す。

「その人が、絵で控えとった」

「絵で」

「字より早いと言うたそうや」

矢作さんは前を向いたまま言った。

「その人は、仕事が終わったあと、控えるのをやめんかった」

「やめなかった」

「見て回るほうが、性に合うたんやろ」

それから矢作さんは、こう付け足した。

「並びが変わっとる日は、その人が、車に乗っとる日や」

「名前は、なんていう人ですか」

「誰も覚えとらん」

「役場に、記録があるでしょう」

「控え帳は残っとる。名前の欄だけ、空いとるんや」

矢作さんは、そこで一度だけ、私のほうを見た。

「その控え帳の隅に、紙が一枚挟まっとった」

「紙」

「イツキ、と書いてあったそうや」

「それが、名前ですか」

「わからん。書いた者もおらん」

私は表紙の二文字を思い出した。

鉛筆で、いかにも忘れないように書かれた二文字だった。

忘れられたくない人が書く字だと、そのとき思った。

私は矢作さんの紙を、一度だけ見せてもらった。

二つ折りの紙の裏に、日付が並んでいた。

開けなかった日の日付だ。

数えると、七年分で二十二日あった。

「この日は、どうしてたんですか」

「町に戻って、棚を全部、入れた位置に返す」

「戻すだけですか」

「戻すだけや」

それで済むのなら、と私は思った。

思ったのは、私がまだ描かれていなかったからだ。

矢作さんに、一つだけ訊いた。

「矢作さんの部屋は、ありましたか」

矢作さんは、少し長く黙った。

「昭和四十六年に、一回な」

「どうしたんですか」

「入れた位置に返した」

「それで、済んだんですか」

「済んどらん」

それだけ言って、矢作さんは煙草に火をつけた。

車の中では吸わない人が、その日は窓を開けて吸った。

十月の巡回の朝、私は寝坊した。

顔を洗って、眼鏡を洗面所に置いたまま家を出た。

眼鏡がないと本の背が読めないので、その日は一日、目を細めていた。

最後の集落を出たあと、私は助手席でスケッチブックを開いた。

最後の一枚が、また増えていた。

見たことのない部屋だった。

六畳の畳の間で、机の上に本が三冊、伏せて置いてある。

壁の釘に、青い作業着が掛かっている。

窓の桟に、干からびた蜜柑の皮。

私は、その部屋を知っていた。

私の部屋だった。

そして、その絵の茶箪笥の上には、私が今朝、忘れて出てきた眼鏡が置いてあった。

私は、その絵を破らなかった。

焼こうとも思わなかった。

矢作さんに見せると、彼はしばらく黙って、それから言った。

「入れた位置に、返せ」

「それだけですか」

「詰めるな。抜けたところは、抜けたままにしとけ」

私は町に戻って、スケッチブックを三段目の右端に戻した。

背表紙のない、あの水色を、まったく同じ向きで。

それから棚に一切触らずに、車を降りた。

翌週、三段目の右端は空いていた。

抜けたところは、抜けたままにしてある。

私は詰めなかった。

その日から半年ほど、何も起きなかった。

助手席は沈まず、温度計は正しく動いた。

鉛筆の匂いも消えた。

それで私は、返したことで済んだのだと思った。

思ったところが、たぶん甘かった。

春の巡回で、山側の集落の年寄りが、こう言ったのだ。

「あんた、うちに絵、描きに来たか」

「絵は、描きません」

「そうか。うちの座敷におった若い人、あんたやと思うたけん」

私はその集落に、その週は入っていない。

矢作さんの紙では、その日は「開けん」日だった。

矢作さんは、その二年後に定年で辞めた。

辞める日に、二つ折りの紙を私に渡した。

日付の並びは、二十二から二十六に増えていた。

「あんたの分は、あんたが足せ」

「増えますか」

「増える」

矢作さんは笑わなかった。

巡回図書車は、昭和が終わる前に廃止された。

車は解体され、棚は町の図書室の裏に積まれた。

あの一冊がどこへ行ったのかは、誰も知らない。

十年ほど前、青森市で古い同業の集まりがあった。

隣の郡で車に乗っていた人と、はじめて話をした。

その人は、酒が回ったころに、こう言った。

「うちの棚に、背のない水色が挟まっとった時期があってな」

私は、何も答えなかった。

答えると、たぶん足すことになる。

その人は、私のほうを見ずに続けた。

「表紙に、名前が書いてあったわ」

「イツキ、ですか」

言ってしまった。

その人は、うん、とだけ言って、それから杯を置いた。

「あんたの部屋も、あったか」

「ありました」

それで、その話は終わった。

だから私は、毎朝、部屋の物の位置を紙に写す。

変わっていないことを確かめるためではない。

変わっていたときに、詰めないためだ。

抜けたところは、抜けたままにしておく。

この四十年で、位置が変わっていた朝は、三度あった。

三度とも、私は何も動かさずに家を出た。

三度目は、去年の秋だ。

机の上の本が、三冊、伏せて置いてあった。

私は、本を伏せて置く癖がない。

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