熊取町若者七人連続怪死事件

公開日: 未解決事件

33333

1992年6月から7月にかけて、大阪府熊取町で17歳から22歳の若者が連続して自殺、変死するということがあった。

1週間ごとに、それも決まって水曜日か木曜日に自殺するというミステリーで騒がれた。

自殺した5人については以下の通り。

6月4日(木)

無職・A君(17歳)が自宅そばのタマネギ小屋で首吊り自殺

6月10日(水)

土木作業員・B君(18歳)がかつて住んでいた家の納屋で首吊り自殺

6月17日(水)

旅館従業員・C君(18歳)が農作業小屋で首吊り自殺

6月25日(木)

熊取町在住の岸和田市職員D君(22歳)が町内の森で首吊り自殺

7月2日(木)

熊取町内の女子大に通うE子さん(19歳)が胸を果物ナイフで刺し自殺

また、5人の自殺の前に2人の17歳が亡くなっていた。

4月29日(木)

シンナーによって板金工のX君(17歳)が熊取町内の貯め池に落ちて死亡

5月29日(金)

無職・Y君(17歳)がシンナー吸引による心不全で死亡

シンナーで死んだ2人を合わせると、死体が見つかった場所はすべて半径1.2キロメートル以内に集中している。

この狭い範囲の中、2ヶ月半で7人の若者が亡くなっていた。

自殺、不審死の熊取町の若者たちの内、岸和田市職員のD君と女子大生のE子さん以外の5人はシンナーやバイクをキーワードに接点があった。

A君

17歳。中学3年時はほとんど登校せず、パチンコ店などに繰り出していた。

当時の同級生によると、B君よりも ”暴れもん” という印象だったという。

卒業後は美容師の専門学校に入学するが中退、事件当時は無職だった。

1991年、B君、C君らとともに暴走族を結成。特にB君と仲が良かったようだ。

シンナーを常用しており、B君とはバイク仲間でありシンナー仲間であった。

B君

18歳。熊取の不良達の間では有名だったという。

A君、C君らと立ち上げた暴走族のチームでは特攻隊長のような役割をしていた。

当時、妊娠中の彼女がいて入籍する予定もあり新しい住まいもすでに決まっていた。

A君の葬儀では「何で死んだんや」と悔しがり、「俺たちはしっかり生きていこう」と仲間を励ましていた。

だがその数日後、自身も自殺する。

C君

18歳。高知出身。野球少年で、野球の強豪校に進学したが中退。

その頃高知にやって来ていたB君の友人を通してB君と知り合い仲間となる。

その後、熊取町にやって来てB君の父親が経営する土建会社でB君と一緒に働いていたりした。

B君が自殺した当時は三重県鳥羽市の旅館で手伝いをしていたが、自殺の報せを聞き熊取町に戻ってきた。

しばらく友人達と会ったりしていたが、「以前付き合っていた女性(当時17歳)に会いたい」と思い、2人の友人を連れて女性に会いに行った。

だが女性から「もうすぐ他の男性と結婚する」と聞き、友人に「ロープはないか」と言っていたという。

その6時間後、自殺死体となって発見され る。

D君

22歳。岸和田市職員。

E子さん

19歳。鳥取県米子市出身。地元の高校を卒業後、大阪体育大学に進んだ。

高校時代はソフトボールをやっていたが、大学進学後は陸上競技に転向した。町内の学生寮に住んでいた。

遺書はなかった。

X君

17歳。A君・B君の中学時代の後輩で在学中に交流があった。Y君とは同じ中学。

Y君

17歳。A君・B君とバイク仲間だった。3人でよく熊取近辺を走っていたという。

不審な点

自殺とするには不審な点が多く見受けられた。

1.

A君の「借金を返して欲しい」というメモ以外は、誰も遺書らしきものを用意していなかった。

死ななければならない理由も思い当たらない。

2.

