夢の中の会話
私は十年近く前、誘拐されたことがあります。
私を誘拐し拉致したのは同じマンションに住む女の人で、私は風呂場に閉じ込められました。
縛られたりはしなかったのですが「逃げたら殺す」と脅されました。
ドアの外にも何か積まれているようで、逃げることができませんでした。
危害を加えられる訳でもなく、閉じ込められただけ…。
それに同じマンション内であるということで、すぐに助かるのではないかと望みを持っていました。
だからと言って眠れる筈もなく、やがて時間の感覚も分からなくなって行きました。
風呂場に居ることが現実なのかも分からなくなって来た私は、バスダブの中に座ってボーッとしていました。
※
そんな時、当時付き合っていた彼氏が突然、風呂場に現れました。
彼は「大丈夫か?」とバスダブの中の私に声を掛けました。
私は訳が解らず「何でここに居るんですか」と聞きました。
自分の頭がおかしくなったのかと思ったのです。
彼は「多分、これ夢だと思うんだよ。俺は今、夢を見てるんだ。ここは○○(私)の家の風呂場だし」と言います。
当時住んでいたマンションの造りは変わっていて、風呂場とトイレが別々になっているのに、お風呂はユニットバスでした。
私は「ここは同じマンションの別の部屋で、変な女の人に閉じ込められているんです」と訴えました。
何号室か訊かれましたが、大体の階しか判りません。
彼は、私が居なくなってから二日目になることを教えてくれた後、
「絶対に助かるから頑張れ」
と言ってくれました。
そして風呂場の扉を開けて普通に出て行ったので、やはり幻覚を見たのだと思いました。
※
その後、私は救出されました。
私が閉じ込められてから三日目のことでした。
病院に警察の方が来て事情聴取されたのですが、一通りの話をした後、いきなり彼氏の話を訊かれました。
彼が警察の方に「彼女が同じマンションの人に閉じ込められている夢を見た」と言ったのだそうです。
普通はそんなことを真に受けたりしないそうですが、彼が部屋番号まで詳しく話したとのことでした。
そして聞き込み調査の際に少し不審なところがあり、発見に至ったのだそうです。
※
私は自分が見た幻覚のことを思い出しました。
しかし私は部屋番号を知らなかったので不思議に思い、後日お見舞いに来た彼に訊きました。
彼は大学で倒れた時に(私のこともあり寝不足で注意力が欠け、階段から落ちたそうです)その夢を見たそうです。
風呂場で私とした会話もそのままでした。
夢の中で風呂場から出た後、玄関のドアから出て部屋番号を確認したところで目が覚めた、と言っていました。
※
彼は「階段から落ちた時に死にかけて、幽体離脱でもしたのかな」と笑っていました。
この不思議な体験のおかげで、事件自体はトラウマにならずに済んだと思っています。
結婚前に彼が亡くなってしまったことの方が、余程引きずっているのですが。
長文になって申し訳ありませんでした。
もうすぐ彼の三回忌のため、この話を思い出して書いてみました。