農作業小屋で首を吊ったC君はなぜか手首を後ろ手に縛っていた状態で死んでいた。

警察は衣服に乱れのないことと、自分1人でも縛れる結び方だったので自殺と断定した。

これから死のうとする人間がどうして手を縛る必要があったのか(衣服が汚れていたという目撃証言もあった)。

3.

D君は熊取と隣りの貝塚市の境界近くの小高い丘にある栗の木でシャツで首を吊って自殺したが、そのシャツは到底手の届かない高い枝にかかっていた。

4.

体育大生だったE子さんは住宅地の中のグラウンドを背にした道路で、ナイフで首と胸を刺して死んだ。

遺体は道路沿いの細い側溝にはまっていた。時間はまだ人通りのある8時過ぎ。

なぜこんな目立つ場所での死を選んだのだろうか。

また、E子さんは陸上競技の自己ベスト記録を出したばかりで喜んでいたばかりだった。死ぬ理由など思い浮かばない。

当日、血だらけの状態で発見されたE子さんは意識が朦朧とする中で「違う、違う」と繰り返していたという。

5.

B君、C君、E個さんの3人は以前から知人や家族に「車に追われている」と話していた。

B君は「白いクラウンに追いかけられている」と母親に漏らし、それを聞いた母親がC君に尋ねてみると「何度かそういうことがあった」と話したという。

E子さんは友人に「黒い車につけられている」と話していた。

関連記事

深夜の高速道路

遺留の少年

警官をしている私の親友が、数年前に遭遇した不可思議な出来事を、私に打ち明けてきた。 彼は、東京都内の高速道路交通警察隊の一員として働いており、ある日突如、他の課の課長から緊急の…

北関東連続幼女誘拐殺人事件

1979年以降、4件の女児誘拐殺人事件と関連が疑われる1件の女児連れ去り事件(失踪事件)が栃木県と群馬県の県境、半径20キロ以内で発生しており、これら5事件まとめて「北関東連続幼女誘拐…

トラック

不可解な事件

ある探偵事務所のYさんから聞いた、行方不明者に関する未解決事件の話です。 行方不明の男性は長距離トラックの運転手でした。 ある日、その男性はトラックで青森の方の高速を走り、…

松川事件

松川事件

松川事件は、1949年(昭和24年)に福島県の日本国有鉄道(国鉄)東北本線で起きた列車往来妨害事件。 「下山事件」「三鷹事件」と並び、第二次世界大戦後の「国鉄三大ミステリー事件」…

自殺の聖歌『暗い日曜日』

1936年2月、ハンガリーのブダペスト市警が靴屋主人ジョセフ・ケラーの死亡現場を調査中、奇妙な遺書を発見した。 自殺したケラーが書き残したその走り書きのような遺書には、とある歌の…

ツツジ

雨の日の失踪

1998年5月3日、千葉県白井市在住の主婦、志塚法子さん(当時48歳)は、家族と共に群馬県宮城村三夜沢の赤城神社へツツジを見に出かけた。 不運にも雨が降り始め、夫と叔父は神社へ…

西安義行さん失踪事件

1987年3月15日、兵庫県丹波市の自宅から、西安さんは高校時代の友人Sさんとドライブに出かけた。2人は京都・舞鶴へ向かった。 Sさんは運転免許を取りたてだったので、西安さんが運…

閉ざされた一家

警察には未公開な事件が多数あるらしいのですが、そのファイルの一つに、TSと銘打たれた事件がある。 事件はこうだ。今から7年前、千葉県内にて連続殺人事件が発生した。被害者は8名で、…

広島一家行方不明事件

事件のあらまし 平成14年9月7日、広島県世羅町京丸の「京丸ダム」の湖底に車が転落しているのを通行人が発見し警察に通報。 車内からは4人の遺体が見つかり、遺体は昨年6月4日から…

ネパール女子大生行方不明事件

大阪府の大学生Mさんが世界旅行中にネパールで行方不明になり、安否が気遣われているが、Mさんが八月中旬、自宅に「苦しい」などと泣きながら電話をかけていたことが大阪府警の調べで、29日わか…